10話 僕は行くよ
夜の公園のベンチに座る奥田ゆずき。街頭が、下を向くゆずきを照らす。
(僕はどこへ行けば……)
「ゆずき!! こんなところにいた」
森野くるみがほうきにまたがり空から降りて来て、ゆずきの隣に座る。
「何してるの? 家にも帰らずに」
「どこか人に迷惑がかからない場所を探してるんだ」
「闇の魔法が暴走したことを気にしているの」
「……うん」
ゆずきはくるみと目を合わせようとせずに地面を見つめる。
「ねえ。顔を上げて」
「……」
ゆずきは、顔を上げない。
「僕はね。闇の魔法が暴走することも怖いけど、もっと怖いことがあるんだ」
「なに?」
「闇の魔法が暴走して、我に返ったとき、クラスメートの相馬りゅうたくんがボロボロになった姿を見て。怖いのと同時に、すごくうれしかったんだ」
「……」
「だってさ。学校でいつも僕にちょっかいを出してきてさ。ざまあみろって思ったんだ。その後、そんな感情になった自分がすごく嫌いになった。怖いのは闇の魔法じゃなくて自分だよ。りゅうたをめちゃくちゃにしたいと思ってたんだ!!」
ドン!!
ゆずきは、自分の太ももを握りこぶしで強く叩く。
「とにかく、一人で居てはダメ!! もっと闇に足を踏み入れてしまう」
そんな二人の後ろから、体の芯に響く重い声が聞こえてくる。
「ゆずきくん。こっちに来ないか?」
くるみが、すぐに後ろを振り向くと、黒いマントで覆う男が立っている。
「闇の魔法使い!! ゆずきを誘うのは止めてくれる」
「闇の力の使い方を教えてあげようとしてるんじゃないか。コントロールの仕方だって教える。さぁ、私と行こう。陰と陽まじわるその先へ。深遠の世界へ」
「ゆずきは行かせない!!」
くるみは立ち上がり、ゆずきの前に立ちふさがる。
「ミダレガミバッハ」
くるみが唱えると、
バチバチバチバチ
黒いマントの男に向かって稲妻が走って行く。
バチイイイイン
男に当たるとマントが燃える。
ボオオオオ
マントが燃え尽きると、そこに男はいない。
「マントが燃えただけ、私にその魔法は通じないよ。君の魔法は陰と陽のことわりを理解していない。非常に幼稚だ」
後ろから声が聞こえる。くるみが振り返ると、ゆずきの目の前に、顔にバツ印がある男が立っている。
「ゆずきくん。行こう。君は予言の子だ。世界を変えられる。世界を変えて、人々を救おうじゃないか」
「人々を救う? 僕を必要してくれるの?」
「あぁ。そうだ、君はこの世界に必要なんだ」
「ミダレガミバッハ」
両手を空に上げ、くるみが唱えると、空に黒い雲が集まってくる。
ゴロゴロゴロゴロ
ザアアアアアアア
黒い雲からは雷の音。そして、雨が降ってくる。
「その男の話を聞いちゃダメ!! こっちに来て!!」
「……」
ゆずきは動こうとしない。
ゴロゴロゴロ
ピカ
ドカアアアン
雨は激しさを増し、雷が近くで落ち始める。
「ほう。これはおもしろい魔法だ」
「これは私が使える最も強い魔法。ゆずきから離れなさい!! さもないと、あなたに巨大な雷を落とす」
「そう焦ることはない。ゆずきくんに選んでもらおうよ。それが一番良い」
ゆずきは、雨に打たれ、地面を見つめている。
「ごめん、くるみさん。僕はこの人と行くよ」
「何を言ってるの?」
「だってさ。僕を必要としてくれるって。闇のコントロールを教わるだけだから。すぐに帰ってくるよ」
「ダメ!! その人を信じるの?」
「じゃあ、どうしろって言うんだよ!! 闇をコントロールしなければ、周りの人を傷つけてしまう。殺してしまうかもしれないだ!!」
「私達の村に来て!! 私達の村で、あなたの闇を抑え込む!!」
「抑え込むのはもうこりごりだよ。牢屋にでも入れるつもり? 機械の魔法が使えない僕は、学校でどれほど自分の感情を抑え込んできたのか!!」
グウウウウ
強くこぶしを握りしめるゆずき。
ピカ ドゴオオオオオン
ザアアアアアア
額にバツ印を持つ男が、ゆずきとくるみの間に立つ。
「そこまでだ。もう良いだろう。彼は苦しんでいるんだよ」
「私は騙されない。あなたは、そうやってゆずきを暗い闇に導こうとしてる!!」
「ミダレガミバッハ」
くるみが唱えると、両手を降り下ろす。
「僕は死んでも良いんだ!!」
ゆずきが、立ち上がりくるみの魔法に自ら当たりに行く。
「だめ!! 来ないで!!」
頭上を見上げ、両手を広げるゆずき。
ドゴオオオオオオオオオオオン!!
爆音が鳴り響き、辺りをまばゆい光が包み込む。
「ゆずき!! どうして!!」
ゆずきは巨大な雷に当たり、倒れている。駆け寄ろうとするが、額にバツ印を持つ男に静止される。
「来るな。これ以上、彼を苦しめないでくれないか」
「だって私は、彼を救いたいの。どうして? どうしてよ!!」
ゆずきを抱きかかえる額にバツ印を持つ男。
「まだ息がある。私が治療すれば大丈夫だ」
「やめて…… 連れて行かないで……」
「君になにが出来る? 自殺させることか?」
「……」
「では、私はゆずきくんの治療があるから行くよ」
「……」
ポツン ポツン
くるみが作った雨雲は通り過ぎて行き。晴れ間が覗く。星が輝き、月明りがくるみを照らす。そこにもうゆずきと、額にバツ印を持つ男の姿は無かった。くるみの瞳からは大量の涙が溢れていた。