01話 ゆずきと魔法
ここは日本の笠原市にある『小泉学園』の教室。魔法が普通に使われている世界のお話。ただし、唱える魔法ではない。
「現在魔法は誰にでも使えるようにするために機械化され、オートマチック化されている。そして、魔法による優劣を付けないために、機械の装置を使わない古代の魔法は禁止されている。古代の魔法を使おうとしたもの。調べようとしたものも重罪として扱われる。みんな絶対にダメだぞ」
「山本先生そんなこと知ってます! 早くマリオネットを動かしたいです」
「わかったわかった」
今日は操り人形の授業で、山本くにお先生は生徒達の机に小さな機械人形を配る。生徒たちは力を込めると思い思いに動かしていく。
「この人形は火事、有害なガスなど人が入れない危険な場所で使われている。みんなに配ったものは小さいが大きい機械人形もある。動かし方を勉強しておけば将来役に立つぞ」
「先生!! ゆずきがまた動かせないみたいです」
生徒たちが動かしている中。ただ一人、奥田ゆずきの人形はピクリとも動かない。
「うーん…… なんで出来ないのかな。もう一度やってみて」
「ふん!! ぐうううう!!」
「あははははは」
「あははははは」
「あははははは」
ゆずきはクラスの笑われ者だ。
キンコーンカンコーン
下校の時間。ゆずきは下駄箱で靴を履き替えようとすると、
「またか……」
靴はビショビショに濡れている。ゆずきはイジメにあっている。
ピチャピチャ
濡れた靴を履き帰っていると、クラスメートの相馬りゅうたが話しかけてきた。
「おいゆずき!! 学校やめろよ。みんな迷惑してるんだよ」
「そうだそうだ」
りゅうたの周りにはいつも数名の取り巻き達がついて来る。
(クラスで一番の成績で、魔法の機械を使うのもうまい。スポーツは万能だし、女の子からはキャーキャー言われている。なんでこんな嫌なヤツが人気なんだ)
「なににらんでんだよ!!」
「うぐっ」
にらんでしまったゆずきが悪いのか。りゅうたが殴ると、ついてきた数名のクラスメイトから囲まれて、ボコボコにされた。ゆずきはもう限界だった。そして決めた。もう学校には行かないと。
ドンドンドン!!
翌朝、お母さんがゆずきの部屋を力強くノックする。
「ゆずき開けなさい!! 学校行きなさい!!」
「嫌だ!! ほっといてくれ!!」
「お母さん仕事に行くからね。休んで良いのは今日だけよ。わかった?」
母が仕事に行き一人っきりになると、ゆずきはゲームの世界へと身をゆだねることにした。ゲームの世界でゆずきは一番だった。現実の世界では何をやってもうまくいかない。だけど、ゲームはやり込めばやり込むほど、レベルが上がり強くなっていく。そのことに快感を得て、集中して何時間もやっていたらいつの間にか頂点に立っていた。
「何をしてもちっとも使えない。魔法なんてこっちから願い下げだ!! 世の中腐ってる。僕はゲームの世界で生きて行くんだ」
夢中になってゲームをしていると、
「ねえ。ねえってば!! 教えてよ」
「もううるさいにゃー。そこを曲がってまっすぐ行った角にあるにゃー」
窓の外から声が聞こえてくる。のぞいてみると、そこには猫と話す少女がいた。
「猫と話す魔法なんてあったかな?」
少女は猫に向けて両手を伸ばし、手のひらがうっすらと光って見えた。
(あれは古代の魔法!? 古代の魔法は重罪なのに)
ゆずきはゲームを止めて後をつけてみることにした。花屋に到着すると、野菜の種を買っている。少女は買い物を済ませると、森のほうへと歩いていった。登山道を外れ、うっそうとした森の中へどんどん入って行く。
キョロキョロ
辺りを見回すと、崖の下の大きな石の前で両手を広げて呪文を唱え出した。
「ミダレガミバッハ」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
大きな石が動くと奥に洞窟が続いている。少女が暗い洞窟の中に消え、大きな石が閉じようとしている。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
「どうしよう」
ゆずきは思い切って飛び込んだ。真っ暗闇で何も見えず、手探りで進んでいくと目の前に光が見える。
「なんだここは?」
光の下へ出ると、村が広がっていた。ビックリしてそこを動けずにいたが、フッと我に帰る。
「彼女はどこに行ったんだろう?」
少女の姿を見失った。洞窟は塞がれてもう戻ることもできない。目の前に畑があり、おじさんが野菜に両手を広げ呪文を唱える。
「アメンボアイウエオ」
ポポポポン
植えてあった木からトマトが次から次へと生えてくる。ゆずきは驚いた。山の中には数件の家がある。ここは古代の魔法を使うものが隠れ住む村だった。
「誰だ!?」
「僕はそのー」
「誰か来てくれ!! 村に侵入者だ!!」
叫ぶと、すぐに何人も来て羽交い絞めにされ、地下牢へとぶち込まれてしまった。
「僕の人生は終わりだ…… 犯罪者の村に来てしまった」
「あんたどこから入って来た?」
村の長老のおばあさんが来てゆずきに問いかける。
「森の洞窟から入ってきました」
「くるみはいるかい!!」
「おばあちゃんなに?」
「ちゃんと周りを確認したのかい? 町で魔法は使ってないね?」
「確認したよ。町では…… 道がわからなくて使いました。ごめんなさい」
「なに!? ついてきちまったじゃないか!! あれだけ町では注意しろって言ったのに」
おばあちゃんはゆずきをにらむと、両手を向け魔法を唱える。
「アシガツカナイプール」
ゆずきは体が小さくなっていくのを感じた。
「後で鍋にして食べよう」
「ごめんなさい。私のせいだわ…… 彼を許したあげて。お願いおばあちゃん」
ゆずきは自分の手を見ると、白い毛が生えた動物の手をしている。頭を触ると、長い耳がついている。ゆずきはウサギにされてしまった。
「代々こうやってこの村を守ってきたんだ」
ピョンピョン
ゆずきは声を出そうとしても声にならない。
「こんなことやめようよ。この人は悪くない私が悪いの。なんとか彼を生かしたあげて欲しい。政府の人間でもなさそうだし、まだ未成年だよ」
「うーむ…… そうだね。かわいい孫のお願いだしね。じゃあ、彼が私達の魔法を使えれば考えてみよう。そうすれば、彼も犯罪者。私たちの仲間になる気が彼にあるかだけど」
ピョンピョン
必死でうなずくゆずき。
「ありがとう。ウサギの魔法を解いて、これじゃあ教えられない」
「逃げられないように半分だけね」
呪文を唱える。
「アシガツカナイプール」
ゆずきは少し大きくなり、ウサギと人間の獣人になった。
「チャンスは今日中だ。今日出来なかったら、ウサギにして食べるからね」
「わかったわ」
長老は去っていき。村の人々も去ると、牢屋の中でくるみと二人っきりになった。
「あのー。僕は魔法を一切使えないんです」
「とにかくやってみましょう。この石を動かしてみて。手をかざして心で動かすの」
野球ボールぐらいの石を目の前に置かれ、両手を広げてめいいっぱい力を入れる。
「ふぐううううう!!」
「違う違う。力んじゃダメ。気持ちを入れるの」
「うごけえええええ!!」
ゆずきは命がかかっているから必死だ。でも石はピクリとも動かない。
「良い。私が手本を見せるわ。まず、両手を石に向けて、心の中で空気を掴むの。そして、呪文を唱える。呪文はなんでもいいの。楽しかったことや、うれしかったこと。子供の頃に強く残った思い出を言葉に置き換えるの」
「ミダレガミバッハ」
彼女の手がうっすらと光ると、石はフワフワと浮く。
「どう、わかった? やってみて」
「うーん…… 出来るかな」
「アマイオカシ」
「ダメだ動かないや」
「もっと強く心を動かしたものを思い出して」
「……」
ゆずきは子供の頃、母の実家で見た花火を思い出す。花火の大きな音。体に伝わる振動。はじめて間近で見た花火の感動がよみがえる。
「イナカノハナビ」
ゆずきが唱えると、
パアアアアアア
手が光出し、石が飛び上がった。飛び上がり過ぎて、
ドゴオオオオオン!!
「うわっ」
「きゃあ」
天井に思いっきり当たり、牢屋の天井を突き破った。
「どうしたんだい!?」
大きい音に慌てて長老が奥から出てきた。
「すごいのよ。彼の魔法の力は。見てよおばあちゃん。小さい石ころで天井がこんなに」
長老が天井に空いた大きな穴を見ると、
「!?」
細い目を大きく開けてビックリしている。ゆずきもビックリしていた。
「本当に僕がやったの……」
「あなた名前は? 私は森野くるみ」
「僕は奥田ゆずき」
「これであなたも私たちの仲間ね」
長老がゆずきの目を真剣な目で見つめる。
「ゆずき。あなたは予言の子かもしれないね。」
村にはずっと伝えられている予言がある。
『青き心を宿す強き者。新たな世界へ導き。そして救いの旅に出る』
ゆずきは今まで使えなかった魔法が使えた喜び。それと同時に古代の魔法を使ったことによる不安に襲われた。古代の魔法を使ったものは重罪だ。
(これから僕はどうなっちゃうんだろう……)