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六 密通

 今回も断ることはできるはずもなく殿様の居間を出て、カズマは屋根裏から屋根に上がろうとした。殿様から御庭之者への命令は極秘であって、仲間同士でさえその内容は知らない。命令を受けたことさえ知られぬ為には廊下を歩く姿を見られるわけにはいかない。

屋根裏の忍びたちは、カズマの姿を見たとしても、カズマがどのような使命を帯びたかなどとは考えようとしない。カズマは当然特別の存在なのであり、自分たちとは違うのだ。自分たちに危険が迫れば現れて、その危険を肩代わりしてくれる、みんなの若いお頭だ。半兵衛とカズマ、この二人がいれば恐れることは何も無い。

 遠くからカズマに気づいて頭を下げる部下たちを気にせず屋根裏を移動しながら、カズマはふと立ち止まった。

 女の泣き声が聞こえる。

 聞き覚えのある声だ。雪姫、ではない。

 ・・・楓じゃないか? この下は布団部屋のはずだが・・・。

 嫌な想像が頭をよぎった。トキ姫たちにいじめられて布団部屋にとじこめられているのではないか。カズマは床、つまり、下の部屋の方からすれば天井に耳をつけた。カズマの耳なら二階下のささやき声でもはっきりと聞き取れる。

 まず聞こえたのは、男の声だった。

「もう泣くな。外に聞こえてしまう」

「雪姫様に申しわけなくて・・・」

確かに楓だ。男は誰だ? 雪姫様に申し訳ない? 何をやってるんだ。

「言うな。私とて雪姫個人には何の恨みもない。だが江知馬殿と雪姫の婚儀に関しての幕府のやりようはあまりにも古賀家を侮辱したものだ。なんとかして雪姫が正室となることを食い止めたいと願う忠義者が大勢いて、私を頼りにしてくれている」

「私は、雪姫様が江知馬様にお輿入れなさることを願っております。私たちは、雪姫を間にはさんで、全く反対のところにいるのでしょう」

カズマはほとんど飛び上がりそうになった。 義道よしみちだ! 義道と楓が、こんな布団部屋なんかで何してるんだ!

 そしてカズマは、次の義道の言葉に、本当に飛び上がった。

「そうかもしれぬ。いや、そうだろう。だが私はおまえを離せん。もう、無理なのだ」

 ちょっと待て! いや、これは何かの間違いだ。俺は、何か妙な勘違いをしようとしている。楓は国元からついてきた雪姫のたった一人の腰元だ。雪姫にとっては母であり姉であり友でもある。気が強くて雪姫にも思った通りぽんぽん言ってのけるが、一本気で、もし食べ物がにぎり飯一つだけしかなければ、一粒残らず雪姫に食べさせて自分は飢えて死んでも満足だろう。それが、それが、あろうことか、雪姫排除の親玉の、敵中の敵たる、白根義道と逢引をしていたなどとは、この二人ができているなどとは、あっていいはずがない。いや第一、あの堅物の義道が、そんな馬鹿な道に落ち込むはずがない。

 義道は泣いている楓をなぐさめているようだった。しかしなにしろくそ真面目な男だけに気休めも言えないようで、この罪は自分が全てかぶるだの、おまえを離せないのは自分が悪いのだ、だの、楓がよけい苦しみそうなことばかり言ってしまっている。

 認めなければならない。この二人はできている。

 ややあって、泣き声ではない楓の声が切なく聞こえ始めたので、カズマは急いで屋根に上がった。

 どうしたっていうんだこれは。

 義道が雪姫を孤立させる目的で楓に近づいた? まさか。何の力も無い楓を雪姫から遠ざけたところでたいした違いもないだろう。

 それにあの苦しげな様子。義道にあんな芝居ができるわけはない。あれは本物だった。

 雪姫が古賀の正室になることを許しがたく思い、なんとかして阻止する手はないかとばかり考えている藩の若い連中から義道は代表格と仰がれている。それなのに、その雪姫の腰元とできてしまっているわけだ。

 このことで義道をおどしたら、雪姫への嫌がらせをやめるだろうか。

 カズマは首をかしげた。

 義道のことだから腹でも切るかもしれん。

 と、突然、後ろから声をかけられた。

「カズマ」

「わっ!」

半兵衛はんべえだった。

「おいおい本気で驚く奴があるか。隙だらけじゃぞ」

「驚かせたくないんだったら気配を消して近づくのはやめてくれ。じいさまのは本当に分からないんだ」

「そう言うおまえに修行させてやろうと思ってわざと気配を消しておるんじゃ。ばか者め。殿様は何の用だったんじゃ」

「い、いや、首尾を聞かれただけだ」

カズマが黒霞であることは半兵衛さえ知らない。カズマと殿様だけの謀だ。奉行達役人も黒霞が藩の為に盗みを働いているとも知らず、捕えるのに全力をそそいでいる状態だ。

 捕らえられた時に殿様が助けてくれるわけもなく、あっというまに首がチョン、だろう。 いったいあとどれぐらいで参勤交代の費用が集まるのだろうと、カズマはいつも指おり数えて待っているのだった。

 「井蔵について何か言われんかったか」

「今度会ったら首を持ってこいと言われたよ」

「今度合ったら首が落ちるのはおまえの方かもしれんぞ」

「殿様にもそう言ったら叱られた」

「自分で言う奴があるか。井蔵という奴、どこかで聞いた名だと思ったら『流れの井蔵』じゃ」

「知り合いだっけ」

「あほう。江戸の若手で最近売り出しとる奴じゃ。まむしなんぞにやられてくれてはおらんだろう。暗殺を専門にしておって、殺しの業は恐ろしいもんじゃ。そやつに殺された者は、みな体中がズタズタになって自分の血の池の中でこと切れておるそうじゃ。忍び仕事の方も確かで、去年村上藩が取りつぶしにになったが、それも井蔵が動いたからじゃと言われとる」

「ははぁ。その井蔵が出てきたということは、幕府は古賀つぶしに機ありとにらんでるということかな?」

カズマは首をかしげた。考え事をする時の癖だ。

「紫屋にいた侍が竜北の機密を井蔵に知らせようとしていた。じいさま、幕府がやっきになって探ろうとしている竜北の秘密とは何なのだ。竜北には何か弱点があるのか? 知られてはならぬことが?」

筆頭は眉毛一本動かさなかったが、心の内でわずかに迷ったのをカズマは感じた。

 知ってるのか。・・・いや、待てよ。

「もしや、参勤交代の費用を盗んで集めてるとか、そういった・・・」

「なんじゃそりゃ」

筆頭の眉が垂れ下がった。

「妙なことを考えるのだな。藩のことは殿様に任せておけ。わしらはあまり知りすぎてはいかんのだ。わしらはただ使われるだけ。恐れられてはいかん。長生きをしたければな。ほれ、雪姫が呼んどるぞ」

確かに雪姫が縁側に出てきた気配がする。

 楓が長く戻らないのに気づいたのだろうか。

 カズマは急いで雪姫のもとに向かった。


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