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五 黒霞

 あれは昨年殿様が江戸から帰ってきた時のことだ。カズマはこの部屋に呼ばれた。「魔の間」と呼ばれるこの部屋に。

 「カズマか。よく来た」

「は・・・」

カズマは古賀兵右馬が恐ろしかった。十七の年に雪姫にわざと負けた後ただではすむまいと覚悟していたものを、とがめもなく過ぎたあの時以来、いずれ大きくこの借りを返さねばならない日が来るのではないかと予感していた。

 雪姫に初めて会った十六の年、すでにカズマは武術と忍術における突出した才から、竜北に害をなすあらゆる者を排除する役割を担っていた。幕府は様々な種類の隠密を作り上げ、各藩に送り込んでいた。送り込まれた隠密を見つけ出すのは御庭之者の仕事だが、見つけ出した後の処理はカズマに任されることが多かった。隠密が帰らなくなればなるほど、幕府はやっきになって竜北を探ろうとした。雪姫と楓が竜北に送り込まれてきた時、この二人もまた竜北を探る命を帯びているのではないかと疑われた。カズマが雪姫につけられたのもその為で、雪姫が城の内情を探ったり、誰かと接触したりしないよう見張る為だった。

 そう、雪姫は正しかった。カズマは見張りだったのだ。

だから雪姫が町道場に稽古に行くなど、決して許されることではなかった。それでもカズマは負けたのだ。わざと負けたのだ。勝てと命令されていたわけではないとは言え、とがめもなくすむはずもなかった。

 その後、半兵衛やその部下たちが幕府や雪姫の国元を調べ、雪姫と楓に関してはそのような思惑は全く無いと分かり、雪姫と楓に竜北の内情を探ろうとする様子も無ければ全く誰にも接触などしないし、幕府からの隠密も雪姫には関心が無さそうだという事実が分かっても、やはり、カズマの行為が許されざるものであるのは変わらなかった。

殿様はなかなか本題に入らなかった。

「半兵衛がおまえの話をしていた。また腕をあげたそうだの」

「おそれいります」

「竜北に恐ろしい男がいるという評判は江戸にまで鳴り響いていて、竜北に忍び込みたがる奴が減ったそうじゃないか。幕府はあの手この手でこちらを探ろうとしているが、おまえがいる限り竜北は安泰だ。なぁカズマ」

切腹か? カズマは覚悟を決めた。

「忠義の心立派である。これからも藩の為に働いてくれ」

「は・・・」

 あれ? 本当におとがめ無しか? と、気を抜いた瞬間、それはやってきた。

「そうか、働いてくれるか。ありがたく思うぞ。では、きさま、藩の為に盗賊になれ」

「・・・・・・・・・・・は?」

 つまる所、こういうことだった。いかに豊かな竜北藩とはいえ、こう江戸に遠くては参勤交代の費用が相当にかかる。何しろ藩の年間予算の三分の一は参勤交代に使われるのだ。それなら行列の数を少なくして、持っていく調度類も減らせばいいようなものだが、行列の華やかさで他藩に劣るぐらいなら藩をつぶした方がましというのがそれぞれの藩主と家臣の見栄。行列と行列がぶつかった時、互いの槍の羽飾りの量をけなしあい、喧嘩になったこともあったぐらいなのだ。

 しかしこのような競争をさせて藩に金をつかわせようというのが幕府の保身の為であることはあまりに見え見え。古賀兵右馬がそのような幕府の思惑にむざむざのりたくはないと考えるのも無理はない。

 そこで殿様は考えた。金を使わずに、立派な大名行列を作る方法はないか。

 あったのである。簡単なことだ。藩の公用金を使わないで大名行列しようと思ったら、金をよそから持ってくればいいわけだ。

「忍術を盗みに使ってはいけないというのは絶対の掟です。そのような者がいれば厳罰で報いねばならぬ立場の三浦家の跡目が、盗みを働くなどとはとても許されることではありません。それだけはどうか、お許しください」

「そりゃあそうだがおまえを捕まえられる者など何処にもおらんのだから大丈夫だろう」

「知られなければいいというようなものではございません。これは掟なのです」

「忍びの掟は忍術を己に利する為に使ってはならぬというものだろうが? あくどい商売をして利益をむさぼるものをこらしめるのは己を利することにはならんだろう。第一おまえの金になるのではない。藩の金だ」

「お許しを」

「ではこうしよう。盗賊ではない。義賊だ。盗んだ金の半分は貧しい者にわけてやれ。金持ちから金をとりあげて貧しいものにわたす。金というものは、あるところから無い所に流れねばならん。そうだろう?」

殿様は、だんだんと論点をずらしてきた。

「言うなればこれは正義の為だ。名のりをあげて、盗んだ所に書きつけてこい。評判になるぞ。そうだな、闇夜に正体不明ということで、黒い霞、『黒霞くろがすみ』というのはどうだ? かっこうよかろうが」

カズマにはどうしてもそうは思えなかった。

「お許しを」

殿様の眉が両方共つりあがった。

「なぁカズマよ。きさま、未だに雪姫に勝っておらんようだなぁ」

ギクリ、とカズマの心臓が音をたてた。

「あの時わしは確かにきさまに勝てと命令はせんかった。だからきさまが負けたのは謀反とは言えぬ。しかしこうもわしの言うことを聞かぬとなると、ちと、きさまの考えを試してみとうもなるわなぁ。命令するぞ? 雪姫に・・・」

「やります」

「ほ? 何を? 雪姫と勝負して勝・・・」

「『黒霞』をぜひ! ぜひやらせてください!」

それから四日後、カズマは最初の店に忍び入った。


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