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二十 運命

  巡見使の退出後、大広間は騒然となった。

「これはいったいどういうことだ!」

「なぜカズマと殿には同じアザがあるのだ!」

「どちらかニセモノか!」

一番混乱してるのはカズマだった。全く何がどうなってるんだ。

 見れば雪姫も不可解な顔色でカズマを見ている。お蔦どのなどは、目の玉がとびだしそうな恐ろしげな顔でカズマのアザをにらみつけている。三姫はポカンとしている。

 巡見使を見送った殿様が戻ってきた。

 皆一様に押し黙った。

 殿様が上座につく。お蔦どのがわなわなと震えながら、切りつけるような調子でこう言った。

「なぜです! なぜあの者にもあのアザがあるのです!」

 なんだと?

 すると、殿様のアザは本物なのか。

「うん」

殿様は何でもないように答えた。

「こいつは、江戸の正室お静の生んだわしの子なんじゃ」


──────────────────――――――――――――――――――

──────────────────――――――――――――――――――


「なんだと ────── っ!」

カズマは、皆が声をあげるより一瞬早く立ちあがった。

「でたらめを! 俺は御庭之番筆頭三浦半兵衛の孫だ!」

「カズマ!」

声に振り向くと、廊下に半兵衛が立っている。

「じいさん、こりゃ、どういうことなんだ! なんでこのアザが殿様にもあるんだ!」

半兵衛は黙って着物を脱いだ。その肩に、アザは無かった。

 世界が回る。

 自分の立っている場所がぐらぐらとゆらめいているような気がする。

「幕府の思い通りになってやりたくはなかったんじゃ」

殿様が笑った。

「大事な息子を江戸になど置いておけるか! わしは男子が生まれた時、ひそかにくにに連れて帰り、半兵衛に預けた。そして江戸には影武者をおいたんじゃ」

「なっ・・・」

「つまり、江知馬などそもそもからおりはせなんだんじゃ。わしの息子はおまえ一人だ。影武者のほうも死んだんではない。江知馬としての存在をやめただけのことじゃわい。最初からその予定だったんじゃ。わしが隠居したら江知馬は消え、和馬がよみがえる。ほ、ほっほっほっほっほっ」

 一同声もでない。

 カズマはまじまじと殿様を見つめた。

 すると、この狸おやじが俺の父親か、そして、この三姫が俺の妹達・・・?

 カズマはふりかえって半兵衛を見た。

 半兵衛は、あの江戸へ行く前に浮かべた寂しげなかぎろいをうかべてカズマをじっと見つめている。白い眉の下で。

 こっちの方がよかったのに。

 俺の切った江戸の隠密の知った機密とは、江知馬がにせ物ということだったのか。それとも藩内に実子を隠しているということだったのか。そうだ、井蔵は、もしやあの浜で、俺のこのアザを見たのかもしれない。三浦の家には代々このアザが出るということは、藩の忍者なら皆知っていること。いや、知らされていたこと。井蔵は「黒霞」が忍者だと気づき、俺のことを調べたのかもしれない。それから、古賀兵右馬の肩にも同じアザがあることを知って、このカラクリに気づいたのかもしれない。井蔵が竜北の外に出したかったのは、雪姫ではなく、この俺だったのではないか。

 ガバッ、と城代家老がひれふした。

「申しわけございません! 殿にそのようなお考えがあったとは気づかず、幕府の言いなりになっていると、殿のお心を疑っておりました。しかし、勝ちましたな。あの、徳川めに勝ちましたな!」

一同静かになった。そして、わっ! と歓声がわいた。そういえばそうなのだ。

 殿様はニッタリと笑った。長いことこの瞬間を待っていたのだろう。

 お蔦どのの顔も何か思いついたのかパッと醜く輝いた。

「そうなれば、その、江知馬の許婚として来た雪はどうなされます。このまま城においておく必要は無いと思われますが!」

カズマはハッとして雪姫を見た。雪姫は泰然として座っている。

 殿様は答えた。

「それよ。いくら徳川が江知馬に妙な縁談を持ち込もうと無駄な話じゃったわな。そもそも江知馬などおりもせんのじゃから。雪姫は、くににひきとらせるか、それとも、許婚が死んだのじゃから、出家して尼寺にでも入れるか、ま、おまえの好きなようにしろ」

お蔦どのと三姫は、互いに顔を見合わせて笑みをもらした。もはや、雪姫は古賀の正室などではなく、ただの女にすぎない。それも、その運命は手中にあるのだ。

 カズマは歯をくいしばって雪姫を見つめた。雪姫は、カズマの方を見て、小さく肩をすくめた。あきらめの微笑みさえ浮かべなかった。

 その瞬間に、カズマの怒りは爆発した。腰の刀をずらりと抜いた。

「な、何じゃ!」

殿様はハッと腰をうかせた。

「雪姫! こちらへ!」

カズマは雪姫に向かって叫んだ。

「乱心だ!」

誰かが言った。

 雪姫は目を見張ったが、抜いた刀の意味が分からず身動きができない。

 カズマはもう一度言った。

「俺の所へ! こうなりゃここで心中です!」

雪姫はすばやく立ち上がった。喜びに花開いたその姿は、あたりに光がさしたようだ。そして雪姫は、六年分の思いをこめて、カズマのもとに駆け寄った。

「カズマ!」

カズマは左手に雪姫を抱いた。

「い、いかん! 誰かカズマを止めろ!」

殿様が叫ぶ。何人かが刀を抜いた。

「俺を止めるだと?」

カズマは口もとをゆがめた。

 一同シンと静まりかえる。鬼の気迫が、広間に満ちる。

「おい、殿様、すると何か、雪姫は、いもしない人間の許婚にされて、六年も針のむしろに座ってたってわけかい。・・・人間を何だと思ってるんだ。俺の運命は俺のものだ。雪姫の運命は雪姫のものだ。俺は雪姫が好きだ。残念だったな。俺は雪姫とここを出る! 必ず、二人で逃げのびてみせる!」

ギュッ、と雪姫がカズマの着物を握りしめた。

 義道が刀を抜いた。そしてカズマの所に走り込んでくる。

「む・・・」

しかしカズマは、この期に及んで同じ藩士を切るのをためらった。

 が、義道はカズマの前まで来ると、クルリと二人に背を向けた。つまり、他の家臣たちに刀を向けた。

「白根義道、和馬殿に助太刀する!」

「義道!」

父親の城代家老が悲鳴をあげた。

 カズマと雪姫も仰天した。

「お、おい義道、よせ、おまえまで」

「雪姫と江知馬殿との結婚を阻止する理由はなくなった。ならば、助太刀したい方に助太刀する! 」

「俺もだ!」

高崎も駆けよってきた。

 若手の一番手二番手を前に、一同顔を見合わせてためらっている。

「うぬ。半兵衛! 和馬をとりおさえよ!」

殿様は筆頭に命令した。カズマに対抗できるのは半兵衛ただ一人だ。

「わしは・・・」

半兵衛はうなった。

「わしは・・・、もう隠居しましてな」

「なに・・・!?」

長老は一跳びでカズマの横に並んだ。

「カズマよ。逃げきれるまでわしもついてゆこう」

「じいさま・・・」

とたんに、天井から小六を初めとした忍者たちがふってきた。

「私どもは、古賀につかえているのではありません。三浦家につかえているのです」

「カズマ様は、いつでも私どもを守ってくださいました」

そして、カズマと雪姫を守ってじりじりと庭に移動する。

 小六がカズマにささやいた。

「カズマ様。俺も一緒に連れてってください」

「小六・・・」

半兵衛が煙玉を取り出した。が、義道はその手を止め、叫んだ。

「殿。この場合、カズマが・・・いや、和馬殿が雪姫を選び取ったのです。無理やりあてがわれたのとは事情が違う。我々はこの縁組が幕府に認められるよう力を尽くしたいと存じます。どうか、この縁組を許可いただけるよう、幕府に伺いをたてていただけませんか」

義道はあくまで真面目に筋をたてる男だった。殿様は、ほっと息をはいて、あわててその旨城代家老に命じたのだった。






 縁組は即座に許可された。

 が、カズマと雪姫の結婚に先んじて、義道と楓の婚礼が行われた。支度の金は皆城代家老が出したので、実に立派な花嫁ができあがった。

「本当にきれいな花嫁だな。楓」

白い小袖姿はやめて、まともにうちかけを着こんだ雪姫が声をかけた。裏庭のあの部屋で支度をしているのである。

 腰元も山ほどついている。

「雪姫様、本当に、ありがとうございました」

楓はしっかりと雪姫の手をとった。

「あ、あ、泣かないで! おしろいがはがれる」

「はい! はい!」

でも泣いている。

「おーい、できたか?」

屋根の上から声がして、庭にカズマがふってきた。こっちも立派な侍姿。

「カズマ・・・さま。そのかっこうで屋根に上ったり天井裏走ったりするのはやめていただけませんか。不気味でしかたがない」

雪姫が文句をつけた。

「ははぁ、こりゃ化けたなぁ」

カズマがそれを無視して楓に近づくと、楓は畳に三つ指ついて頭をさげた。

「あ、ああ。どうもごていねいに」

カズマも地面にひれふしてしまった。

雪姫はがっくりした。

「そうじゃなくて。あなたが藩主だからかしこまったのだ。しょうがないな。着物が汚れるでしょう」

「しょうがないってことはないでしょう。俺だって好きでなったわけじゃありません」

「だからさっさと逃げればよかったのだ。私はどこかの山里で暮らしたかった。あなただってその方がずっと向いている」

「・・・そうか。今からでも遅くはないかな。そうしたら人の目もなく二人だけで・・・」

カズマがあったかい空想にふけりかけるのに、

「だめですよ!」

楓があわてて割って入った。

「古賀家を断絶するおつもりですか。二人共自分達のお立場をちゃんと考えてくださいませね!」

 やっぱり私がついてるべきかしら。

 楓はとても心配だった。

「それより楓、義道がずっと待ってるぞ。早く行って段取りを聞かないと。俺たちは頃合を見て邪魔しに行くよ」

「お殿様と奥方様にご出席いただけるなんて・・・。楓は本当に幸せです」

「お殿様ったってカズマじゃないか」

「だから雪姫! もう! 早く馴れてください!」

楓は本当に本当に心配そうに二人を見やると、飾りで重い頭を傾けながら廊下を渡って行った。雪姫は腰元もついていかせた。

 そして、座敷にはカズマと雪姫だけが残った。

 十日も待たずに自分達の番になるのだ。以前のことを考えると、本当に不思議な気がする。


 兵衛馬から、城内の権限を正式に譲渡されて、カズマはまず雪姫の部屋を変えようとした。このような狭い所に六年も閉じ込めておいた責任者の実の息子と分かった今は、とにかく急いで埋め合わせをしたかった。が、雪姫はそれを断った。この部屋にいたいのだと。

「あの、な、カズマ。あのう・・・。私、本当は、全然寂しくなかったんだ。六年間、ずっと。おまえが、私たちが寂しいだろうからっていろいろ心配してくれて、私を喜ばせようといろいろしてくれて・・・それで、その、つい言いそびれていたんだけれど、あのう、本当は、ずっと、楽しくてしょうがなかった、のです。・・・・ごめんなさい」

そう言って雪姫は頬を染めた。カズマはその頬をつついてみた。温かかった。


「次の参勤交代で、一緒に江戸に行くことになりますね」

カズマが言った。

「自分で集めたお金で自分が参勤交代をすることになるなんて、思ってもみなかったろう」雪姫はクスクス笑ったが、カズマは別のことを考えていた。

 確かにカズマは思ってもみなかったが、古賀兵右馬は知っていたはずだ。もしかすると、最初の江戸行きから金の心配をさせたくないという親心だったのかもしれない。そして更には、こんなふうに雪姫と結婚するというのも、兵右馬の計算通りだったのかもしれない。幕府の命令であてがわれたものを断ることはできず、しかし家臣の屈辱感を消す為に、カズマを雪姫の護衛役としてあてがい、カズマが自ら雪姫を選ぶようはかったのかもしれないのだ。

 しかし、雪姫が御庭之番の俺なんぞを愛してくれたのは本当だ。最高の、偶然だ。 

 カズマは雪姫を両腕で抱えこむように抱きしめた。雪姫もためらいもなく身をもたせてくる。

 恋人のいる所がふるさとなのだ。

 遠くから、祝詞の音が聞こえてきた。




 了




 初投稿です。

 江戸時代のシステムには詳しくないので、専門の人が見たら間違いだらけでしょう。

 時代劇では身分違いの恋は悲恋に終わるのがセオリーで、こんなにうまくいくわけはないのですが、たまには幸せになってもいいのではないかと思うのです。

 感想をぜひお待ちしております。

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