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十九 炎のアザ

 ハヤトに雪姫をのせ、その後ろで手綱をあやつりながら、長いみちのりを義道ら藩士にかこまれて、城に戻った。

 か細い月の夜。

 七日になれば、古賀江知馬との婚礼の式が行われるだろう。

 雪姫はまた全ての表情を顔から消し去り、しかしその両の頬に、涙だけが、涙だけが惰性のように流れていた。

 そうやって、二人は城に戻ったのだ。








 城では一大事件がカズマを待っていた。

 「カズマ! 戻ったか!」

まだ城壁の下までしか行かないうちに、上から降ってくるように半兵衛が出迎えた。

「ああ、雪姫様はこうして・・・」

「雪姫は後まわしだ! 急げ!」

「ああん?」

雪姫が後まわしとはどういうことだ。

そして、半兵衛はゆっくり息を吸うと、七人を見回して、低く言い放った。

「御帰国途中の江知馬殿が、亡くなられた」



 

 誰も何も言わなかった。

 言うべきことが見つからない。

 江知馬が体が弱いということは以前からささやかれていことではあった。しかし、藩主古賀兵右馬にとっての、唯一の男子であったのだ。その嫡男の亡き今、古賀家には跡取りがなく、お家断絶ということになる。

 驚きは雪姫にとっても同じことだった。運命がまた変わろうとしている。もう何も、考えたくはなかった。背中に感じてきたカズマのぬくもり。これを最後の思い出に、死んだつもりで江戸に行こうと思っていたけれど。

「実はこうなることは分かっておったのじゃ」

半兵衛はカズマを見上げた。

「お家断絶は何としてもふせがねばならぬ。わしが先日江戸に向かったのはその為じゃ。

実はな、江知馬様がお生まれになった時、双子が生まれたが不吉なので弟の方は家臣に養子に出したと幕府に出さんでもいい報告を出しておったのだ」

「なんと! 初耳ですが」

と驚く義道を半兵衛はじろりと睨んで、

「念のため言うておくが、江知馬様に双子の片割れなどおらんぞ」

「は? しかし・・・」

堅物の義道には想像もできないようだ。このペテンを。

 「それでな、こないだ江戸に行った時、兵右衛様が隠居されて江知馬様が無事家督を継ぎお国入りされることになったので、家臣にしていたご次男を江知馬様の補佐役として古賀家に戻すと報告した」

「じいさま。わけがわかんないんだけど」

また睨まれるのを恐れて黙っている義道の代わりにカズマがきいた。

「今回のように継嗣が突然亡くなった場合、養子をとって、その申請が継嗣の生前に行われていたことにするのはどの藩でもやっておることで、たいていの場合幕府も了承することになっとる。うちの場合は実際に江知馬様の亡くなる前に実子を家に戻すと申請したのじゃから、幕府も否とは言えん。御次男様が継嗣となって古賀は安泰じゃ。念には念を入れて、この時のために水戸の方にはたっぷりと付け届けをしてきてな、万一待ったがかかるようなことがあればそちらから口ぞえがあるようにしてある」

「あのさ、そりゃ結構なんだけどさ、いもしない御次男様をどうやって古賀の家に戻すんだよ」

「いるんじゃ」

「・・・あのな、じいさん」

「いるんじゃ。既にそれを確かめるために幕府の巡見使がこちらに向かっておるのだ。急いで着物を着がえるのだカズマ!」

「・・・、俺が? 着物を着替える?」

嫌な予感がする。

「・・・その次男は、カズマという名で、左肩に炎が燃えるようなアザがあるという情報を広めさせた。それは古賀家の血の証なのじゃ」

「な・・・っ!」

「幕府も信用しとるわけがないからな。アザでも黒子でも印が必要なんじゃ。狐と狸の化かしあいじゃい」

あきれている暇はない。雪姫を泣きながら迎えに出てきた楓にたくすと、城壁を駆け上った。

「急げ!」

促されてとびこんだ部屋には、腰元が数人、着物を構えて待っていた。

「な、なんだぁ?」

忍装束しごとぎなんぞ早く脱がんか!」

女の前で服が脱げるかと思ったけれども仕方がない。服を脱いだが全身傷だらけの血まみれで腰元達が悲鳴をあげた。

「この馬鹿め! 何をしとったんじゃ!」

「殺し合いだよ。薬を・・・」

「後じゃい!」

とにかく全身の傷をぬぐって紋付き小袖に肩衣をつけ、長袴をきせられて、扇子をもたせられ、髪の形を変えられた時、巡見使がついたと連絡がきた。結構な時間がかかったが、間に合ったと言えば間に合ったのか。これはしかし間に合ったと言っていいのか。

「よいか、おまえはよけいなことを言うんじゃないぞい。御庭之番筆頭の三浦半兵衛が養子三浦カズマ改め古賀和馬だ。いいな」

目茶苦茶だ。

 今日はごまかせても、この先どうするつもりだというのか。

 長い廊下をするすると歩いて大広間へ出、カズマは一瞬立ちすくんだ。

 正面の上座には、藩主古賀兵右馬と巡見使が並んで座っている。右手にはお蔦どのと三姫、左手には、例の桜の打掛を着た輝く雪姫が。そして、両側に主立った家臣達がずらりと並んでいる。家臣達はうちあわせたのかカズマを見ても驚いた様子はない。神妙にひかえている。やはり怪我の手当てをして慌しく着替えてきたらしい義道や高橋達だけが不安げな顔をしている。

  ままよ。

カズマは殿様と巡見使の前まで進み出、両拳を畳につけると、頭を下げた。

「古賀、和馬にございます」

こんなもの、たかが、失敗したら古賀藩がつぶれるだけのことじゃないか。

「兄上のこと、残念なことであったな」

巡見使は、四十ばかりの、目付きの鋭い男だった。いろんな外様大名のあらさがしをして幕府に報告するのが仕事なんだろう。

「は・・・」

「そこでだ。兄上がお亡くなりになったとあれば、和馬殿が嫡男、兵右馬殿の隠居は受理されておるから、竜北藩主、従五位下山城守のお役目につかれることになる」

「は。つつしんで、おうけいたします」

和馬は頭を下げながら、そっと雪姫をうかがい見た。さすがの雪姫も心配気に様子を伺っている。とにかくこれで、雪姫が江知馬殿と結婚することはなくなったわけだ。しかしそうなると雪姫の立場は難しいことに・・・

  つい上の空で頭をあげた途端、巡見使は言い出した。

「ところで、言い難いことなのだが、実はな、和馬殿が古賀兵右馬殿の実子であるかどうか、と、こう言うものがあるのだ」

  来た!

カズマの胸がドキリとなった。

 殿様は眉をつりあげて見せた。

「それはどういう意味かな」

「いやいや、もちろん私は、そういうことはありえないと思ってはいるが、しかし時期がな、あまりにも重なりすぎて、つまりできすぎておると、疑う者も、出てくるのではないかと。こういう疑問を残せば後々までそちらの藩でも何か、こう、しこりが残るのではないかと、そう、心配しておるのだよ」

「なるほど、それで?」

巡見使の目がいよいよ細くなった。

「こういう話を聞いたことがありますな。古賀の男子には皆、肩に炎の燃えるようなアザがあると」

「さよう。江知馬にもありました」

巡見使は、カズマの方に視線を移した。

「どうであろうな。そのアザ、私に見せてはもらえぬものか」

「なんと!」

怒りの声をあげたのは殿様だ。

「古賀の嫡男に、家臣の面前で裸になれと申されるか」

「いや、無理にとは申さん。無理にとは申さぬが、何故脱げぬのか、実に、残念に思われますな」

「ううぬ・・・」

 本当は脱がせたくてたまらないのに、殿様も実に狸だぜ。

 カズマはうんざりした。井蔵に肩の肉をふきとばされていたら大笑いだったろうに。

「よかろう! 和馬! 見せてやるがよい。古賀の跡継ぎとして何人にも文句のつけられぬ証をな」

殿様は、いかにも苦々しげにそう命じた。

 カズマはうなずくと、サラサラと肩衣をはずし、着物の片そでを脱いだ。ケガが見えないよう気をつけながら。

 左肩には鮮やかなアザがある。雪姫以外には見せたことのないアザだ。巡見使どころか、他の連中も珍しそうにながめている。

 まったく。これで御庭之番筆頭の跡はとれないなんて言い出さないだろうな。

「うむ、確かに」

巡見使はピシリと扇子で膝を打った。

「お疑いは晴れましたろう」

殿様はニヤリと笑った。ところが、巡見使はこれで満足しなかったのだ。

 着物を正そうとしたカズマに鋭い声をあびせた。

「待たれい! そのまま、そのまま!」

満座の者はギクリとして巡見使の動きを見つめた。巡見使は立ち上がるとカズマの所におりてきて、カズマの脱いだ袖をつかんだ。

「確かな印だ。しかし兵右馬殿、これが古賀家代々の印である保証はどこにもござらぬな。それがし古賀の正しい印を見たことがござらぬ。兵右馬殿の肩にはそれがあるはず、今ここで、拝見させてはもらえぬか」

「うぬ・・・!」

殿様の顔色が変わった。カズマの背もぞくぞくしてきた。

 まさか古賀兵右馬の着物を脱がせようとするとは。

「ぶ、無礼な! わしを何と思うておるか!」

「それがしも大将軍の使者でござる。はてさて、和馬殿が印を見せることを許されて、兵右馬殿の場合は許せぬとはどういうわけか。はて、おかしなこともあるもの」

今度は巡見使がニヤリと笑った。

 殿様は鬼のような形相で立ち上がった。巡見視は腹が据わっている。片膝さえ上げはしない。

「さあ、どうなされた。どうなされたのだ、古賀殿」

カズマは殿様を見つめた。腰には刀をさしている。もし『切れ』と命令があれば、この巡見視を切り捨てよう。化かしあいはこちらの負けだ。相手が一枚上手だった。

 ところが、突然殿様はたからかに笑いだしたのだ。

「は、は、は。よかろう! 古賀名物の火炎太鼓だ。旅の土産にするがよい!」

そしてバサリと着物を脱いだ。

 ア、ア、ア! と満座の者が声をあげた。カズマも自分の目を疑った。

 そこには、カズマのものと全く同じ、赤い炎のアザがあったのだ。












 


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