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十八 激突

 「あ、は、は、は! いやだなぁ、俺が雪姫を傷つけるとでも思ってるの? 俺は味方だよカズマ。雪姫は守らなきゃ、ねぇ?」

「何故攻撃した?」

「だから、ほんとにいやだなぁ。俺が攻撃したのは、そっちのお兄さんたちでしょ。ね、じゃまなんでしょ。みんな殺してやるから、あんた、雪姫と一緒に逃げたら?」

「なんだって?」

「この山を越えれば竜北を出られるよ。渓谷が険しすぎて関所も無い。あんたなら雪姫を連れて越えられるだろ? 」

カズマの脳裏に、山を越えて自由になる自分たちの姿が浮かんだ。どこか、追っ手のかからないところで、密かに、暮らせれば。雪姫と一緒に・・・。子どももできて・・・。

 いや、江知馬殿は立派な方だとじいちゃんは言ってた。雪姫も江戸に行けばここにいる時と違ってすっかり幸せになれるかも。

「勝手なことを!」

まだ馬上にいた二人の藩士が、刀を抜き、馬を駆けさせて井蔵に向かった。

「あ! 待て!」

カズマの止める声など聞くはずもない。

 井蔵の右手が動いた。動いただけだった。何も投げられはしなかった。

 それなのに、二頭の馬が同時に悲鳴を上げた。体のあちこちの肉がちぎれ、血がふきだしていた。

「うわあっ!」

藩士たちは地面に投げ出され、馬は狂ったように駆けだして行ってしまった。

「くそっ! 妖術使いが!」

血の気の多い高崎が突っ込むのに、井蔵は一歩も動かず左手を動かした。

 クナイだ。同時に五本も。

 しかしクナイが高崎の体にくいこむ前にカズマが五本とも叩き落していた。

「うおっ!?」

高崎が驚いている間に、その攻撃の隙をついた義道が至近距離まで接近し、短刀を投げた。それを井蔵がクナイではじき返す、間に、刀でけさがけに切ろうとして義道は体のあちこちから火がふいたように感じた。それは実際には火ではなく血煙だったのだが、頭、頬、二の腕、腿、五、六ヶ所が同時に焼けるように痛む。たまらず地にひざをついた時、頭上に刀が振り下ろされるのを感じた。

 死ぬ!

 しかしその刀はかろうじて防がれた。カズマが間に合った。刀で押し返すと、そのまますくいあげるように切り返す。井蔵はかわせたつもりだった。しかし広げたはずの間合いは瞬時につめられていた。目の前に刃が迫っていた。

「 ! 」

井蔵はとっさに口から毒の霧を吐いた。カズマはとびのいたが、それは義道の動けないでいる方とは逆の位置だった。

「どっひゃあああ。だめだね、あんた強すぎ。俺もすっごく強いからもう分かっちゃった。剣術じゃかないませーん。降参、お手上げ。でもどうしてそいつら守るのよ。あんたの敵なんじゃないの? 俺は味方だよ? そいつら殺してやるって言ってんだよ? 」

「雪姫を江知馬殿に嫁がせるのが幕府の目的のはずだ。何故竜北の外に出そうとする」

「そりゃあ事情が変わったの。幕府にもあとで事情を知らせておくから大丈夫だから。俺に任せて」

まだ幕府にも伝えていない事情? 井蔵は竜北に来て何かを知ったのか。そういえば、幕府の隠密が知った機密とは何だったのか。

 もうなんだか分からない。井蔵はもしかしたら、竜北にとっては敵でも、自分と雪姫にとっては味方かもしれない。味方じゃなくてもいいじゃないか。雪姫とこの山を越えられるなら、その後、竜北がどうなろうと・・・。

 カズマは刀を構えた。だめだ。この五人を殺させるわけにはいかない。

「ありゃあ、こうまで言ってもだめなの。そうなの。じゃあしかたないね」

井蔵は何か投げた。

 見えない!

ザクリ、とカズマの左足の肉がちぎれた。カズマは横っとびにとんだ。

 何がとんできたんだ。確かに見えなかった。

 まずい。カズマは叫んだ。

「義道! 雪姫を連れて逃げろ!」

 井蔵の右手がまた動く。しかし見えない。カズマは上に跳んだ。

「うっ!」

よけたと思った。しかし、カズマの胸に亀裂が走り、血の霧が流れた。

「カズマ!」

雪姫の悲鳴が聞こえる。

 なんだこれは!

 また井蔵の手がうごく。たちまち、カズマは新たに血まみれになった。

 痛え。

 目がかすんできやがった。

それでも動きはやめない。二人の素早い動きで草や葉が舞い上がる。

 義道達もなんとか井蔵の攻撃の謎を見極めたいと思った。しかしどうしても見えない。

「義道! このままじゃ腰抜けの奴死んじまうぞ!」

高崎がおろおろと草を踏む。

「ああ! 俺は助けられたのに! 何もできんのか!」

「助けよう! どうにかして!」

別の藩士も言った。

「無駄だ。我等では邪魔になるだけだ」

義道は雪姫のそばによった。

「今のうちに・・・」

雪姫は声をかけられてハッと懐剣を抜き、自分ののどにあてた。

 この女性は動かない。義道は知った。カズマが死んだらのどを突くだろう。せめて、それを止めようか。止める前に、俺も井蔵に殺されるか、ともあれ、見ているしかない。

 カズマは焦っていた。

 何だ、いったい何を投げてるんだ! それとも何も投げてないのに俺の体が勝手に傷ついてるのか、馬鹿な!

 体中がヒリヒリと痛む。

 井蔵がニタリと笑っているのが見える。カズマはだんだん腹がたってきた。相手の動きはまる見えだというのに。

移動しながらまた井蔵の手が動く。右腕の肉がはじけた。

「ふ、ふ、ふ、時間の問題だなぁ、竜北の鬼さん」

 時間の問題だと?

 カズマはふいに動きをとめた。棒立ちになる。

「んん?」

井蔵の方もとまどったように立ち止まった。

「どうしたの? あきらめた?」

「あきた。おまえの攻撃はいつになったら人一人殺せるんだ」

井蔵の顔がゆがんだ。

「なに?」

「技を見極めようと思ったが、もういい。めんどくさい」

ぐん、とカズマは井蔵に向かって突進した。矢のように。

「な・・・!」

井蔵の手が動く。首に何かまきついたような気がするが、知ったことではない。

「う、うわ・・・」

井蔵の顔から笑みが消えた。

 バサリ! 

 カズマの刀が、井蔵の腹を、上と下に真っ二つにした。上半身と、下半身は別々に倒れた。

「ふうん」

カズマは、首にまきついたものをとりはらった。細い細いそして鋭い刃に鍛えた鉄線だった。井蔵の右手につながっている。井蔵はこの鉄線をムチのようにしならせて攻撃していたのだ。

「カズマ!」

雪姫がかけよってくる。

「大丈夫か!」

「何でもありません」

カズマは義道達を見た。義道達もカズマを見た。

「助けられたようだな」

義道は言った。

「おまえがついているのなら雪姫には手出しができそうにもない。我らは戻るが、おまえはどうするのだ」

「俺は・・・」

カズマは見上げる雪姫の視線をふりきって、答えた。

「雪姫をお連れして、城に戻る」


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