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十六 行くあてもなく

 小六にアカガネを出させている間に刀を取って着物を着替え、町で走り出てはみたものの、雪姫の行った先のあてはない。

 行く先はカズマが知っている? 何の暗号だ。何故俺が知っているんだ。俺は何を知っているんだ。ええい、落ちつけ。

 道場にもいない。団子屋にもいない。ジリジリと気があせる。不作不景気で静まり返っていた町が、今日に限って何やらさわがしいような気がしていらだつ。

 さわがしいのには理由があった。辻で瓦版を売っている。

 ああ、そうか。

 昨夜黒霞が出て米倉を破壊した記事が載っているのだ。そして捕らえられたことも。皆が興奮してるわけだ。処刑はぜひ公開にしてもらいたいものだとでも思ってんだろうな。

 カズマの足がピタリと止まった。

 黒霞? そうか、俺は、黒霞でもあるんだ。とすると、俺の知っている場所・・・

 浜だ!

カズマは大通りを駆け抜けた。瓦版が風に舞った。

 浜が見える。日はかたむきかけて、夜とは全く違った白々しい景色を見せている。いや、白々しいのは、雪姫がいないからか。

 違ったか・・・。

いつものあの流木のそばで、雪姫が俺を待っている気がしたのだけれど。

何処に行ったんだよ、こんちくしょうめ! 

がっくりと流木に腰をおろすと、波が静かで、サラサラと聞こえる。

 俺にぶつけるように、泣いたよなぁ。俺が知らない人間だと思って安心してたんだよなあ。ちくしょう。だましてたよなぁ、腹がたつよなぁ。俺なんか、かばって、何処に行ったんだ。

 そして、ハッと気づいた。流木の陰に落ちている小枝、文字になっている。

『北』

 これか!

北は、雪姫の故郷だ。

 バサリと着物を脱いで裏返すと忍び装束になる。

 夕闇にアカガネと共に溶け込みながら、駆けた。




 竜北は港町で栄えてはいるが、未開の地を多く残している。灌木があちこちにはえた荒野がかなりの間続く、広い広い土地だ。ハヤトは雪姫をのせて歩いていた。日が暮れた。辺りには既に民家の灯りの一つもないが、細い細い月の光が、それでも十分に行く手を照らしている。

「ハヤト、もうすぐ竜北を出るな」

雪姫はハヤトにささやいた。

「ハヤト、おまえは何処に行きたい?」

ハヤトは突然立ち止まった。

「ん、どうした。何処にも行きたくないのか、そうかそうか」

いや、馬の耳がピンと立っている。雪姫は気づいて辺りを見渡した。眼前の灌木の中に、人影が、一つ、二つ、いや、かなりの人数だ。

「何ものだ!」

   雪姫、竜北から出すわけにはまいりません。

灌木の中から声がする。

   姫が逃げ帰ったとあっては、我が殿が困るのですよ。

「 ! 」

胸がずしりと重くなった。これは、故郷からの刺客達なのだ。

「私が故郷に逃げかえって、幕府から責任を問われるよりは、竜北の中で死んだ方がいいと、いうことだな」

雪姫は苦笑すらしなかった。氷のような能面の、顔。

「くにに帰ろうと思ったわけではないが、まぁよいわ」

雪姫はヒラリとハヤトから降りた。

「馬は、逃がしてやってくれ。私の馬でもないのだから」

 ハヤトも殺気を感じたのだろう。横腹をたたかれ、激しくいななきながら、南の方へとかけ戻っていった。

 ザザッと、灌木から、刺客達が黒い姿を表した。忍び装束。

 「あきれた運命だ」

雪姫は刀を抜いて、構えた。

「しかし、もう一度会いたい者がいる。だから、まだ、死なぬ」

スルスルと草を踏む音をさせながら、ちょうど十名の忍び達は雪姫の周りに円陣を組んだ。雪姫が剣の手だれであることを知っているらしい。

 譜代家に仕える忍びたちだけあって、隙が無い。陣容を見た時、雪姫は自分にその陣を破る手立てが無いことを知った。

 会いたかった。

 もう一度だけ。

 牢から出られたろうか。あいつのことだから、そんな手紙意味が分かりません、なんて正直に答えてしまっていないだろうか。

 意味の無い手紙。それなのに未練がましく、浜に木切れを置いてきてしまった。あんなもの。それこそ、何の意味もない。でももし、見つけて、追ってきて、私のなきがらを見つけたら、あの男は泣くだろうか。優しい、あの男。

 カズマは。

と、その時。

 馬のいななく声がした。

「ハヤト?」

ハヤトだ。白い馬が、ひづめの音も高くかけてくる。

「ハヤト! 戻れ!」

しかし何があったのかハヤトは猛っており、ものすごい勢いで円陣の真ん中につっこんできた。

「だ、誰かいるぞ!」

一人が叫んだ。確かに、馬の背から青い色の男がぶら下っている。しかしその叫んだ男は、青い男の刀に、首をおとされていた。

「円陣を! 円陣を作り直せ!」

間に合わない。青い男の速さは尋常ではなかった。大根を切るように、力づくで、真上から、下から、腹を、真っ二つに、悲鳴さえもあげることを許さない。

 雪姫は立ちすくんだまま眼前の光景を見ていた。獣のような男が獲物にとびかかり、切り倒し、そして血しぶきがあがるのを。

 十人がただの肉塊として転がるのに、さしたる暇はかからなかった。

 井蔵か。

雪姫は考えた。

 血を好む殺人鬼・・・。魔物めが。胸が悪くなる。

 しゃがみこんでいた青い男は、全身に血しぶきをあび、月光の下赤い色に変わっていた。

 雪姫は、その男の体がガタガタと震えているのに気づいた。

 なんだ? 人を殺して、震えている。

そして雪姫は卒然と気づいたのだ。

「・・・まさか!?」

そしてカズマは、血しぶきの中の鋭い目を、雪姫の方に向けた。


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