十五 雪姫 出奔
カズマは、奉行所内にある牢屋にほうり込まれた。御庭之番筆頭に昇進するはずの人物が盗賊になって市中を荒らしていたなどとは大事件だが、貧しい牢役人たちにとって黒霞は英雄だ。どう扱っていいものやら横目でチラチラ見ながら見ぬふりをしている。
死ぬはずの命を長らえた疲労でうとうとしていると、天井でガタンと音がした。ハッと目を覚ましざま髪にしこんだ針を音のした方に投げつけた。のを、ひょいとつかんだのは、天井にぶらさがった半兵衛。 あっ! と声をあげたいのをやっとおさえて、カズマは口暗号を使った。
─ 牢屋の天井は、抜けられないよう組んであるはずじゃなかったのか。
─ おうともよ。だから木を切りながら抜けてきたわ。今度の台風で崩れるな、ここは。
─ ひどい話だ。
─ とんでもないことをしてくれたな。御庭番の面目丸つぶれじゃぞ。
半兵衛の目は氷のようだった。
─ ・・・すまない。
─ バカものが・・・。小六からみな聞いたわい。
カズマは目をあげた。
─ 甲斐性無しのおまえにこんな気の利いたことができるわけないと思うたわ。かまわんか らここから逃げ出せ。
─ しかし、俺が逃げ出せば殿様や雪姫のお気持ちを裏切ることになる。
─ あほう! 裁きを受けた所で、打ち首かよくて切腹なんじゃぞ。
カズマは少し迷った。ほんの少しだけ。
─ いいんだ。雪姫も殿様も、俺のことなんざ虫けらぐらいにしか考えてないと思ってたけ ど、雪姫はああやって俺をかばってくれたし、殿様も口封じに殺したりしないでくれた。 もう、いいんだ。俺は満足だ。そうやって雪姫に伝えてくれないか。カズマは満足して死 んでいったって。
半兵衛はしばらく黙っていた。そして、
「ばかものが」
と声に出して呟くと、天井裏に消えていった。カズマは再び眠りについた。今度はかなり深い眠りで、雪姫と楓と義道と殿様と長老と小六と井蔵とオールキャストがまんまるい月の下でみんな輪になって踊っている夢を見ていた。誰かがいないなと思ったら、自分がいないのだった。ああ、もう俺は処刑された後なんだな、と思ったところで起こされた。
「カズマ、起きろカズマ」
「んあ?」
見ると、奉行の佐々木が外にしゃがみこんでいる。辺りに牢番がいない所を見ると、人ばらいしたのだろう。
「処刑ですか」
「雪姫が失踪した」
ガバッ! とカズマは起き上がった。
「何ですって!」
「こういうものを残してな」
佐々木は小さな紙切れを見せた。
【行くさきはカズマが知っている】
「これは・・・」
「何か思い当たるか?」
「さっぱり」
「ふん。・・・捜索隊を出してもう二刻にもなるが見つからん。ハヤトと一緒に城を抜け出したのだ。既に相当遠くまで行っていると思われる」
二刻!? 二刻もたった一人で!
「何故もっと早く知らせてくれなかったんですか!」
「・・・きさまを牢から出す策略だ。簡単にのれるものか」
「策略!? 俺のため? まっさか。殺されるかもしれないんですよ」
佐々木はじっとカズマを見た。
「えっ? なんですか? なに?」
「好きな男のためなら女は命もかけるだろう」
好きな男?
脳みそにその言葉が到達するのに時間がかかり、理解したとたん、泡を吹いた。
「ない! ありません! 誤解です! 違います! 雪姫は俺を憎んでいたんです。でもあの人は敵でも助けてしまうんです」
それでも俺が死なない方がいいと思ってくれたのが、嬉しい。
「・・・鬼姫だと思うておった。死なせたくはない」
「だから早くここから俺を出してください!」
「・・・反対派の若い連中がやはりいなくなっておる。雪姫失踪を知ったのだろう」
「何!」
カズマは格子をつかんだ。
姫が城を出た機に殺す気だ。
「だから殿と相談してきさまを追っ手に出すことにした。殿からの伝言じゃ。例え雪姫が見つからずとも、必ず戻ってこい、とな。必ずじゃ」
「分かっています。逃げたりなどいたしません! 早く開けてください! ええい、もう、自分で開ける!」
カズマが手を伸ばして鉄の鍵をちょいちょいとつつくと鍵はガチンと音をたててはずれ、目をむく佐々木を置きざりにカズマは牢を跳びだした。