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十三 役目をとかれる日

 翌日の夕刻、カズマは殿様の例の部屋に呼ばれた。

「何か・・・」

「うむ。毎日の勤めご苦労」

「・・・」

殿様がねぎらいの言葉をかける時はろくなことがない。

「次の標的が決まりましたか」

「うむ。ひとつ、頼まれてもらいたい。実は米問屋を牛耳る囲炉裏屋いろりやのことだ」

「金ではなく米を盗めと?」

殿様はこっくりとうなづいた。

「わかりました」

「わかりました? いいのか? 米俵かついで走れません、無茶です、嫌です、とわめくかと思ったのだがな」

「・・・・・」

「備蓄米を放出すればいいと思うかもしれんが、この不作じゃ。百姓から税を取るのは今年はやめようと思うとる。すると藩の蓄えで、家臣に録を与えねばならん。とすると、城下の者の飢えは、どうやっていやせばいい?」

 古賀兵右馬こがひょうまは、傲慢な男ではあるが、民は大事にする藩主だった。

「商人がそれぞれの商売で談義の上、値段を決めるというのは天下に渡って定められておる。わしにも口がだせん。しかし囲炉裏屋もそれほどあこぎにもうけんでもよかろう。倉一つ分だけはきださせるんじゃ。あと二つの倉のもうけで例年の二倍はあるはずじゃ」

「わかりました」

「・・・おい! カズマ! どうした! 生きとるのか死んどるのかはっきりしろ!」

「・・・・・」

「おまえ一人で倉いっぱいの米をどうやって盗み出すつもりなんじゃ!」

「一人では無理です。小六ころくを仲間にすることをお許しください」

「む・・・」

殿様は顔をゆがめた。

「一人ではできんのか」

「できません」

「仕方がない。許す。しかし、分かっとると思うが、二人とも、万が一にも捕まった場合、わしの命令でやったなどと言うでないぞ。藩主が命令して盗みをやらせたなどということになれば竜北の一大事じゃ」

「はい」

「本当に大丈夫か?」

「はい」

「ま、いい、あとは任せる」

殿様はごろりと横になった。

 カズマは出ていこうとしたが、その背中に向かって殿様は言った。

「そうじゃ。江知馬えちまと雪姫の婚礼の日取りが決まったぞ」

 ピタリ、とカズマの足が止まった。

「来月の七日じゃ。七夕の日じゃ」

今日は六月二十三日。

「ずいぶん、急なんですね」

「急ではないわい。江知馬は既に江戸をたっておる。十分間に合う」

「・・・・」

「今まで雪姫の護衛役ご苦労じゃった。今日をもってその役は解こう。きさまも半兵衛はんべえにかわって庭番のまとめ役を継ぐとよいわ」

「・・・は・・・」

 カズマは部屋を出た。

 雪姫は江知馬殿の正室になるお方。婚礼がすんで江戸へのぼれば二度と戻ってくることはない。

 たとえ他人の正室となってもいい、憎まれていてもいい、江戸までついて行きたかった。




 ぼんやりと屋根の上で寝転がっていると、ぬっと半兵衛が顔をつきだした。

「じいちゃん。帰ってたのか」

「ふふん。まだまだ足はおとろえておらん。江戸往復ぐらいわけないぞい」

「江戸か。じいちゃんは時々江知馬殿に会ってるだろう。どんなお方だ?」

「ああ、そりゃあ良いお方じゃ! 心栄えの良い、武術に優れた、良いお方じゃ」

「武術? 体が弱いんじゃなかったか?」

「ああ、まぁ、そうじゃが。それでも鍛錬を忘れん、強いお方じゃ。そして何よりも思いやり深い。藩主として仰ぐにこれ以上の方は無いとわしは思うとる」

そしてしみじみとカズマを見た。

 カズマは不快な気分を悟られたくなくて目をそらした。嫉妬だと、もう分かっていた。雪姫は結局、江知馬と結ばれて幸せになるかもしれない。俺を必要としないところで幸せになるのだろう。

 江知馬が悪党で、雪姫は不幸になればいい、という感情が言葉となって形を結びそうな予感がして、カズマは頭を振った。

「なんじゃカズマ。ずいぶんと顔色が悪いが、風邪でもひいたか。ああ、そうだ、さっき殿様にお目通りしてな、いよいよおまえにまとめ役をつがせることになった」

「ああ、俺も聞いた」

「おまえの腰抜けのふりも終わりじゃ。役につけば、義道よりも立場は上になる。嫌がらせをされることもなくなるぞ」

「・・・義道は・・・最近嫌がらせはしないんだ。雪姫にも」

「ふん? なぜ?」

「・・・雪姫本人には罪は無いと悟ったんだろう」

「ふうん? あの義道がなぁ。いつの間に・・・。まさか雪姫に惚れたのではなかろうの」

それは、無い。

 あ、そうだ、雪姫と言えば・・・。

「雪姫に、挨拶をしなければならないんだ。また、あとで」

 カズマは裏庭に降り立った。雪姫は部屋で書を読み、楓が横にひかえている。

 これが会話を交わす最後になるだろう。それでも、雪姫に声をかけられる口実ができて、俺は嬉しいのだ。情けない。

「雪姫・・・」

雪姫と楓はカズマのほうに首をかたむけた。

「おまえか。何だ」

雪姫はつまらなそうにそれだけ言った。

「おめでとうございます。婚礼の日取りが決まったそうですね」

「おまえも聞いたのか。ここにもさっき義道が来た」

「俺も、本日をもって、雪姫様の護衛役、お役ご免となりました」

「そう・・・」

と、立ち上がったのは楓だった。雪姫はもう書の方に目をうつしていた。

「実は私も、国の方にかえされることになったの」

「そうか・・・」

とすると、楓と義道との間もこれで終わり。雪姫はすっかり一人ぼっちで江戸へ行くことになる。

「今までありがとう。あなたのおかげで本当にこの裏庭も寂しくなかったわ」

「いや・・・」

楓からも冷ややかな視線を浴びせられるのではないかと思っていたが、雪姫は楓には何も言わなかったらしい。

「雪姫様。何か・・・」

何か言葉をかけるよう雪姫をうながした。

「うん? ああ、大義だった」

それだけだった。雪姫は書から目も離さなかった。カズマがまた屋根の上へ飛び上がり、すべて終わった。



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