続「あーん」
翌日。
昼休みに入って、ジェニファーは意気揚々と迎えに来た。
シオンは、あれから、昨日の放課後も今朝も、グレースと話したことは語らなかった。
一応、ジェニファーが断ってくるなりした時はシオンも考えようと思っていたが、そもそも、目立つ場所で一緒に食事をと提案したのはシオンであっても、進んで食べさせ始めたのはジェニファーの方なのだから。
しかし、テラスに出て、わざわざグレースが忠告してきた意味がわかった気がした。
テラスというのは食堂の後に飲み物でも持って噂話に興じるための憩いの場という認識で正しいはずなのに、昼休みの早い時間に既に満席だった。
否、昨日、シオン達が利用したテーブルだけが空いていた。
そして、埋まっていた全ての視線がシオンとジェニファーに向かっていた。
それほど目立っていたのかと頬を引きつらせるシオンの横で、ジェニファーは余裕の笑みを浮かべて着席を勧めてくる。
さすがは公爵令嬢。
これくらいの視線は当たり前なのかもしれないが、田舎の男爵子息のシオンは怯みたくなっていた。
「シオン様?」
足の鈍った様子に戸惑ったジェニファーは、シオンの気も知らずに顔を覗き込んでくる。
シオンは神経の図太いお嬢様に苛立って見返したのだが、その目に気遣わしげな様子が宿っていて、反発心が霧散した。
「なんでもない」
しょうのない強がりで覆い隠して、シオンも席についた。
「今日は、食べやすいようにホットサンドにしてみました。さあ、シオン様は本を読んでいてくださいませ。私が食べさせてあげますから」
「……」
何が楽しくて、こんなに張り切っているのか謎すぎる。
しかし、咎める理由も、シオンの不都合もないので、昨日のように本を開いて視線を落とすと、「あーん」という合図と共にホットサンドが視界に入り込んだ。
周囲で前のめりになる注目の気配も迫ってくるようだけど、ここは無視をして口を開け――空を噛んだ。
「なんのつもりだ」
差し出されたはずのパンは、ジェニファーの手によって引っ込められていた。
「ふふふ。これは意地悪です」
「そんなに嫌なら、口で言えばいいだろ」
「違います。もう、わからない人ですね。いいですか。恋人達は、こういう細やかなやりとりを重ねてスキンシップを図るのですよ」
ですよ、と言われても、シオンとジェニファーの関係設定は一方的な囲い込みであり、無意味な相互交流は望んでなかった。
付き合いきれないと判断したシオンは、別のパンを自分で取った。
「あっ、そちらは私用で……」
言われて見れば、ジェニファーが手にしているものと厚さが違うので、中の具の量が違うのだろう。
バスケットを覗けば、そもそもの用意された数にも違いがあるようだ。
それだけで事足りるのが不思議で、なのに、それっぽっちでも食べないでいるのは体によくないのではと思えた。
自分の平穏は確保したいが、協力者の健康を害する気はなかったので。
シオンは自分が掴んだ、ぺらっとしたサンドでもって、恋人達の交流について得意げに語り続けているジェニファーの口を塞いだ。
そうして、交換するようにジェニファーの手にするサンドを取り上げると、自分で食べた。
結局、これが一番早いから。
「それは、私の仕事でしたのに……」
真っ赤な顔で抗議され、やはり、何かすれ違いが生じている気がしないでもなかったが、付き合うつもりのないシオンは一言だけ忠告しておく。
「俺に食べさせたかったら、自分の分が終わってからにしろ」
「……わかりました」
そういった訳で、シオンが食べさせられるのはデザートの時だけとなった。
その日の放課後。
シオンは、再びグレースに連れ出された。
「まだ何か?」
「あなた、意外とプレイボーイでしたのね」
「……どこを見ての判断ですか」
「自覚はないのね。けれど、紳士なのは認めるわ」
「それも、どこを見ての判断なのでしょうね」
「そう気を悪くしないでよ。とにかく、ジェニファーが楽しそうだから、もう言わないわ。逆に、困ったことがあったら、知らせてちょうだい」
「どんな企みを?」
「何も企んでないわ。ただ、ジェニファーを……いいえ、なんでもない。ただ、私が敵ではないことだけ、覚えていてくれると嬉しいわ」
なんとも歯切れの悪いグレースは、そんなことを言って去っていった。