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ドミニク男爵の条件

ジェニファーは朝から憂鬱でしかなかった。

まだ、本日はシオンに会ってすらいないのに、頭の中は彼のことでいっぱいだ。

と、こんなことを言えば、甘酸っぱさを匂わせているようだけれど、ジェニファーの場合は微妙に違う。

また今日の昼も、あんな溺愛表現をされるのかと思ったら気が気でないだけだ。


「ジェニファー」


名前を呼ばれてギクリと振り返れば、いつもより大きなバスケットを下げたシオンが迎えにきていた。

にこりと紳士に手を伸ばされたら、公爵令嬢としては受ける他ない。

そうして、ドキドキしながら連れてこられたのは、意外にもシオンの教室だった。

どうぞと促された中に片手で数えられるほどしか残っていないのは、ほとんどが食堂に出向くからだ。

そこまではいいとして、どうして……


「どうしてグレース様がここに?」


「あら、いやだ。シオン様に招待されたからですわ、ジェニファー様」


澄ました顔で答えるグレースに、シオンを振り向き説明を求める。


「それも含めて説明するから」


「おい、おい、シオン。説明の前に、私を紹介してくれるのが筋だろう。この大親友の私をね」


そう言ってウインクを飛ばしてきた男子生徒は、いつかと違って、ウィルヘルムではなかった。


「ご機嫌よう、ジェニファー嬢。私はシオンの大親友にして、よき理解者のバレンシア・ジルバ。長い付き合いになるだろうから、どうぞよろしく」


胸に当てた手を差し伸べられたので応えれば、手の甲に口づけする仕草を優雅にされたけど、ジェニファーはそれよりもシオンに目を向けてしまった。

人を遠ざけたがりな氷の賢者と華やかな集まりに引っ張りだこな典型的貴公子が大親友?? という無言の問いかけをしないではいられなかったからだ。


「あー、うん。言いたいことはわかるけど、とりあえず座ろうか」


否定しないシオンが寄せた机に四人分のサンドイッチやフルーツを並べだしたので、この感じだと、今日は自分で食べられそうでホッとする。

けれども、ここで仲よく雑談という気にはなれないジェニファーは前置きなしに切り出した。


「それで、お二人を招待した理由は、お聞かせ願えるのかしら?」


令嬢モードで笑いかければ、シオンは恭しく両手でサンドイッチを進呈してきた。


「まあ、簡単に言えば、しがない貧乏男爵とはいえ、さくっと継承ってわけにはいかなくて……」


「でしょうね。そもそも、爵位返上を狙ってたわけだし」


「ああー、その返上のことも言ってなかったりして」


「ええ! なんで!?」


「だって、継いだら、俺の裁量の内だし……」


確かに、貴族当主の権限は大きいけれども、それはないとジェニファーは思う。


「あなたのことだから、家族が困るようにはしないでしょうけど、実際問題ありありよ」


「わかってるし、反省もしてる。父さんにも、それなり説教されたし」


「お父さんって、ドミニク家のご当主?」


「そう。その、うちの前当主様が、俺からの手紙を読んで、どういうことだと王都まで乗り込んで来たってわけ」


「当然の話ね」


なにせ、現役当主に不幸があったわけでもないのに、その座を明け渡せと告げたのだから。


「で、本当に朝から夜までかけて色々と説明した結果、辛うじて俺の計画性と実行力は認めてもらえたから課題を出された」


その課題というのが、百人分の署名を集めるというものだったらしい。


「支持者や後ろ盾を示せっていうこと?」


「いや。単に、顔を会わせた記念のサインみたいな軽い感じで構わないって」


「それに何の意味が?」


「実は、王都に出てくる時に言われてたんだ。田舎では作れない人脈をものにしてこいって」


それも貴族なら当然のこと。

しかし、シオンはまったく反対のことばかりをしてきたのだ。


「なるほど。だから、二人がここにいるのね」


グレースもバレンシアも高位貴族で顔が広い。


「名前の質で継承時期を見極めるとか言われたから、俺が顔の知っている貴族で協力を頼めそうなのが前の席のバレンしか浮かばなかったんだよ」


シオンは不本意そうだけれども、愛称で呼んでいるのだから、それなりの関係なのだろう。

二人を前にしても、ジェニファーは不思議でならないのだけれど。


「それで、私は喜んで兄を紹介することにしたんだよ」


バレンシアの兄とは次期ジルバ公爵のこと。

質としては感触がよく、年齢が近いので話も通り易い、最適の紹介だろう。


「その流れで、彼がどんな人物なのか、ダーリンが私に聞いてきたのよ」


そう続いたのはグレースだ。

彼女はバレンシアの兄の婚約者であり、次期ジルバ公爵夫人となる人なのだから。


「こっちは、まさか、そんな繋がりがあるとは知らなかったから、初っ端から散々だったけど」


「そうなの? ジルバ様は温厚な方のはずだけど……」


戸惑うジェニファーに、シオンは誰のせいだと拗ねてきた。


「誰かさんが、グレース嬢に頼んでもない代役なんかを依頼したせいで、その婚約者殿に睨まれたんだぞ」


ジェニファーは慌てて、グレースを見た。


「黙ってたに決まってるじゃない。婚約者以外と嘘でも付き合うなんて。ましてや、即断られるのがわかりきってる関係なんてね」


「……まさか、断ったの?」


ジェニファーはシオンに戻って確認する。


「いや、むしろ、断らないと思ってたのか?」


「だって、誰も何も言ってこないし、グレースも問題ないとしか……」


本気でグレースが上手くやってくれているのだと信じていたジェニファーは、三人からの呆れた視線に小さくなるしかなかった。

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