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「あーん」

「はい、シオン様。あーん」


学年の上がったジェニファーは、今日も今日とてシオンを溺愛する令嬢を演じている。

今回は、新入生への牽制として昼休みに人の集まるテラスで見せつけようと食事を用意してきた。


シオンは公爵令嬢が相手なので逆らえないという体を設定しているので、小難しい本に向けた視線をこちらに移す気はなさそうだ。

ジェニファーが、あごを掴んで無理やり口に押し込んでやろうかと憎らしく思っていると、ちらりと横目を寄越される。

また、何か不満を言われるのだろうか。


「それじゃあ、届かない」


「え、ああ……」


テラスに並んでいた椅子に座っただけなので、確かに、シオンが寄らない限りは口に入りそうになかった。

溺愛しているのはジェニファーなので、お前が来いよということだろう。


食べさせるのは否定されなかったので、椅子を寄せて再度チャレンジする。


「はい、あーん」


今度は無視されずに、シオンもこちらを向いた。

そして、ぱくりとフォークから食べた。


「次」


しかも、催促までされるとは。

なんていう脅迫者だ。


「あと、顔赤すぎ」


「な、なっ……そういうこと、言う!?」


「いいから、次。昼休みが終わるだろ」


驚くべきことに、シオンは全部をジェニファーの手から食べきった。

しかも、「一口が小さい。明日からは考えて食べさせろ」とダメ出し混じりの要求までされるとか、ジェニファーの忍耐は試されてばかりだ。


自分で始めた案とはいえ、気の遠くなったジェニファーは、立ち上がった小憎らしいシオンの腕に絡みつくしかないのが口惜しかった。


「じゃあ、次は放課後に」


教室を前に、ハイハイ、わかってますよと引きつった顔で微笑めば、絡めていた手を引き剥がされた。


自分から脅して利用してるくせに、貴族令嬢が嫌で嫌で堪らないのだろう。

と思っていたら、手のひらを広げられて、何かを乗せられた。


見たら、飴玉だのキャラメルだのを山盛りにされていた。


「何、これ」


「たまの賄賂」


「……」


公爵令嬢のジェニファー相手に、これが賄賂。

普通、宝石だのドレスだのが常識じゃなかろうか。

学生という立場でも箱菓子くらいは用意してほしい。


「貧乏男爵に、不相応な見返りを求めるな」


「わかってるわよ。そもそもが、脅迫関係なんだから」


「理解しているなら、結構」


そうして、シオンは自分の教室に戻っていった。


ジェニファーは悔し紛れに、キャラメルをまとめて三個いっぺんに口に放り入れてみた。


「甘い」


くれたシオンに似つかわしくない、まったりとした味がした。





その日の放課後。

シオンが本日の授業を浚っていると、淡い花の香りがして顔を上げた。

ジェニファーが迎えに来たのだと思ったからだ。

しかし、そこに立っていたのはグレース嬢だったので、眉間にしわが寄る。


「ごめんなさいね、シオン様。彼女とは同じ香水なの」


わざわざ口にする辺りが嫌らしい。


「そんな顔をなさらないでくださいませ。それより、二人きりでお話ができませんか?」


「断れるものなら断りたい」


「あら、私は強要などしませんわ。誰かさんとは違いますもの」


それは、ジェニファーとの関係を示唆しているということだろうか……。


「わかりました」


「ふふ。では、散策しながら、お話しましょう」


おかげで、外に出るまでに多少の注目を集めてしまったのだが、貧乏男爵のシオンにはどうしようもなかった。


「それで、話とは?」


「せっかちですね。でしたら、私も率直に言わせてもらいますけど、お昼のアレは、やり過ぎですわよ」


「……は?」


てっきり、脅迫関係を指摘されるか、 同様の要求を迫ってくるのかと身構えていたのに、妙なところを持ち出された。


「ですから、いくら仲のよさをアピールするためでも、アレは過剰ですわ」


いつも余裕たっぷりなグレースがしかめ面で訴えてくれるけど、シオンはさっぱり意味がわからなかった。


「食べさせるくらい、珍しいことじゃないだろう」


よくあるとまでは言わないが、シオンでも目につく場所でイチャつく人間は一定数いた。


「そうですけど、二人のやりとりは破廉恥なのです!」


「破廉恥って……」


「ジェニファーが真っ赤になって食べさせてるのに、貴方がしれっとした態度だから、異様にいかがわしく見えるのよ!!」


そう忠告するグレースも、限界まで頬を赤らめていた。


「そんなことを言われても、俺としては、本を読みながら食事ができて楽だっただけなんだけど」


「まあ! だったら、尚のこと悪辣ですわ。おかげで、ジェニファーは、ほとんど食べられていなかったのに」


「知ってる。だから、俺の糖分を残らず渡しておいた」


「……妙な優しさはあるのですね。でも、どうせなら、その優しさでジェニファーを解放してくださらないかしら」


「君が彼女を気にかけていることは理解したけど、俺は本人以外と交渉するつもりはない」


「一応、これは、シオン様のためでもあるのよ。どうせ、小悪党をとっちめてるお転婆な場面でも目撃した口止め料でしょうけど、ジェニファーは公爵令嬢なんだから、実情を探られたら困るのは貴方だわ」


「だからこそ、だ。相手が公爵令嬢だから、今の学園生活が成り立っている。笑って傍観していただけのお嬢様に非難する資格があるとでも?」


「……氷の賢者は辛辣ですのね」


「とんでもございません。では、話が済んだのなら、私は失礼させていただきます。これから、ジェニファー嬢にお願いされている約束があるので」


氷の眼差しのシオンは、まだ物言いたげなグレースにとどめの嫌みを投下して別れの挨拶としたのだった。

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