偽りの熱愛報道
豪華なシャンデリアで輝くグラスや宝石。
そして、人、人、人。
今夜は学園の卒業パーティーだ。
王族も通う高等学校なので、下手な貴族が主催するよりも華やかで格式が高い。
もっとも、ジェニファーはまだ一年生なので、賑やかしの在校生なのだけど。
ぼんやりと会場を眺めていると、くんと、エスコートで絡めていた手を引っ張られた気がして顔を上げる。
そこには、冴え冴えとした氷の瞳があり、ジェニファーはとろける笑みを浮かべて応えた。
「参りましょう、シオン様」
返事はなかったが、スマートなエスコートに従って会場の中へ進んでいく。
「まあ、ジェニファー様だわ」
「あの二人が」
「とても仲がよろしいこと」
一歩進むごとに、ジェニファーは人目を引くばかり。
それもそのはず、王族不在のこの年代で、ガウディ公爵令嬢のジェニファーが最高家格なのだから。
親族に爵位なしの生徒も存在する学園内では公平平等を謳うとはいえ、それはあくまで建前でしかない。
「あの方がシオン様ね。納得だわ」
「成績も、たいそう優秀なのだそうよ」
ジェニファーはパートナーが話題になっているのが聞こえて、ちらりと隣に視線を向けてみた。
つるりとした肌に、つんとした鼻。
長いまつげに揺らぎのない凛々しい眼差し。
年齢的に身長はそれほど高くないけど、それも時間の問題だろう。
そして、入試から学年トップを譲らない頭脳明晰さ。
結果として、彼はモテる。
しかし、氷の賢者と呼ばれるほどシオンは誰にも靡かなかった。
現に、今だって黄色い声やうっとりした視線にはびくともせず、歩みを止める気配はない。
このままだと囲まれそうだと気がついたジェニファーは、ぐっとヒールで突っ張り、進路を変更させる。
「まあ、見ました?」
「ええ。ねえ……」
非難めいた含みを感じてはいたものの、ジェニファーは無視してシオンを引き寄せた。
「噂に違わず、ジェニファー様はドミニク家のシオン様と仲がよろしいこと」
振り返ると、マグノリア侯爵令嬢のグレースが微笑んできた。
「こんばんは、グレース様」
彼女は隣のクラスで、家格的にもそれなりに親しくしているのだが――
「シオン様。学年末の試験結果、お見事でしたわね」
グレースはこれ見よがしに微笑みかけると、なにげなくシオンの腕に触れていた。
これくらいで溶ける氷ではないのだが、ジェニファーはいつものように割って入った。
「グレース様。私、少し疲れてしまったみたいなの。ごめんなさいね」
「そう、それは残念。シオン様、また今度、お話を聞かせてくださいませ」
最後の最後まで憎たらしい粉をかけてくるので、シオンには返事をさせずにバルコニーまで引っ張っていった。
パーティーが始まったばかりのせいか、バルコニーには人の気配がなくてホッとする。
「さっきのアレはなんだ」
二人きりになった途端、シオンがぎろりと睨みつつ口を開いた。
「何って、ご注文通りの令嬢を演じたまででしょ」
「俺は、嫉妬深く、よそ者を寄せつけない令嬢を望んだはずだが」
「だから、やってみせたじゃない。私、ちゃんと追い払ったわよ」
「ワンタッチさせた上に、疲れたと相手に訴えた。あんたが溺愛するのは俺だろう」
「くっ……やっぱり無理があるのよ。ろくに可愛がられたことのない私が、恋に溺れる演技なんて」
「じゃあ、バラすだけだけど?」
「わかってる。やるわよ、やってみせればいいんでしょ。誰もがドン引くくらい溺愛してみせるから!」
「ふうん。それは楽しみ」
そう応えるシオンは、挑発的な笑みを浮かべていた。
逆らえないジェニファーは、拳を握りしめて眉間にしわを作って堪えるしかなかった。
最近になって学園で周知された愚かなる溺愛公爵令嬢のジェニファーは、その実、あろうことか男爵子息のシオンに脅されている哀れな下僕だというのが二人の正しい関係性だ。
なぜ、こんなことになっているかと言えば、ジェニファーがうっかり公爵令嬢らしからぬ姿を見られたからに他ならない。
そして、シオンの側には他人を脅してでも改善したい状況があった。
シオンは貧しい領地のために勉強がしたくて上京してきたというのに、なまじ顔と頭がよすぎたせいで令嬢達から絡まれまくっていた。
面倒なので近寄るなオーラを出しまくっていたら、氷の賢者なんて呼ばれるようになったのだけど、それでも爵位のせいで断りきれない誘いの方が多かった。
しかも、跡取りだと言っているにも関わらず、婿養子だの愛人だのと勝手な要求をされて困りきっていた。
そんな時に、シオンはジェニファーの弱味を握ったのだ。
だから、ジェニファーに自分を溺愛するよう脅して都合をつけた。
おかげで、シオンは公爵令嬢のお気に入りとして、煩わしい日常から解放されたというわけだ。
二人きりの密約なので、正式な婚約者というわけではない。
それでも、校内では暗黙の恋人として広めることに成功していた。