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5.依存し合う距離感

「持久走とか、マジで何のためにあるんだろうな」

「うん? あたしは割と好きだけど」

「ぐえ」

「どういう反応? それ」

「いや、持久走が好きとか言う奴に出会って驚いてる」

「あたし走るの好きだから。じゃーねー」


 何日か経って、体育の時間。持久走をやることになり、俺は綾矢とそんな話をしていた。男女とも二キロ、同時スタートで走る。当然体格差があるから、女子の方が遅くはなるが、遅い男子が負い目を感じにくいというメリットはある。と、俺は思っている。俺の長距離走のタイムは早くもなく遅くもない微妙なところだから、何とも言えないのだ。

 そして陸上部に所属する綾矢は、スタートの合図と同時にさっさと走り去ってしまった。全学年、全クラスがこの時期の体育の時間に持久走をするから、陸上部ではタイムを競い合うらしい。


「進んで自分を追い込む奴の気が知れん……」

「お、陽道。お前もやる気なし勢か?」

「海。……ま、そんなとこ」

「じゃあ一緒に走ろうぜ。ギリギリ真面目に見えるくらいに手抜いて、適当にな」


 俺の中学からの親友、淵垣海(ふちがき・かい)。一番仲のいい人を聞かれて、雲雀以外でと言われれば真っ先に海を挙げるほどにはいい付き合いをしている。

 俺や海と同じように考えた人は案外多かったらしく、緩い速度で走る集団の中に俺たちは紛れた。やる気がなくあからさまに遅れているのだが、大人数であるがゆえに手を抜いているようにはぱっと見見えないという、先生だましの術だ。


「……で? 何悩んでんだ」

「え」

「お前がこういうの真面目にやらないとか、何かあるんだろ。お前はクソ真面目なとこだけが取り柄だからな」


 俺は友達に恵まれている。海も綾矢も、俺や雲雀の変化にすぐに気づいてくれる。自身では気づかない変化まで。そんな周囲に、甘えてしまう自分が情けない。

 けれど俺は打ち明ける。それで解決するなら、そして相談しろと海が言ってくれるのなら。自分で解決しなければならない問題は世の中に数多くあるが、これはきっと誰かを頼ってもいい問題だ。


「……依存、ねえ」


 一通り話すと、まず海はそう言った。


「まず言わせてもらうなら、オレ的にはセーフ。そもそも付き合う時の形なんか、カップルの数だけあるだろ」

「それは言い過ぎだろ」

「ま、それは確かに。でもオレは共依存ってのも、悪くはないと思うけどな。一年の時に付き合ったきりのオレが言うのもなんだけど」

「共依存……って、俺と雲雀は付き合ってない」

「実質付き合ってるようなもんだろ。オレと粉河くらいだろ、付き合ってないって知ってるの。何なら聞かされてるオレからしても、お前たちが付き合ってないなんて到底信じられない」


 ゆるゆると、走っているのかどうかも怪しい速度で俺たちは足を進める。周りの連中もそんな調子だから、たぶんまだ先生にはバレていない。


「それに見る感じ、今宮がお前に依存してるようには思えないけどな。逆も然り。お前と今宮はなんか、微妙な距離感を保ち続けてる」

「微妙な、ね」

「今宮が自分の意思で自立したいと思ってるなら、応援すべきだろ。ただもしお前がそれをおかしいって思うなら、話はすべき。もしかして自分のせいかもしれないって思って悩むくらいなら、本人に直接言った方が互いのためだ。お前たちがそんなことを言ったくらいで壊れる仲じゃないことは、オレも知ってる」


 言われてみれば、当たり前のことなのだ。前に進まない状態になって、それでもこの蟻地獄から抜け出したいと思うのなら、直接話をするしかない。話しにくい雰囲気が二人の間にどんなに流れていても、結局は顔を合わせて、互いに何を思っているのか聞かなければならない。でも俺は、そのことを綾矢や海に言われないと動けない。

 それはきっとどこかで、雲雀との関係が壊れてしまうと思っているからなのだ。雲雀と軽いケンカにこそなったことはあるが、関係に亀裂が入ったことはない。だから、本当に俺たちが不仲になった時、何が起こるか分からない。分からないからこそ怖くて仕方ない。何も言わずにいる方が二人の距離を遠くしそうなものなのに、言えば歪んでしまうような気がするのだ。


「オレにはあんなに可愛い幼馴染なんていないから、正確なアドバイスなんてできないけどさ。でも仮に相手がオレだとして、お前は同じようにするか?」

「……しないな」


 海は雲雀とは違う理由で、俺にとって大切な存在だ。雲雀にはなかなか言えないことも、海にならすんなり言えたりする。海も去年彼女がいた時は、彼女とはできない話を俺にしてくれていた。


「なら、今宮にもしちゃいけないだろ。お前たちが付き合ってないんだとしても、立派な友達なのは間違いない。仲直りは早めにしておいた方がいい。今後のためにもな」

「……その通り、だな」


 先生がついにやたらと遅い俺たちに気づいて、真面目にやれ、と叫んできた。それに合わせて少しペースを上げる。


「だろ? オレもたまには真面目なこと言うんだぞ」

「ありがとう。助かる」


 ふと周りを見て雲雀を探してみると、すでに終わったのか他の女子とペアになってサッカーボールを蹴り合っていた。

 今日は雲雀に声をかけよう。もしも雲雀が俺のせいだと言うなら謝る。俺のせいじゃなくても、雲雀が何を思っているのか知りたい。俺にとって雲雀は、特別な存在だから。心の距離は近づいたり離れたりしているけれど、両親の次に近い距離感で生きてきた相手だから。


 体育は六限で、昼休み終わりに軽くホームルームをしており、着替え終わり次第帰っていいことになっていた。男子は教室で着替える一方、女子は教室から少し離れた専用の更衣室を使う。男子の方が着替えるのは早いだろうから、雲雀には会えるだろう。そう思って女子更衣室につながる道の前を通ったところで、綾矢に出くわした。


「綾矢、雲雀は見なかったか」

「雲雀? あんたが待ってるからって、さっさと出て行ったけど……あ」

「約束なんかしてないぞ……!」


 俺も綾矢も、瞬時に理解した。綾矢が雲雀を見送った意味を。俺が今、雲雀を探している意味を。


「ちょっ鶴居!?」


 綾矢の叫びを背中に、俺は走る。雲雀は一人で帰ったのだ。俺が雲雀の腕を引っ張って間一髪、車にひかれずに済んだあの日のように。それ以来ずっと、俺か綾矢が必ず隣にいた状態で帰っていたのに。あの時は雲雀が学校を出た直後に俺も出て、ギリギリ追いついたから何とかなった。けれど今日は違う。どれだけ雲雀が先に行っているのか分からない。色が分からないせいで信号が青なのか赤なのか、見分けがつかない中一人で帰る。それがどれだけ危険か、説明するまでもない。


「雲雀……!」


 確かに雲雀の言う通り、自立することは大事かもしれない。人間は一人では生きていけない、誰かの助けが絶対必要だとは言うけれど、ずっと誰かの助けを借りるわけにもいかない。一人で何かを決めないといけない時もあるだろう。誰の力も借りずに何かを成し遂げるのも、必要ではある。しかし今ではない。少なくとも昨日一昨日まで俺や綾矢と一緒に帰っていた雲雀が、いきなり安全に一人で帰れるとは思えない。


 そして、予想しうる中で最悪の光景が、目の前に現れた。


「雲雀!?」


 家と学校のちょうど中間くらいにある交差点の、横断歩道。道の真ん中で止まる車と、その運転手らしき女性。そして、その車の近くに倒れる、うちの高校の制服を着た女の子。


 雲雀が、交通事故に遭っていた。

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