表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/13

11.三年ぶりの花火大会へ

 結局俺は一学期末テストが終わるまで、ずっとそわそわしていた。勉強に手をつけるのがやっとというほど、俺は動揺していた。


『絶対 ハルを誘う!』


 あの時雲雀の机の上の教科書に隠すようにして置いてあった花火大会のチラシに、マジックでそう書いてあったから、というのももちろんある。雲雀がそこまで積極的になったのは、いったいいつぶりか分からないくらいだからだ。だが、俺が動揺していた理由はそれだけではない。


「(雲雀が……花火大会に行きたいって、思うなんて)」


 三年前――雲雀が病気になるまでは、俺と雲雀の家族そろって花火大会に行く、というのが毎年の恒例行事だった。特に雲雀は浴衣を着て、おしゃれもして。一年で一番雲雀が楽しみにしていた行事と言っても過言ではなかった。

 が、今は違う。今の雲雀にとって花火大会は、最も避けたいイベントであってもおかしくないはずだ。雲雀には色が見えない。たとえ花火が打ち上がる時の大きな音が聞こえて、大小さまざまな花火が夜空に浮かぶのが見えたとしても、それらが全て白黒でしか見えない雲雀はいつしか、花火の話題を口に出すこと自体を避けるようになってしまった。雲雀に直接話を聞いたわけではないから、本当に花火大会が嫌になってしまったのかどうかは分からない。が、雲雀が発症してから、露骨に花火の話を避けるようになったのは事実だ。そして俺もそのことを分かっていたから、こちらから話すこともできずにいた。


「(雲雀……変わったな)」


 それがどうか。口にこそ出していないが、雲雀は少なくとも俺を誘って花火大会に行かないと、と思った。マジックで大きく書かれたあの言葉は、普段の雲雀が書く字よりずっと力強かった。去年までの雲雀なら、何も言わずに花火大会の時期が過ぎ去っていたことだろう。間違いなく、雲雀は変わった。あるいは変わろうとする、その途中なのかもしれない。


 雲雀が自分から変わろうとするのを、俺は素直に応援したかった。変わろうとする勇気を振り絞ったことを褒めたい。そして、自分もそんな雲雀に手を差し伸べられるような人間になりたい。手を差し伸べる、と言えばどうにも偉そうだが、とにかく雲雀と一緒に歩けるような人になりたい。


「……ハル。今日は一緒に帰る?」

「ああ。ちょっと待って」


 だからこそ、俺は自分から雲雀を花火大会に誘うことはしなかった。俺が誘ってしまえば、雲雀の勇気が無駄になるし、自分を変えようと頑張っている雲雀のためにならない。もしも本当にギリギリまで何も言ってこなかったらこちらから誘おう、とだけ決めて、後は昨年や一昨年と同じように、花火大会の話題に特に触れないようにしていた。

 期末テストが終わり、後は終業式まで惰性で過ごし、夏休みを待つばかりという段階になった日、雲雀が俺に声をかけてきた。


「……」


 帰り道、隣の雲雀はずっと、緊張した様子だった。幼馴染として長くいると、雲雀が今どんな感情をメインで抱いているのか、何となく分かるようになる。雲雀が感情を割と表に出す子だから、というのもあるだろう。雲雀は自分を偽ったりごまかしたりして、強がろうとする一方で、思ったことは素直に伝えてくるタイプだと、俺は思っている。今の雲雀は、明らかに言いたいことを言えずにもどかしさを感じていた。


「……雲雀」


 できるだけ、俺の助けなく自分から言ってほしい。そういう形で雲雀のことを応援したいと思っていたのに、結局できなかった。雲雀に何か言いたいことがあるんじゃないか、と促す形になってしまった。


「……ハル。覚えてる? 最後に、一緒に花火大会に行った時のこと」

「……ああ。よく、覚えてる」


 まるで俺が雲雀の隠していたあのチラシを見たことを、知っているような口ぶりだった。できるだけ元通りになるよう戻したつもりだったのに。


「あの時は、特に何も考えずに楽しいな……なんて思ってたけど。あれが最後の花火大会、だったんだよね」

「……ああ」

「……もしも私が花火大会に行きたいって言ったら、どうする?」

「……どうする、って。俺は、雲雀のしたいようにすればいいと思う。花火大会って別に予約じゃないし、行くか行かないかは雲雀次第だと思う」

「そうじゃなくて」


 雲雀が俺の手をぎゅ、と握ってきた。確かな力強さの中に、震えがあった。


「私は……っ、一緒に……ハルと、一緒に行きたい……」

「……雲雀、」

「今年こそは……変わりたい、変わらなきゃいけない、から」


 雲雀の心からの叫び。うつむきながらも、言いたいことを言わなければ、という思いをひしひしと伝えてくる雲雀に、俺は口を挟めなかった。


「色が見えなきゃ花火なんて楽しめないってことは、分かってる……花火大会に行かなくなったのも、そのせいだから……でも。ハルとなら、花火が楽しめなくても、花火大会は、楽しめるから……楽しめると、思うから」

「……ああ」


 花火を楽しめない花火大会が味気ないものであることは、きっと雲雀自身がよく分かっている。だがそれでも、雲雀は俺と一緒に行きたいと誘ってくれた。

 それから同じマンションに入り、それぞれの家の玄関のドアを開けるまでの間、雲雀はどこか晴れやかな顔をしていた。



* * *



「どう? 似合ってる……?」

「雲雀……よく似合ってるよ。可愛い」

「お世辞はいいよ……でも、似合ってるって言ってもらえて、嬉しい」


 花火大会当日。雲雀が浴衣を着ていくと言ったので、俺も急ではあるが母さんに頼んで浴衣を買ってもらった。中学生の頃に着ていた浴衣が入らなくなっていたのだ。

 雲雀の用意ができた段階で、俺が隣の雲雀の家を訪ねて、二人で一緒に行く。そう約束していたから、俺は雲雀の家の前で待っていた。そして出てきた雲雀は、最後に花火大会に行った時と同じ浴衣を着ていた。

 実はよく似合っている、の次に出てきた感想は、『懐かしい』だった。三年前よりも背が伸びて、浴衣を買い替えなければなかった俺。対して雲雀はそれほど体格が変わっていないのか、三年前の浴衣をそのまま着ることができた。昔の雲雀を見ているような気分になったのと同時に、俺は男で雲雀は女の子なのだという事実を突きつけられた感じがした。


「ハルも、浴衣にしたんだね」

「そりゃ……まあ。普通の服でもよかったけど、せっかく雲雀が浴衣着るし」

「……昔なら、何も考えずに普通の服着てたんじゃない?」

「そう、かもな」


 俺が小学生の頃だったら、間違いなく浴衣など着ていなかっただろう。母さんに浴衣を着ていきなさい、と勧められたのならまだしも、あの頃の俺が自分から浴衣を着ようと思うことはないだろう。だが今回の俺は、迷わず浴衣を着ていこう、着ていきたいと判断した。それは雲雀に合わせたかったからだけではないのかもしれない。


「……浴衣着て二人で花火大会に行けて。嬉しい、かも」

「……俺も。なんか今、安心してる」

「安心?」

「何だろうな……実は、見たんだよ。前に雲雀の家でご飯食べた時、机の上にあった花火大会のチラシ」

「……なるほど」

「ごめん。なんか、悪いことしたかも」

「……知ってるよ」

「え……?」

「知ってる。だって、ハルが来る前と帰った後で、あのチラシの場所がちょっとだけ違ったもん。見るとしたらハルくらいかな、って」

「……そうなのか」


 元通りにしたはずなんだけどな、と思ったが、すぐに雲雀が言葉を続けた。


「……でも、大丈夫。ハルは優しいから、私が上手くハルのこと誘えるように、助けてくれたんだよね?」

「……っ!」

「……ん、でもあの時上手く誘えたかって言われたら、微妙かもしれないけど」


 えへへ、と屈託のない笑顔を雲雀が浮かべる。それにも俺ははっとさせられた。それこそ、三年前に見たきりの笑顔のような気がしたからだ。雲雀の笑顔が純粋そのものだったことなんて、この三年で何度もあったはずなのに。俺は浴衣が同じという、たったそれだけのことで、今の雲雀を三年前の雲雀と重ね合わせてしまっているのかもしれない。


「大丈夫だ。たぶんあの感じなら、俺が手助けしなくても、雲雀は上手く誘えてただろ?」

「……そうかも。ハルがちゃんと、うなずいてくれたもんね?」


 だんだん空がうっすらと暗くなり始めたのと同時に、俺たちは花火大会の会場に着いた。花火の打ち上げは一時間後。雲雀が見たいと言ったその打ち上げを待つ間に、雲雀と屋台を練り歩くことになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ