9.シズ
「んっ……。ここは……。っつ……」
爆発に巻き込まれたシズは落下した衝撃で少しの間だけ気を失なっていた。
瓦礫を振り払い起き上がり、自身の状態を確認する。その体はボロボロだった。如何に『魔剣』の加護を受けていようとあれ程の攻撃を直接受ければ無事では済まない。良く生きていられたものだな、とシズは思った。
魔剣に感謝しながらシズは立ち上がる。落ちた場所は王の間。崩落した瓦礫の山が処かしこに転がっていて、その威力は想像を絶するものだ。天井を見上げると大きく空いた穴から夕陽の光が差し込んでいた。
「ごほっ……急いで戻らないと……。皆が死んでしまう……」
シズはボロボロになった体に鞭を打って城の外へと向かう。敵の強さは今までの比ではない。恐らく騎士・魔道部隊が束になっても勝ち目はないだろう。
足を引きずる様にシズは一歩。また一歩と歩く。
(……ふふ。無様ね。如何に『魔剣』使いと言っても、この様じゃ先祖に顔向けできないわ)
シズは自嘲気味に笑う。
如何に現『魔剣』継承者の中で群を抜いているといっても、異形の獣にあっさりやられてしまったのだ。そう思うと笑うしかなかった。
(だけど――。それでも私は『魔剣』使いの継承者として諦めない。刺し違えてでもあの獣は倒す――!)
決意を眼差しに宿し、シズは城の外へと向かう。
城の外から徐々に爆発音が響いてくる。音の大きさから察するに城下町で戦闘が繰り広げられているようだった。しかも城の近くまで攻め入られている。
やっとの思いで外に出た時、シズは声にならない驚きをあげた。
「イグニスッ!! アウラッ!! 今だ、行けぇッ!!」
そこには獣が撃ち放っている攻撃を防いでいる一人の青年の姿があった――。
それは見覚えのある紋章。それは彼の英雄が使っていた術式結界。
獣の砲撃を防いでいる青年の傍から獣へと向かう二つの軌跡。一つは紅蓮の炎を身に纏いながら地を駆け巡り、一つは風を操り空を飛翔しながら獣へと斬りかかる二人の女性の姿だった。
その姿は紛うことなき『魔剣』の精霊。失われたはずの力が今、目の前で起きていることにシズは驚愕していたのだ。
(私は幻覚でも見ているのか!? あれは魔剣イグニスと魔剣アウラじゃないか! いや、そんなはずはない! そもそも魔剣は彼女達が――)
「シズ! やっと見つけたわ!」
名前を突然呼ばてシズが振り向くと、そこにはグリフォンに跨ってるシャルウィとリーナの姿があった。
「リーナにシャルウィ!? 何故お前たちがここにいる!」
「あほっ! 助けに来たからに決まっているではないか。獣にボコボコにされて弱音を吐きながら泣いていると思ってな」
「なっ!? わ、私が弱音を吐くわけないだろう! むしろいつもピーピー泣いていたのはリーナじゃないか。おねしょはもう治ったのか?」
「ぬぁ!? た、たわけっ! そんなのはとうの昔に治ってるわっ!!」
「まぁまぁ、リーナもシズも落ち着いて」
見かねたシャルウィが二人の会話を遮る。リーナもシズもシャルウィになだめられて、とりあえず言葉の矛を収めるとリーナとシズは異形の獣と戦っている青年の方へと見つめた。
「ふふん。あやつが何者か知りたいって顔をしておるな」
リーナは視線を外さず言葉を続ける。
「色々混乱していると思うが、あやつも継承者だ。ただし、イグニスとアウラのな」
「はぁ!? ちょ、ちょっと待て。『魔剣』を継承できるのは一人だけのはずだ! それに、その『魔剣』はお前たちが既に継承しているだろう!?」
「そうね。イグニスはリーナ、アウラは私が継承しているわ。でも、本当のことよシズ。既に私たちが契約しているのにも関わらず、彼は二本の『魔剣』と契約できているの。おそらく、『魔剣』アクアも同様に――」
シズは我が目を疑った。だが、現に目の前で起きている光景が事実だと物語っている。絶対防御の紋章を発動し、あまつさえ『魔剣』二人の女性を従える姿――。
その戦う姿は代々伝えられてきた英雄エルダインの姿と被るのだ。
シズは幼いころから祖の英雄譚に憧れを持っていた。4本の『魔剣』を駆使し、異界の魔物を封印した英雄エルダインに。その英雄の血を引いている自分もそうありたいと――。
異界の魔物と戦う名も知らない青年の横顔をシズは見つめる。
「彼は――。彼は一体何者なんだ……」
ポツリと呟いたシズの言葉に、リーナが頬を緩ませながらその質問に答えた。
「――サエキ・ユージ。異世界から来た英雄エルダインの息子だ」
リーナの言葉がシズの胸にストンと落ちる――。
「……」
戦うユージの姿を見つめていたシズの心に何かが芽生え――。
シズは『魔剣』を握り締めると、異界の魔物と戦うユージの元へと駆けだした。
「あっ! こらシズ!! その怪我で! あのバカもんがっ」
リーナたちもシズの後を追う為に駆けだした。