6.強さ ★
「ぐすんっ。イグニス酷いわ。何もそこまでしなくていいじゃない」
「なーに言ってんだ。起きてるならさっさと姿現せっての」
シャルウィの隣に金髪の女性が尻もちをついている。どうやら彼女が『風の魔剣』のようだ。ゆっくりと立ち上がりると彼女は微笑んだ。
「うそ……。私の魔剣が……」
「お、おお……。まさか本当に二本目まで姿を具現化させるとは……。ユージ、お主本物だったか」
リーナやシャルウィは静かに驚いていた。事実、俺も驚いている。
こうして実際具現化するところを目のあたりにすると、現実なんだなと再認識させられるのだ。
右手を見つめる。
俺の血には本当にそのような力があるのか。
軽く握っていると目の前にアウラが寄ってきた。視線を上げ見上げると木漏れ日がアウラを照らす。イグニスも美人だが、アウラも負けず劣らず美人だった。
「ユージ様。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。姿を現すタイミングを見計らっていたのですが……」
アウラは困ったように微笑みながらもチラリとイグニスへと視線を向けると、イグニスは「なんだよー」と言いながら仏頂面をしていた。
「はぁ……」
アウラが溜息を吐く。
うーん、今のから察するにイグニスに振り回されて気苦労してきたのだろうか。なんとなくだが、そう感じてしまった。
「ユージ様。改めて名乗らせていただきます。アウラと申します。以後お見知りおきを」
「あ、うん。よろしくアウラ」
右手を差し出すと、アウラは困った顔になった。
「えっと、ユージ様? これは一体?」
「ん? 握手だよ。あれ? もしかして握手する風習とかないの?」
「とんでもございません。私たち精霊は契約者の『剣』としての道具に過ぎません。握手とは対等の者が行う契り。ですので――」
「諦めろアウラ。どうやら主はあたし等の事を道具と見てないようだからな」
イグニスがアウラの方に手を回しながら「にしし」と笑みをうかべていた。
「で、では――」
遠慮がちに伸ばされて右手をしっかりと握り返す。
アウラは困った表情をしながらも、どことなく嬉しそうにしていたのは気のせいだろうか。
手を離すとアウラは隣に座っていたシャルウィへと向き直した。
「もう一人の主、シャルウィ様。こうして姿を見せるのは初ですが、私めはいつも貴方の勇姿を見てきました。人の子として立派でございます」
「いいえアウラ。お礼を言うのはこちらの方よ。いつも貴方の力に助けられてきたわ。だから、ありがとう。そしてこれからもよろしくね」
シャルウィが右手を差し出すとアウラはそれを見つめた後、微笑みながら握り返した。
「あ。でも、アウラはユージさんの力で姿を出せるようになったんだよね? こういった場合の継承者は……」
「その事でお願いがあるのです。ユージ様」
アウラが再び俺の方へと向き直した。
「ん? ああ、別にいいよ。アウラは今まで通りシャルウィの力になりたいってんだよね? ずっとシャルウィの傍に居てあげてよ」
アウラは目をキョトンとさせた後、頭を下げた。
「ありがとうございます!」
先程の話からすると長い間ずっとシャルウィと共にいたのだろう。彼女の操を立てようとしている。随分と義理堅い精霊の様だ。
ぽっと出の俺に付くよりは全然いいだろう。
「ほう――。主は聡いな。アウラの本質を見抜くとは」
「よ、よろしいのですか!? ユージさん、継承者としての力は貴方様の方が上なのですよ!?」
「よろしいも何も、元々はシャルウィが継承者なんだろ? なら考えるまでもないよ」
「ユージさん……」
なんだかシャルウィが尊敬の眼差しを向けているような気がするが、敢えて触れないでおく。
俺は大層な人間じゃないが、できる限りの手助けはしたいのは確かだ。シャルウィの戦力が上がるなら喜んで俺の力を貸そう。
「にしても、アウラはシャルウィとの記憶があるんだな」
「ええ。肉体は顕現できなくても意識はありました。ですから、シャルウィ様の頑張って来られた姿をずっと見てきたのです」
「ふむ。魔剣と継承者の姿としては良き関係だな。当然、イグニスも余の事も今まで見てきたのであろう?」
リーナがイグニスの方へ話しかけると、イグニスは明後日の方角へと顔を向けている。
「おいっ! イグニス!?」
「いやー、ほら、ちっこい主とは無意識下の契約っつーか、なぁ? あは、あははは」
要するにリーナの力が弱いから意識すら覚醒しなかったってことなのだろう。
「ぐぬぬー。ふ、ふん。余の力が及ばないのは痛いほど身に染みておるわっ!」
あ、拗ねた。
どうやらシャルウィと力の差を見せつけられて傷ついているようだった。
そんなリーナの頭に俺は軽く手を置く。
「それでも、リーナはさっきの戦場で兵士を引き連れて頑張ったんだろ? 魔物を切り伏せ戦場を駆け巡る。普通は怖くて出来ないよ。だから、リーナは十分に強い。それに兵士たち皆はリーナの頑張りを見ている。だろ?」
「あ……」
この世界の強さに対する価値観は分からない。だが、人の命を背負い10代の女の子が剣を振り回し死ぬかもしれない戦場で戦っているんだ。能力とか関係なしにリーナは十分に強い。そう俺は伝えたかった。
「ふ、ふんっ。余は女王としての責務を果たしているまで。それは当たり前のことなのだ。余の求める強さは別のモノだ! ……だが、その、……あ、ありがとう」
「え? ごめん、最後何て言ったか聞き取れ――」
「だー! うるさいうるさいうるさいっ! なんでもないわっ!」
リーナが顔を赤らめながら「がー!」っと咆えてきた。
「おー。ちっこい主が照れてらー」
「イグニスっ! お主ちょっと黙っておれっ!!」
リーナがイグニスの体をポカポカと叩いている。
「なんだよー。本当のことだろー? でもまっ、悲観することは無いぜ。ちっこい主」
「ぬ? どういうことだ?」
リーナが叩くのを止めると、イグニスは不敵に笑った。
「なぁに、主の力の一部があたしを仲介にして、ちっこい主に流れて行ってるってことさ」
「む……。そういえばあの時……」
「ま、それにあたしはちっこい主が力が弱くたって、主として認めてるぜ? もちろん、ユージもな! だから気に病むなよちっこい主ー」
イグニスはリーナの頭をくしゃくしゃに撫でる。
「わっ! や、止めぬかイグニスっ!」
「あははは! まっ、宜しく頼むわ! ユージにリーナ! あたしの二人の主殿!」
イグニスは盛大に笑っていた――。
◇
シャルウィはリーナたちのやり取りを羨望の眼差しで見つめていた。
ユージがリーナの頭に手を乗せた時、羨ましく思ったのだ。国を背負う立場として、民を守るのは当然のこと。
女王の責務として当たり前のことなのだ。当たり前のこと故に、民の命を背負うという重圧に弱音を吐くことは許されない。
だが、彼はそんな当たり前のことを平然と「それも強さの内だ」と言ってのけた。シャルウィは女王になって長いが、今までそのような事を言ってくれた者は一度もいなかった。
だから、そのことを言ってもらえたリーナが羨ましかった。
(いいなぁ……)
暫く3人の姿を眺めていると、腰に装着しているバックから通信機の連絡音がなった。
シャルウィはバックから拳大のクリスタルを取り出すと、ホログラムが展開しノルム国の宰相の姿が映し出された。
『陛下!! い、一大事です!』
「どうしたの?」
切羽詰まった宰相の表情にシャルウィは嫌な予感を抱いた。
『ウェルズ国が壊滅的な被害を受けた模様です! 『魔剣』の継承者であるシズ女王は安否不明! このままでは魔物どもが隣国である我が国か、ダラス国へと向かうのは必須! 至急お戻りくだされ!』
「な、なんですって!?」
突然入った不穏な連絡に緊張が走った――。