5.照れ ★
見覚えのある子がいた。あの時、俺を助けようと手を差し伸べてくれた金髪の女の子。彼女は微笑みながら此方を見ている。
黒い化け物に殴り飛ばされた時の怪我はもう大丈夫なのだろうか。見た感じだと、大丈夫そうに見える。
「やっと目が覚めたか。お主、丸一日眠っておったぞ。本当はベットで寝かせておきたがったんだがな、イグニスが中庭で面倒みると聞かなくての」
「ここはマナの濃度が高いからな。疲れた体を癒すには持って来いの場所だろ? 現に主も早く目覚めたし」
「にしても限度があろう? 一日中膝枕してるのもどうかと思うぞ」
「いいんだよ。あたしが面倒見たかったんだ。それに主の寝顔も見れたしな」
楽しそうにイグニスが笑う。金髪の女の子はヤレヤレといった表情をしていた。
俺は気を失ってから丸一日寝ていたのか。てか、イグニスはずっと傍にいてくれてたんだな。流石に寝顔を見られるのは恥ずかしいけど。
イグニスの顔をマジマジと見つめる。
「なんだよー。主はあたしが面倒みるの嫌だってのかよー」
「いや、そんなことないよ。イグニスありがとうな」
素直にお礼を言うと、イグニスは鼻を擦りながらはにかんだ。
「こほんっ。話を進めてもよいか? 自己紹介がまだだったな。余はエルドラル王国女王、リーナ=エルドラル。で、余の隣にいるのが――」
「ノルム国女王、シャルウィ=ノルムですわ。魔剣『アウラ』の継承者でもありますの。以後お見知りおきを」
自己紹介され驚いた。二人とも女王らしい。見た目はどう見ても10代半ば。俺より年下なのだ。
それとシャルウィと名乗った女の子が、耳慣れない言葉を言ったことが気になった。
「魔剣の継承者?」
「うむ。余も正に魔剣の事でお主に聞きたいことがあったのだ。お主、一体何者なのだ。どこから来た? それに何故『エルダインのペンダント』を持っておる。契約を済ませた私の『魔剣』がお主とリンク――」
「ちょ、ちょっとストップ、ストップ!」
一気に質問を捲し立てられたのでリーナの話を止める。
「そんな一辺に質問しないでくれ。余計ややこしくなるから」
「おお、すまんな。では、最初の質問だ。お主、どこの国から来た?」
「日本」
「二ホン? そんな国は聞いたことないぞ? シャルウィは知っているか?」
「いいえ、知らないわ。そもそもこのアストロ大陸は4つの国しかないでしょう? いや、もしかして『最果ての断海』から……? いいえ、そもそも――」
二人が何やら訳の分からない話を始めた。
うーん、二人の会話の端から推測するに、ここは俺の住んでいる世界ではなさそうだ。
別の世界――。異世界なのだろう。炎を纏ったり、魔法陣が描かれたり、まさにファンタジー。
「あー、ちょっといいか。ちっこい主とツインテールのお嬢ちゃん」
イグニスがめんどくさそうに二人の会話を遮った。
「ち、ちっこいって!」
「まぁまぁ、リーナ落ち着いて。イグニスは何か知ってるのかもしれないわ」
リーナは「フガーッ!」っと怒り、シャルウィは苦笑しながらリーナをなだめている。
「主はこの世界の人間じゃねーな? いや、別の世界で生まれたこちら側の人間って言った方が正しいか?」
「こちら側の人間……。――いや、そんなまさか」
「ツインテールのお嬢ちゃんは察したようだな。それにちっこい主は……、分ってないな」
「いいから、話の続きをせいッ!」
リーナは「フガーッ!」としながら催促する。
「要するに、だ。主はエルダインの息子ってことだ」
一瞬の沈黙が起きる。
「はぁぁぁ!!? そんな訳が無かろう!? 祖が生きていた時代は1000年も前の事だぞ!」
リーナが素っ頓狂な声を上げた。シャルウィも驚いている。
俺にとっては全然話が見えてこない。
「まぁ、落ち着けちっこい主。ユージにもわかる様に説明しないとな」
「む。確かにそうだな。当時の話はその時代にいた其方が詳しかろう」
イグニスが立ち上がり、俺の前へと歩く。リーナとシャルウィに至っては、俺の隣に腰掛けてきた。
「さてと。ちっこい主、今受け継がられているエルダインの話はどんな話だ?」
「なんか引っかかるが、まあよい。こほんっ。1000前、異界から現れた魔物の侵略を受け、稀代の魔術師エルダインが4属性の精霊と契約し、4本の魔剣とそれを扱う4つの宝石が埋め込まれたペンダントを作り出した。
そしてその『魔剣』とペンダントを駆使し、異界の魔物を封印することに成功した。となっておる」
「あながち間違ってはいないな。まったく、人間ってのは不都合があると隠そうとするのは良くないな」
「後世に伝えられていない真実があるのですか?」
シャルウィが聞き返す。
「ああ。そもそも異界からの侵略といっているが、元は一人の人間が原因だったんだ。
1000年前、この世界は元々一つの国だった。それがアストロ国。その国は栄華を極めていた。だが、当時の国王は富や権力だけでは満足できなかったらしい」
「まさかその原因って――」
「そのまさかさ。どんなに栄華を極めても、人間は老い死にゆく生き物だ。国王は永遠の命を求めた。故に、人間を辞め神へと成り上がろうとしたのだろう。
最も力のある666人の人間を贄とし、永遠の命を得ようとした。だが、出来上がったのは666の獣と、化け物へと成り下がった姿だった」
「そんな、それじゃ私たちが戦っている異界の魔物って……」
「ああ。元は人間だ。何の作用が働いたのかは知らんが、強大な力を得た奴らは生きる者全てを食らい殺してきた。とても人間の力では太刀打ちできなかった。
稀代の魔術師と呼ばれたエルダインは、自然界に存在する精霊、つまりあたし達と契約した。実態を伴う為の依り代を剣とし、力を集約する宝石をペンダントに埋め込め、その力を振るった。
だが奴らの力は強大で数も多い。エルダインはあたしらの力を使い、やつらを別の空間へと封印した。それがこの話の真実だ」
話のスケールがでかすぎる。人間を生贄にして永遠の命を得ようとは……。
チラリと隣にいるリーナを見ると彼女は拳を握りしめていた。どんな気持ちを抱いているかは分からない。だが、少なくとも彼女は怒りに震えているように感じた。
「なぁ、それと俺がどんな関係があるんだ?」
「ああ、そうだったな。封印に成功したエルダインは4つの国を造り『魔剣』をそれぞれの国に納めた。
『炎の魔剣』はこの国エルドラル王国に。そしてノルム国は『風の魔剣』を、ってな訳だ。
力を解放するペンダントも4つに分けるはずだったんだが、そこで思わぬ出来事が起きちまった」
「エルダインの失踪――」
シャルウィがポツリと呟いた。
「そうだ。正確には時間の流れが違う別世界へと飛ばされた、だ。迂闊だった。奴らを封印する際、まさか時限式の呪いを掛けられてたとはあたしらも気づかなかった」
苦虫を嚙み潰したような表情をイグニスは浮かべた。その表情から察するに悔しかったのだろう。
しかし、イグニスの話を聞いていて疑問がわいた。
「イグニス、なんでエルダインが別世界に飛ばされたって分かったんだ?」
「ん? ああ、あたしらと契約者の間に力の通り道ができるんだが、契約者が死なない限りは途切れることはないんだ。
これは感覚なんだが、この世界ではない何処かで生きていると確信していたよ」
イグニスは遠くの空を見つめていた。
今の話からして、俺が『エルダインのペンダント』を持っているという事は――。
「俺の親父は異世界人だったのか……」
親父は俺が幼い頃に病死した。現代の医療でも直せない原因不明の病だったと母親から聞かされていた。
それと、親父は半分記憶喪失だったとも。どういった経緯で親父と母親が出会ったのかは知らないが、イグニスの話を聞く限り辻褄が合うのだ。
親父の遺言に、ペンダントは必ず俺に渡してほしいと――。
「だが、それならどうして契約の儀をしていないのにイグニスとバイパスが繋がっておったのだ? 血の儀式をせぬ限りはいくらエルダインの息子と言えども無理であろう?」
確かにリーナの言う通りだ。俺はこの世界に来てそんな儀式はしていない。むしろそんなことは知らないし、する時間もなかった。
「主、そのペンダントに血を流したことは無かったか?」
ペンダントに血を付けるようなことはしたことないぞ。血を塗り付けるなんてどんな厨二病だと――。
「あっ――!」
あった、ペンダントに血が付着したことが。
そういえばこの間のフットボール試合で顔面にボールが当たり――。
「鼻血がペンダントに掛かったことがあった」
俺の言葉に3人がポカーンと口を開けていた。
「ぷっ! あっはっはっは! そうかそうか。鼻血か。あたしは鼻血で契約を交わしていたのか。あははは」
イグニスが腹を抱えて笑っていた。
確かに神聖な契約が鼻血とは笑うしかない。イグニスは落ち着いたのか、若干楽しそうな顔をしていた。
「あー、笑った笑った。でも、そのお陰で主は死なずに済んだ。それは運命、だったのかもしれないな」
運命――。
運命か。そうなのかもしれない。
親父はこの世界の元住人。そんな親父が俺にペンダントを残したのだ。むしろ必然だったのかもしれない。
そう、俺は思えた気がした。
俺は右手を見つめ、握りこぶしを作った。
「なるほどな。これでようやく理解した。なら、俺は俺で出来ることをした方がいいよな」
ポツリと呟くと、リーナからの視線を感じた。
「お主、良いのか? 元は別の世界で平穏に暮らしておったのだろう?」
「良いも悪いもないよ。親父が異世界の住人だってのは驚いたけど、俺にも親父と同じ力があるなら、親父が守ろうとした世界を俺も守りたい。
それにリーナはあの時、俺を助けようとしてくれたじゃないか。恩には恩で返さないとな」
リーナに笑顔で返すと、彼女は困ったような照れた顔をした。
「お主は、バカなやつだな」
「はは。そういえばまだ名乗っていなかったな。俺の名前は佐伯裕二。裕二と呼んでくれ」
そう言って俺は右手を差し伸べた。リーナは照れながらも右手を握り返してくれた。
「ああ、宜しく頼むぞ。ユージ!」
イグニスは「ヤレヤレ」といったジャスチャーを。だがどことなく嬉しそうだ。
シャルウィはその隣でニコニコと微笑んでいた。
突然、イグニスがシャルウィの真横に立った。
「さてと、主はそう言っているがお前はどうすんだ? 『アウラ』?」
イグニスは悪戯顔で指でパチンと鳴らすと、シャルウィが帯刀している傍で「ポンッ!」と空気が破裂すると「きゃっ!!」っと別の女の子の声が聞こえてきた。
え? まさか―――。
シャルウィが所持している『魔剣』から光が発したかと思ったら、新たに別の女の子が現れたのだった――。