4.お礼 ★
エルドラル国領地の上空をグリフォンが飛翔していく。その背中にはノルム国女王シャルウィ=ノルムの姿があった。無事でいてくれと、リーナ達が戦う戦場へと全速力でグリフォンを飛ばす。
視線の遥か先には煙が立ち上がっている。恐らくあの場所が戦場だろう。そう確信したシャルウィはエルドラ国の戦況を把握するべく、戦場の上空を旋回しようとした時信じられないものを見た。
「あ、あれはなんですの!?」
見たこともない巨大な魔獣がいたのだ。異形の魔物と同じように全身から黒いオーラを放っている獣にシャルウィは驚愕していた。
獣が対峙する先には炎が渦巻いている。周囲を煌々と照らすその中央には一人の女性がいて、その手には炎の魔剣が握られていた。
(あれはリーナ……? ではないわね……。え、あの姿はまさか!? 魔剣イグニス!?)
英雄エルダインの伝承で出てくる魔剣本来の姿を目にしたシャルウィは更に驚愕する。あり得ないと。レプリカの宝石でその姿を顕現させるには血の濃さが足りないのだ。
血が薄れた今では断片的な力しか扱えないはず。いや、その事は後にしておこう。今はリーナを探さなければ。と思いシャルウィは上空からリーナの姿を探す。
(いた!! 良かった。怪我をしているようだけど、生きていてくれてたのね)
前線から離れた部隊にリーナの姿を発見した。安否を確認したシャルウィは胸を撫でおろす。だが、目を閉じた刹那――。地上から物凄い魔力を感じ視線を向けると、獣が蓄積した魔力を放つところだった。
(――いけないッ! リーナッ!!)
油断した。シャルウィは後悔する。戦場では一瞬の気のゆるみが戦況を左右するのだ。腰に帯刀している魔剣へと手を掛ける。
だがシャルウィはその後、目を見張る。
獣の攻撃は炎で描かれた紋章で防がれていた。その紋章はかつてエルダインが魔剣の力を利用し、編み出した絶対防御の魔法陣。
その防御結界の前には一人の青年の姿があった――。
(あれはまさかテスタメント!? なんであの男性が!?)
術式テスタメント――。
魔剣の力を行使する起動言語。 その力を操るという事は魔剣の継承者の証になるが、その力はエルダインの血と失われたペンダントが無ければ扱えない。
故に、今目の前で起きている現象はシャルウィにとってあってはならない光景であった。
(彼は一体……)
上空で旋回しながらその戦闘を静かに見届ける。互いが互いの役割を果たしている。青年と魔剣が共に戦う姿は儚くも美しく見えた。
魔剣と継承者――。
本来あるべき姿に、シャルウィは心を奪われたのだった――。
◇
エルドラル国女王リーナ=エルドラルもまた、魔獣と戦う青年とイグニスの激しい攻防に心を奪われていた。
――体が燃える様に熱い。
それは苦痛を伴う熱さではなく、体の奥底から力が沸きあがってくるような熱さだった。事実、青年が扱う魔剣の力がリーナの中に流れ込んできているのだ。
魔剣と正統に契約したリーナの体には魔剣『イグニス』と魔力バイパスが繋がっている。故に、青年が魔剣の力を行使する度にバイパスを通じてリーナの方にも力が逆流しているのだ。
(これが魔剣本来の力なのか……。なんて威烈で激しいの。にしてもあの青年は何故魔剣の力を――。んなッ!! あれはッ!!)
青年の戦いを一挙一動見逃すまいと見つめていたリーナは目を見張った。
彼の者の手には見覚えのあるペンダントが握られていたのだ。
色違いの4つの宝石が埋め込まれた金色のペンダント――。王宮に伝わる伝承の書に描かれていた『英雄エルダインのペンダント』そのものだった。
「馬鹿な!! アレは本物なのか!?」
リーナが叫んだと同時に、青年が握るペンダントから強い光が発した。それはイグニスの力を解放する光。神々しい輝きに戦場にいた者たちは目を奪われる。
本来の力を解放されたイグニスから巨大な火柱が立ち上り、空間を焼き尽くさんとする激しい炎が渦巻いていた。
イグニスが掲げる魔剣の炎によって魔獣が消滅させられていく。炎の跡地には獣の姿は無く、焼け爛れた地面だけが残っていた。
風が戦場を吹き抜ける――。
魔獣に勝利した青年と魔剣の後ろ姿を、リーナは眩しいものを見つめるかの様に目を細めた。
その光景は一筋の希望の光――。
不意に、リーナの頬に一筋の涙がこぼれ堕ちた。
◇
暗い暗い闇の中――。
誰かの声が聞こえる。
声の内容は聞き取れない。
だが、不思議と落ち着く声に導かれるように俺は――。
………………
…………
……
「……んん? ここは……」
瞼を開けると眩い光が差し込んできた。なんだか後頭部に柔らかい感触がする。それになんだかいい匂いが?
「お? 気が付いたか」
いきなり目の前に女の子の顔がアップで現れビックリした。どうやらこちらの顔を覗き込んでいるようだった。
ん? 覗き込む? まさかこの感触は……。
首を左に向けると女の子のホットパンツから延びる脚が視界に映った。どうやら膝枕されているみたいだ。
「ん? どうした主? 顔が真っ赤だぞ?」
突然声を掛けられて俺は彼女から体を起こした。
「あ、いや。大丈夫――。って、君はあの時の!?」
黒い化け物が襲ってきた時の光景を思い出す。そう、あの時一緒に戦った女の子が目の前にいる。ってことは、これは夢じゃない!?
「大丈夫か主? まさか力を行使した後遺症がでているのか?」
彼女はそう言って俺の体をペタペタと触り始めた。
「い、いや大丈夫、大丈夫!」
突然の出来事に反射的に後ずさる。
「そうか? まぁいいや。取り合えず気が付いて良かった」
彼女は破顔一笑する。
そう言えば、彼女の名前は確かイグニスだったな。聞きたいことは山ほどあったが、今はイグニスに助けてもらったお礼をしなくては。
「えっと、イグニス。その、助けてくれてありがとう」
「お? んなもん、助けるに決まってるじゃねーか。あたしは主の剣だ。当たり前の事だろ?」
「主? なんの事かよく分からないが、君は俺を助けてくれた。だから、俺は君にお礼を言いたいんだ」
イグニスはキョトンとした顔になる。
「俺、なんか変な事言ったかな? イグニス?」
「いや、これまでの主とは違うなって。そう思っただけさ」
イグニスはちょっと困ったような顔をしている。
俺は何て言葉を掛けていいか判らず、彼女の表情をただ見つめていた。
風が吹き抜け、木々の葉が擦れる音が聞こえてくる――。
その時、俺は違和感に気づいた。俺は荒野にいたはずだ。だが、ここは木々が生い茂っている。
「なぁ、ここって――」
「――ここはエルドラル王宮の中庭だ」
別の場所から別の声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声の方へと振り向くと、そこには金髪の女の子と茶髪の女の子の二人が佇んでいた。