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3.イグニス

 不思議と恐怖は無かった。何故だかは分からない。

 他者から見たら自殺行為だと思われるだろう。武器も盾も持っていない唯の人間が化け物の前に立つことに。自分でも馬鹿だなとは思っている。だけど、彼女を見ていると何故か心が熱くなるんだ。


 世界の動きが遅く感じる――。


 自分の意識だけがまるで時間の流れから切り離されているかのように。


 左目が熱い――。 


 世界が赤く見える。彼女が持つ炎の剣のように。


 獣から放たれた黒いエネルギー波が迫ってくる。絶望という名の死が全てを呑み込むかのように。

 脳裏に一節の文字が思い浮かぶ。唱えろと、誰かの声が聞こえる。どこか懐かしい声に導かれるように右手を突き出し、その一節を口にした。


「――クリムゾン・テスタメントォォォ!!」


 目の前の空間に炎の文字が奔り、大規模の紅い魔法陣が描かれた。

 獣が放ったエネルギー波は魔法陣の障壁に激突する。突き出した右手に衝撃による負荷が掛かる。


「ぐ……!!!」


 力の反発に体が後ろへと押される。負けてなるものかと全力で叫んだ。

 黒いエネルギーは魔法陣に遮られて四方へと霧散、収束していく。視界が晴れると導線上の地面がエネルギー波によって溶かされ抉られていて、その威力を物語っていた。


「はぁ……、はぁ……」


 勢いでやったとはいえ、自分が起こした現象に鳥肌が立った。獣の攻撃を食い止めたのだ。この俺が。

 赤髪の女性の方へと振り向くと、彼女は笑っていた。


「助かった。やはり坊主のほう・・・・・だったか」


 炎の剣を肩に担ぎながら彼女は目の前まで近づいてきた。


「おい坊主、まだ援護は行けるか?」


 凛とした表情で見つめてくるその目は、どことなく信頼してくれているように感じた。初めて会ったばかりなのにだ。

 そんな彼女の信頼に答えたい。俺は二つ返事で答えた。


「ああ、任せてくれ」


 赤髪の女性は破顔一笑した。


「――坊主、名は?」


「裕二」


「ユージか。いい響きだな」


 赤髪の女性は黒い獣へと視線を移し、剣を構えた。


「あたしの名はイグニス。さぁ、反撃開始と行こうかユージ。――いや、我が主・・・よ!!」


 咆哮を上げる獣へとイグニスは走り出した。


 

 ◇



 イグニスと名乗った女性と共に獣へと立ち向かって分かったことが二つ。

 一つ、どうやら俺が扱うこの能力は防御に特化したもののようだった。紅蓮の業火で焼き尽くす彼女の力を矛とすれば、俺の力は襲い掛かる攻撃をことごとく弾く言わば盾。


 剣と盾を持った騎士のように、俺と彼女は互いに連携を組みながら獣へと攻撃していく。


 そして二つ目、この力はイメージしただけで力が発動する事が分かった。先ほどの大規模な魔法陣とまでは行かないが、人型の魔物に襲われた時に現れた魔法陣の大きさなら出せる。

 故に俺は離れた場所でも彼女の動きに合わせ、敵の攻撃を防ぐことができていた。


「はぁぁぁ!!!」


 煌めく紅蓮の刃が黒い獣の脇腹を一閃する。鈍い音と共に斬られた個所から黒い血が噴き出すが、黒い獣は依然健在のままだ。致命傷を与えている筈なのに倒れないことに焦りばかりが募る。


 獣へ攻撃をしていたイグニスがバックステップで俺の元まで戻ってきた。イグニスを追随するかのように迫りくる鞭のような獣の舌を魔法陣で防ぐ。


「なぁ! あの化け物は不死身なのか!? 全然倒れないぞ!!」


「核だ。奴の体内にある核を壊せば倒せる」


「核? 核を倒せばあの化け物を倒せるんだな!? ってーか、あのバカでかい図体のどこに核があるんだ」


  獣の攻撃が激しくなってくる。力を酷使しているせいか先程から頭痛が酷い。


 くそ、このままじゃジリ貧だ。


「ユージ、エルダインのペンダントを持っているんだろ?」


 防御する意識を残しつつ、イグニスの言葉に耳を傾ける。


 エルダインのペンダント? 確かにペンダントは持ってはいるが……。何故彼女は俺がペンダントをしているのを知っているんだ?


 疑問に思いつつも首にかけていたペンダントを胸元から取り出しイグニスへと見せる。


「もしかしてこれの事か?」


 純金のペンダントには色違いの4つの宝石が埋め込まれており、これは亡き父親から形見として引き継いだ物だった。


「やっぱり持ってたか! いいかユージ。あたしら『魔剣』はエルダインの血とそのペンダントによって本来の力を封印されている。

 その力を一時的に解放すれば獣諸共核を消滅させることができる。だが――」

 

「それは本当か!? どうすればいい!」


「ユージ! 話を最後まで聞け! いいか、これは術者に多大な負荷を与える。恐らく寿命を縮める程に」


 寿命を縮めると言う言葉に絶句した。


 だが考えている暇はない――。今にも頭痛で頭がどうにかなりそうだった。どれくらい寿命が縮まるかは分からないが、どの道ここで死んでは元も子もない。だったら、迷うことはない――!!


「イグニス、教えてくれ! 力を解放する為にはどうすればいいんだ!!」


「ユージの血を赤い宝石へと垂らせ! その間あたしが時間を稼ぐ! 行くぞ!」


 イグニスが地面を蹴り上げ獣の上空へと飛び立った。獣の攻撃はイグニスへと標的を変えたようだ。鞭のような攻撃がイグニスへと襲い掛かっている。


 やるなら今しかない。


「くっ……」


 ペンダントを握ったまま歯で右手親指を傷つけ血を滲ませる。ペンダントに埋め込まれている赤い宝石へ拭うように親指で擦りつけると、ドクンッと宝石が脈動したように感じた。

 宝石から光が発せられると同時に体の中に力が流れ込んでくる。それは燃えるように体が熱くなる感覚だった。


 また誰かの声が聞こえたように感じた――。脳裏に新たな一節の文字が浮かび上がる。


 視界の先にはイグニスが地面へと叩きつけられたところだった。獣はその隙を見逃さず、またあのエネルギー波の充填し始めている。イグニスは地面から立ち上がり獣を睨みつけていた。


 間に合ってくれと、俺はその一節を口にする。ペンダントを頭上に掲げ祈る様に。イグニスの勝利を願って――。

 

「ゴットパージ・リベレーションッ!!!」


 ――刹那、イグニスを中心に巨大な火柱が巻き起こった。その体には赤く発行する刻印が浮かび上がっている。火柱は霧散し、イグニスの周りに炎が渦巻いていた。


 離れていても分かるくらいにその熱量の余波が伝わってくる。


「ユージ! 見ておけ! これがあたしとお前の力だ!! ――クリムゾン・テスタメントッ!!」


 彼女が掲げた剣から天まで穿つ火柱が立ち上る。直線状にあった雲がその余波で霧散していった。


「――燃え尽きろッ!!!」


 獣がエネルギー波を発射したと同時に、イグニスが炎の刃を振り下ろした。その力はいとも簡単にエネルギー波を撃ち砕き、獣諸共呑み込んでいく。

 イグニスの剣から炎の放出が尽きると、その跡地には獣の姿は無く焼け爛れた地面だけが残っていた。


 熱気で揺らぐ陽炎が戦いは終わったのだと、俺に伝えているようだった。


「やったのか……」


 風になびくイグニスの後姿を見つめながら、視界が暗転するのを感じ――。


 意識が落ちていった――。 



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