2.魔獣 ★
エルドラル国女王リーナ=エルドラルは信じられないものを見た。
魔剣『イグニア』を握る女性――。それは王宮の天井に描かれていた『魔剣』の姿そのものであった。
かつて英雄エルダインと共に異界の魔物を封印したその一人。歴代の継承者の中で『魔剣』の姿を顕現させることができたのは数世代まで。
だが、その数世代でさえ『魔剣』の顕現は長く維持できなかった。真の力を引き出すには英雄エルダインが持っていたある物が必要不可欠だったからだ。
それは英雄エルダインと共に行方不明になっていた。
もしかして自分が彼女を顕現させたのだろうか。いや、そんなはずはない。もしそうであれば継承した時点で顕現していたはずだ。と、リーナは思った。
首に付けている赤い宝石を見つめる。
では何故『魔剣』が顕現した? 偶然? それも違う。考えられる可能性としたら……。
リーナは光の柱と共に現れた青年を見つめた――。
◇
赫灼の炎を纏った女性が黒い化け物どもを次々と切り伏せていく。その姿は威烈だった。まるで闇を照らす太陽かのように。
光もを呑み込まんとする黒い軍勢をたった一人で相手をしている姿に見とれてしまう。
「凄い……」
「おらおらおらおら! 雑魚が何匹掛かってこようが無駄無駄無駄ぁ!!」
女性が上空へと高く飛び上がる。人間離れした跳躍力に驚いた。いや、既に目の前に見える全ての物が信じられない光景か。
振り下ろされた剣から炎が放たれ地面へと激突すると大爆発が起きた。地面から炎が燃え上がる。
映画さながらの迫力に見とれてしまいそうになるが、とにかくここから離れなければ。だがどこへ?
混乱する頭で必死に考える。周りは鎧をきた兵士の死体の山。詰んでる。どう見ても詰んでる。
辺りを見渡すと先程の金髪の女の子の姿が視界に入った。生きている。どうやら怪我をしていて立てないような感じだった。直ぐに金髪の女の子の元へと駆け付けた。
「君。だ、大丈夫? 立てる? 今すぐにここから離れよう!」
岩に寄りかかる女の子に肩を貸す。
「余は大丈夫だ。お主こそ此処から早く離れろ! 余は継承者として戦わなければならぬ。ぐっ……」
継承者? 何を言っているんだこの子は。とにかくこの子を連れて離れないとまずい。
傷口に障らぬよう少しずつこの場から離れると、数名の騎士が駆け寄ってきた。
「陛下ぁ! ご無事ですか! 陛下!」
金髪の女の子を引き渡すと、一人の騎士が此方の顔を見る。
「陛下を連れてきてくれて感謝する! 君も早くこっちに!」
騎士に言われて頷く。戦場が好転している内に――。
ふと、赤髪の女性が気になり戦っている方へと視線を向ける。
「え。なんだあれは……」
ポツリと呟き、背中に嫌な汗が噴き出した――。
◇
赤髪の女性が現れたことによって戦況は好転していた。赫灼の炎を纏いながら切り伏せていく。その体捌きは烈火のごとく。
徐々に黒い魔物の数を減らし、あと少しというところで異変が起き始めた。黒い魔物たちは互いに喰らい始めたのだ。
自滅かと思われたその行為は別の生き物へと変貌させるものだった。徐々に姿を変え――。
グルルルルル…………
そこには十数メートルを超す大きな黒い獣の姿があった――。
見る者全てに死を連想させる。事実、エルドラル国の騎士たちは初めて見る魔物に戸惑いを隠せなかった。今迄このような出来事は無かったのだ。
空に開いた穴から出てくる異界の魔物は異形の人型。獣姿の魔物は初めてだったのだ。その禍々しさに騎士たちは戦慄を覚えた。
絶望の咆哮が上がる。
ゴアアアアア――――!!!
「ふん。やっと一匹出て来たか」
燃え盛る剣を肩に載せ仁王立ちして獣へを睨みつける。対峙するは自身の数倍の大きさの魔物。
赤髪の女性は恐れをなすどころか果敢に挑んでいった。
◇
「へ、陛下。あの者はまさか……」
「ああ。そのまさかだ。余も驚いておる」
一人で壮絶な死闘を繰り広げている光景に一人の騎士が呟く。無理もない。人間離れした光景に俺も同じ思いを抱いている。
先程までの好転とは違って、獣と赤髪女性の戦闘は互角に見えた。いや、むしろ押されている?黒い人型の魔物も徐々にまた増え、攻撃が激しさをます。
獣は長い舌を鞭のように振るい地面を抉りながら攻撃している。
赤髪の女性は燃え盛る剣でいなしてはいるが、徐々に押され始めているのだ。誰の目にもそう見えるだろう。このままではまずい――。
そう思った瞬間、俺は駆けだしていた。
「あ。お主! 待て!」
金髪の女の子の声を無視し駆ける――。先程までは逃げなければと考えていた。だが何故だろう。
体中が熱い。血が沸騰しているような感覚――。
誰かの声が聞こえる。彼女を守れと――。
心が燃える。彼女と共に魔を倒せと――。
そんな想いが胸の内から湧き出てくる。
彼女が人型の魔物を切り伏せている間に獣が後ろへと距離を取り、口から黒いエネルギーの塊を蓄積していく姿が視界に入る。
「ちぃ! 鬱陶しい! 雑魚は引っ込んでろ!」
赤髪の女性の声が聞こえてくる位置まで近づいてきた。
獣は人型の魔物に気を取られている隙を見逃さず、口から黒いエネルギー波を撃ち放った。
「しまっ――」
その刹那――。
俺は彼女の前に躍り出た――。