おまけ 温かいっていいね
※ふんわり濡れ場注意
「魔法で服を乾かしてくれればいいのに」
僕の家へ上がったアンは、開口一番そう言った。
「ごめん。まだ魔力のコントロールができないから、下手したら服ごと燃えるかも」
「阿呆アンド変態」
流れるような罵倒に一瞬怯んだが、本心で言っていないのは少し探ればわかる。……いっぺん死んでこいと言われた時も、心を読めば本気じゃないのがわかったはずだが、それができなくなるくらい動揺してしまった。心ってやつは本当に厄介だ。
その『阿呆アンド変態』もつまみ食いしてみれば、穏やかな優しい味がした。
「お風呂どこ?」
「左奥のドア。着替え後で持ってく」
「ん」
左奥のドアへ消えていくアンを不思議な気持ちで眺める。アンが動いて、喋って、しかも僕の家にいる。ずっとエレアノーレの法術で閉じ込められていたのに。
……感慨に耽っている場合じゃない。我に返った僕はさっさと自分も着替えて髪を拭き、アンに貸す服を見繕った。とはいえ、自分の服を貸すようなことはない。母さんと二人、アンがいつ目覚めてもいいようにと色々買い揃えておいたからだ。
案の定、女物の服が出てきたことにアンはびっくりしていた。『誰の?』と疑問を抱いたようなので「君のだよ」と返してあげた。
「私の?」
「そうだよ。おいで」
手を差し出すと困惑しながらも従ってくれた。深層心理を覗いても嫌がるどころか喜んでいるようで、僕も嬉しくなった。
手を引いて案内したのは二階のアンの部屋だ。質素ではあるが、質のいい調度品を揃えてある。
「どう? 君の部屋。母さんと調えていたんだけど」
「え、うん」
反応があまりよろしくない。でも中に入ってキョロキョロと見回すアンからは美味しそうなドロップスみたいな感情が溢れている。これはたぶん、ウキウキしているんだろう。つまみ食いすれば苺のような甘酸っぱい味がした。
美味しそう、といえばアンも美味しそうに見えて今ちょっと困っている。感情以外に美味しそうという気持ちを抱いたことがなかったが、これも心を得たせいか。それとも湯上がりの匂いか? と推測して、ベッドに上って枕を確かめているアンに近づく。首元で匂いを嗅げば、さすがに気づいたアンがびくりと震えた。
「なに、してるの?」
「なんか美味しそうな匂いがする」
答えれば、アンの纏う感情が変わった。苺から蜂蜜レモンみたいな味のものに。
アンごと食べたら美味しいかな?
ちらりとそんな考えが過り、枕を抱えたまま固まっているアンのうなじに噛みついた。アンの体がぴくっと跳ねる。
「う……っ、やめ、て」
口ではやめてと言いつつ、深層心理では嫌がっていなかったのをいいことに、漏らした吐息も美味しそうでやや乱暴に押し倒した。
「ウィリアム」
アンが呼ぶ僕の名前はどんな味がするんだろう。好奇心に負けて奪いに行く。口内に僅かに吹き込まれたアンの吐息は『愛してる』と同じ味がする。僕を満たして癒す味。
もっと、もっともっと欲しい。
僕の要求に答えるようにアンは喉を反らせて高い声を漏らした。強張った舌の裏を撫でてやると、身を捩らせて新品の寝具に流麗なシワを作った。
存分に味わってから少し顔を離せば、荒い呼吸に合わせて胸が上下していた。いつも刻まれていた眉間のシワは消え、蕩けた表情のアン。潤んだ瞳から涙が一筋溢れ落ちた。
「……嫌がらないの?」
訊くと「いや」と掠れた声で答えた。けれど心を覗けばそんな感情は一片も見当たらず、ただ『愛してる』と『気持ちいい』だけがある。困ったな。ちょっとでも嫌がったら止めようと思ってたのに。母さんとも約束しているし。
けれど、覗いた心の状態に僕も当てられる。
「ごめん。もう一回着替えてもらうことになりそう」
「ちょ、冗談……っ」
真反対なことばかり言う口さえ塞いでしまえば、素直で従順なアンの出来上がりだ。とはいえ、途中から悪態を吐く余裕がなくなったのかずっと僕の名前を呼んでいたけれど。
翌日には顔を覆ったアンに「馬鹿もう最低人でなし」と罵られたし、様子を見に家を訪ねて来た母さんに「手が早すぎる」と説教された。
「あ、でも母さん。やっぱり体温をちゃんと作ってもらって正解だった。ありがとう」
アンは温かくていいなと思って僕がお願いしたことだった。母さんは目をキリキリと吊り上げた。
「それは体温がない私への当てつけなのかしら?」
「うん」
「……惚気てくれる」
母さんは呆れていたけれど、嬉しそうにしていたのでもしも弟妹ができたらちゃんと対応してくれると思う。
ありがとうございました。
魔術師の着想の元になった某魔術師なのですが、私は二枚引いてます。「嫌いだからお前だけは絶対に来るな!」と言いながら引いたら二回共出たので、嫌がらせ大好きなのかもしれませんねあいつ!
……とまあ、そんなこんなでベガスに行ってきます! じゃあ!