母と息子
「あらあら。資格を有する者が現れたと思ったら、お前だったの」
エレアノーレ達が去り、アンの水晶と見えない僕が漂う魔王城の玉座に女の声が響いた。消えたとはいえ魔王の玉座に転移してきたのは白銀の髪と紅い瞳を持つ『人ならざる者』であった。直感で僕の母であるとわかった。特になんの感情も湧かなかったけれど。
「そお? 私は嬉しいわよ。もしかして私と同じになるかも~と思った息子が本当になってしまったんですもの。おめでとう」
なにを祝われているのかさっぱりわからない。とはいえ、さっき言っていた『資格を有する者』とかいう話なのだろうけど。女はニヤリと笑った。
「ご名答。私達の種族は魔法を扱えるというのに、重大な欠損があった。簡単に言うと心がないのよ。心って厄介だけれど、魔力を増幅させるには必要不可欠なの。だからそれを補おうとして人間の感情を食べるようになった」
へえ、そうだったのか。僕は美味しいから食べていただけだけれど。
「本能ってやつなんじゃないかしら? でもこれが好みなんてちょっと変だとは思うけれど……。濃厚でドロッとしすぎじゃない? あらやだ、そんなに怒らないでよ」
なるほど、このグツグツ煮えたぎる湯のようなものは怒りなのか。
「そうよ。思うようにいかないけど心って面白いでしょう? 人間は殊に、複雑な心を持ち得る。中でも愛情ってやつは一人だと持て余しちゃうみたいで、溢れたものが私達の中に入ってくるの。そうして私達は心を得る。魔術の高みへ飛躍することができる。……のだけれど」
女はやれやれと溜息を吐いた。
「肉体を失ってるってどういうことよ。せっかく仲間が増えたと思ったのに、とんだぬか喜びだわ。馬鹿なの? 魔物の王様なんて聖女使って消し飛ばせばよかったじゃない。天上のやつらと全面戦争になっても構わなかったわよ、私」
全面戦争になった場合、被害が出るのは中間地点たる人間界だけど。
「間引きできそうだし丁度いいんじゃないかしら。増えすぎよ、人間。ってそんなのどうでもよくて、私はお前に聞きに来たのよ。もう一度肉体をあげましょうかって」
肉体を?
「そうよ。他の子ならお手上げだったけれど、幸いお前には私がいる。前と全く同じとは言えないけれど、お前が入れる肉体くらいは作ってあげられるわよ」
女は自分の腹を中指で撫でた。まあ、確かに肉体がないのは不便だが、大変そうだし別に作り直さなくても。
「馬鹿。あのね、人間から愛情をもらったら、お返しをしてあげるのが礼儀なの。特にお前なんて次々女の子に手を出すものだから、欠損していた心の穴がチープな愛情で歪みに歪みきっていてこの娘じゃなかったら合わないんだから。ちゃんと誠心誠意お返しなさい」
はあ、と呆けた返事をしながら納得もしていた。愛してると言われたことは初めてではなかったが、それは全く美味しくなかった。僕に美味しい『愛してる』をくれるのはアンくらいしかいなさそうだ。
「わかった? じゃあ大人しくついてらっしゃい。心配しなくても、この娘も運ぶから。あのクソ聖女の法術が解けたらちゃんと愛してあげるのよ」