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軍師と魔術師

私の推しキャラに対する感情に脚色を加えたもの。生贄戦法が実装された瞬間、私は真っ先にやつを生贄に選んだ。


※やつはイメージであってこの作品では似て非なるものだと主張する。

※日曜が楽しみですね。




 私は聖女ではない。ただの軍師だ。


 更に魔王討伐軍の幹部の中で唯一平民でもある。なのになぜ幹部として収まっているのかといえば、『神の声』が聞こえるからだ。

『神の声』が聞こえるなら聖女ポジションでいいのでは、とモヤモヤ思っていた時期もあった。けれど本物の聖女は回復法術の申し子。聖女が術を発動させる際には光に包まれたいそう幻想的なのだが、私はといえば剣も術もからっきしなうえ、


「今神がなんか言ったわ」


 とただ言うだけ。完全にお荷物であるし、正式に神官とやらが軍師に指名してくれなければ、妄言を吐く狂人として扱われていただろう。



 さて。私が微妙な立場なのはわかってくれたと思う。


 幹部連中の集まりの中でも異質であり、捻くれた性格も手伝って空気と同化していた。「なんの役にも立たないけど、とりあえずこいつの言うことを聞いておけばなんか上手くいく」程度の認識。私は別にいいけどさ。偽善者の騎士勇者も、プライドの高い王族聖女も、自慢ばかりの貴族学者も、みんなみんな馬が合わなかったし。


 けれどこれだけ人が集まれば物好きの一人もいたもので、遊び人魔術師だけは私に絡んで来ていた。


「アン」


 名前を呼ばれて驚いた。誰も私の名前なんて覚えていないだろうと思っていたから。しかし女性関連のよくない噂を思い出した私は不機嫌な表情を隠そうとも思わず、低い声で返した。


「なんでしょう。先程の作戦でわからないことがありましたか?」


「いや、少し君と話したいと思っただけだよ。……そう警戒しなくていい。君が聞いたその噂はデマだから」


 私は目を瞬かせた。今私は口に出していただろうか。それとも魔術師に心当たりがあるだけなのか。すると魔術師は「ふふふ」と紅の目を細めて笑った。


「僕は多少、人の心が読めるんだ。アン、さっきの会議の間ずっと『眠いから早く終われ』って思っていただろう?」


 確かにそうだけれど。私が眠そうな顔をしていただけかもしれない。魔術師は本当に心が読めるのか。だとしたらキモいな。


「疑ってくれて構わないが、キモいというのはちょっと酷いな」


「キモっ」


 今度は口に出していた。そして輝かんばかりの美貌を持つ魔術師に吐いたその暴言は、聞き耳を立てていた女の子達に拾われた。彼女達がそそくさと向かっていく先には聖女の天幕。面倒なことになったと溜息が出る。聖女のパフォーマンス説教は長い。


 と、唇に長い人差し指が押し当てられた。


「口は災いの元。特に神の代弁者たるアンの言葉は重い。発言には気をつけて」


 先程はデマだと言っていたけれど、女性関連のゴタゴタは本当なのではなかろうか。私はそれを掴んで折れよとばかりに曲げてやった。


「忠告、痛み入ります。今後は気をつけますね」


 触るなこの気障男。心が読めると言った魔術師にはそちらの方が伝わったかもしれない。私は踵を返して自分のテントに戻った。


――――


 なぜ魔術師がこの日に声を掛けてきたのか。それは私が会議であえて言わなかったことを察していたからなのかもしれない。



「この腹黒女!」


 作戦終了時、私は聖女に頬を打たれて地面に転がった。それだけでは腹の虫が収まらなかったらしい。馬乗りになられて二度、三度……途中から数えるのが面倒になるくらい叩かれた。


「お前の言う通りにしたのよ! なのになぜ彼が、彼が……っ!」


 そのうち、聖女はぽろぽろと涙を流し始めた。そこになってようやく、野次馬達が聖女と私を引き離した。聖女は皆に肩を支えられ、慰められ、励まされている。私はそれを冷めた目で見ていた。


 簡単な話。勇者は死んだ。死ななければならなかった。神はそう言った。


 私は役目を果たしただけだ。皆が侮蔑の視線を向ける中、私はよろよろとその場を去った。腫れた顔を冷やす為に、水の聞こえる方へ。


 ぴたっ。


「!?」


 頬に冷たいものが触れて首を竦めた。それは白い手で、目で追っていくと魔術師の顔があった。月明かりに銀髪が淡く光って見える。以前と同じように紅の目を細めて笑っている。


「水より冷たいと思うけど、どう?」


 どうもなにも。なにをしているのかわからないし一体なにしに来たんだ。


「手当てが必要だろう?」


 だからって文字通り手を当てるやつがあるか。回復魔術でも使ってくれてもいいじゃないかこの人でなし。


「人じゃないからね、僕は」


 はて、と疑問に思っているともう片方の手も添えられて、頬を挟まれる状態になった。改めて思う。手が冷たい。氷のようだ。


「僕は半分人ならざる者の血を引いている。そのせいか、人間らしい情は持ち合わせてはいないのだよ」


「……嘘」


 だって魔術師は魔王討伐軍のムードメーカーだ。朗らかに笑って、くだらない冗談を言って……そして火遊びが好きなどうしようもない下衆男。


「僕は情があるように振る舞っているだけさ。アンが僕を下衆と思おうがどうでもいい。勇者という最小限の犠牲であの場を切り抜けた判断も、合理的な判断だよなって思うだけ」


「……魔王は自分一人でも倒せるから?」


「そう」


 神は最小限の犠牲で世界を救う方法がお好みのようで、魔王討伐時にも自爆戦法を指示してきている。魔術師の使う一番強い魔法……誰かの命を使って放つそれで魔王を仕留めろと仰せだ。


 胸糞悪い。


 お前の判断は間違っていないと誰かに言って欲しかった、のかもしれない。でも心の読める魔術師に……しかも人でなしに肯定されるなんて。


「相手が望む言葉を掛けるのに慣れてるのね」


「そうだね」


 否定しない。苦笑したら切れた口の端が痛かった。どす黒い感情が渦を巻く。頬に当てられた手を払いのけた。


「人間馬鹿にするのもいい加減にしろ。私は私の判断を誰かに肯定してもらいたい訳じゃない」


 私は魔術師が憎かった。なぜ私をロックオンしたのかは知らないが、心が読めると暴露されなければ私は今の言葉で救われていたかもしれない。どうして言葉をくれるのはいつもお前だけなんだ。


――――


 勇者を失ってもなお、魔王討伐軍は止まることを許されなかった。そのくらい魔物による被害は深刻だったし、聖女と魔術師で既に過剰戦力だからだ。皆には伝えていないが、神は言っていた。『勇者が欠けた程度なんの影響もない。むしろ聖女の説得で団結力は高まる』と。


 神の言ったことは百パーセント外れない。聖女の涙ながらの説得により以前より士気の上がった魔王討伐軍はそのまま魔王の元へ進軍した。


 そして。


 魔王と相対する時、神は私に言った。

『自分の命を対価に、魔術師に魔王を討たせろ』と。


 私は魔術師に言った。


「自ら犠牲になって魔王を討て」と。


 私は神の言いつけに背いた。別に自分が死ぬのが嫌だった訳ではない。ただ、この魔術師が憎いという理由で神の言葉をねじ曲げた。


 その場には私達以外誰もいなかった。また誰かを犠牲にすると言えば聖女は黙っていないだろう。それに魔術師ならばいつも通り朗らかに笑って頷くだろうという予感があった。



 果たしてその通りで、魔術師は犠牲になることを受け入れた。


 ……かくして、魔術師の犠牲で魔王は倒された。



 魔術師はその一欠片さえも残さず消えていた。最期まで、朗らかに笑っていた。


 私は『ああ、こんなものか』で済むと思っていた。勇者が死んだ時がそうだった。けれど、ああ、それで済むとしたらそれはなんという。


「人でなし!」


 聖女のヒステリックな声が響いた。と同時に、私の足が拘束された。目を向ければ、私の足は結晶で覆われていた。聖女の法術だ。水晶に敵を閉じ込める。


「貴女のように心がない人を、わたくしの国に連れ帰る訳には参りません!」


「心が、ない」


 そんな訳があるか。魔術師を喪ってギシギシと軋むこれは。人でなしと罵られてなら魔術師と同じだなと温かくなったこれは。


 心でなくてなんだというのか。


 勇者を喪って私を叩いた聖女の気持ちが今はわかる。思い出すのは魔術師が朗らかに笑う顔ばかりだ。どうして彼は心が読めると暴露したのか。黙っていれば私を操るなんて容易いことだっただろうに。心が読めるなら、私が本当は誰一人として犠牲を出したくなかったことだってわかっただろうに。


 彼が無慈悲な神の言葉を肯定することで、私は人間でいられた。神の言葉は正しいけれど間違っていると認識していたせいだ。そうでなければ私は本当に『人でなし』になっていただろう。


 全身が水晶で覆われる直前、私は呟いた。


「ありがとう。あい――」


 憎しみと混在していた気持ちを吐き出す前に、私の意識は闇に閉ざされた。




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