07 初デートはピクニック②
王都には大きな公園が二箇所ある。王城や高級住宅街に近い中央公園と、下町の中心にある東公園だ。
どちらを利用しても問題はないが、場所柄のせいか中央公園は王城で勤める者や位の高い者の利用が多い。
レーヴは職場が近い中央公園をよく利用している。
「でも、移動販売の馬車が停まって賑やかなマーケットが立つ東公園の方が好きなんです」
「では、東公園にしよう」
そう言って嬉しそうに微笑むデュークの表情は、今日の日差しみたいに柔らかい。笑うとちょっとだけ幼く見えて、冷たい印象が和らぐようだ。
(こんな風に笑うと、人間っぽくなるなぁ)
一回失敗をしたせいか、二人の雰囲気は初対面の時よりも砕けたものになってきていた。こうして少しずつ親近感を覚えて、好きになっていくのだろうか。
その前に彼のタイムリミットがこなければいいとレーヴは願う。応えられずに看取るとしても、このままじゃ後味が悪い。
まだ王都に不慣れなデュークを案内するようにレーヴは手を繋いだまま歩いた。
慣れとは恐ろしいもので、最初こそガチガチに緊張していたものの、そういったものは徐々に薄れてくる。
公園に到着する頃には当たり前のように手を繋ぎ、いつもそうしてきたような錯覚を覚えるほど馴染んでいた。
緊張しやすくなかなか心を開かないレーヴが、二度目とはいえこんなに短期間で相手を受け入れることは珍しい。
あからさまに好意を向けられて警戒する必要性を感じなかったからなのか、それとも相性が良かったからなのかは分からない。どちらにしても、今のレーヴは隣の存在に安心感を覚え始めていた。
東公園は広い敷地の真ん中に小川が流れ、二つに分けるような配置になっている。小川を境にして東側はマーケットが立つエリア、西側は柔らかな芝生が生えたエリアとなっていて、公園の外周をぐるりと長い散歩道が囲む。
レーヴはデュークと手を繋いだまま、煉瓦の敷かれた散歩道を進んだ。
時折、ランニングをする人や犬の散歩をする人とすれ違う。その度にみんなが振り返って二度見するものだから、デュークは困った顔をして帽子を目深に被る羽目になった。
休日ということもあり、西側の芝生には何組かのカップルや家族がのんびりと過ごしていた。そんな中、何人かの子供たちが芝生の合間に生えたクローバーを熱心に見つめていることに気が付く。
「あれは、何をしているんだろう?」
「あぁ、あれは……」
デュークも同じところを見ていたらしい。不思議そうにしている彼を連れて、レーヴはクローバーが茂る場所にしゃがみ込んだ。
一つ摘んで、指先でくるくると回す。
「クローバーって、普通は葉が三つあるんですけど、稀に四葉のものがあるんです」
そう言って、レーヴは三枚の葉のうちの一枚を半分に裂いた。ちょっと可哀想だが、こうした方が説明もしやすい。
歪に四枚になったクローバーを、レーヴはくるくると回して見せた。
「そうなのか」
初耳だったらしく、デュークはしげしげとクローバーを見つめた。
見たところで三葉が四葉になるわけはないのだがーーと思っていたところで、持っていたクローバーがポンっと小さな破裂音を立てて弾けた。
驚いて手放したクローバーがポトリと地面に落ちる。
「うわっ……な、なんで?」
クローバーが破裂するなんて聞いたことがない。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして固まるレーヴに、デュークがクスクスと遠慮がちに笑った。
「すまない。少々魔術を使ってみたんだ」
「もう……」
いたずらが成功した子供みたいに無邪気に笑うデュークは、顔に似合わず茶目っ気があるらしい。仕方ない子ね、というようにレーヴは肩を竦めて苦笑を返した。
落ちたクローバーを拾い上げたデュークは、レーヴに差し出した。
渡された葉をレーヴは不思議なものを見るようにまじまじと見つめる。
クローバーは、葉を裂かれた歪な四葉ではなくなっていた。もとからそうであったかのように綺麗な葉を四枚揃えている。
彼が言うように、魔術を使って変化させたのだろう。残念ながらレーヴに見分けることは出来ないが、魔術を手品のような気軽さで使えることに、レーヴは驚いていた。
人族で魔術を扱えるのは素質がある者だけだ。その上、魔法陣を描いて呪文を唱えて、使用するまでに様々な工程を踏まなくてはならない。
そうだというのに、デュークはそれら一切をすることなく魔術を行使した。それがレーヴには驚きだったのだ。
「魔術⁉︎獣人は、魔法陣とか呪文とか使わなくても出来るんだ」
「魔獣はそれぞれ相性の良い属性の魔術を、息するのと同じように使えるんだ。レーヴが知っている魔獣だと……魔兎の話は知っているかな?彼らは可愛らしい見た目だけど、火属性の魔術と相性がいい。たまに魔の森で火災が起きるのは彼らが原因であることが多いよ」
「へぇ、そうなの。可愛いのに、危ないんだ」
口から火を吐く兎を想像して、レーヴは顔を顰めた。遭遇したことはないが、もし今後接触する機会があったら気をつけなければいけない。
郵送を担当するレーヴは、稀に生き物を扱うこともある。覚えておいて損はないだろう。
「僕と相性がいいのは木属性。だから、植物を変化させることが出来る」
「なるほど」
デュークの見た目からてっきり闇属性かと思っていたレーヴだったが、植物に関与出来る能力だと聞いてもがっかりはしなかった。それどころか、逆に感心するくらいだ。
この国では間違いなく役に立つ能力だろう。痩せた土地でも農作物を育てることが出来れば、冬ごもりが楽になるに違いない。
(木属性ということはデュークは何の動物なのかな)
思い浮かぶのは草食系の動物だ。鹿、牛、山羊、そして馬。悪魔的要素があるのは山羊だろうか。グルグル渦を巻く山羊の角が生えたデュークは、魔王のように恐ろしく美しいに違いない。さぞ似合うだろうと想像して、楽しくなってきたレーヴは思わず、「なんて禍々しくて美しいの」と言いかけて、慌てて口を塞いだ。
「ふふ。僕の正体を知りたいって顔に書いてあるよ」
「えっ……嘘。いや、あの」
恥ずかしそうにペタペタと頰を押さえる仕草は可愛らしい。レーヴ以外がやったらあざといだけだが、彼女にはそういった計算がないので幼さが滲み出るだけだ。
デュークは「あぁ可愛い」と口の中で呟いて、微笑んだ。
「別に隠していたわけではないけどね。僕は、馬だよ。きみの予想通りじゃない?」
そんなことを言われて、はいそうですなんてレーヴには言えなかった。山羊も似合いそうとか思っていたのは秘密である。
でも、属性は外したが種族は間違っていなかったようで気分がいい。
「馬ならよく乗るよ。私は馬に乗ってみんなに手紙や小包を届ける仕事をしているから」
穏やかに微笑む顔は知っていると物語っていた。
レーヴに恋をするくらいなのだ、ある程度のことは知っているのだろう。
(知っていながら、どうして恋をしてくれたのか。理由がちっとも分からない)
つらつら考えても答えなんて出ない。
自分に辛辣で他人に甘いレーヴが果たして答えに辿り着けるかは分からない。それでも、レーヴはやらなくてはいけないのだ。
(寿命を減らして、体を変えてまでやって来てくれたんだから、今は少しでも彼を知る努力をしよう)
レーヴには関係ないと突っぱねることも出来なくはない。だけど、任務だからとはもう言えなかった。
自己犠牲を払ってでも好いてくれる相手にそれは失礼だと思ったからだ。
あと、不思議なことにこの短期間で罪悪感を覚えるくらいには彼への好意が芽生えたせいもある。
「髪が黒いから青毛?それとも、青鹿毛?」
「青毛だ」
青毛も青鹿毛も黒い馬なのだが、青毛がどこもかしこも真っ黒なのに対して青鹿毛は目鼻の周辺やお腹が褐色になっている。
青毛は出現率が高くないので希少価値が高い。更に魔馬となればその価値は計り知れない。
(青毛の馬なんて、近衛騎士くらいしか騎乗できないんだよね)
希少な青毛の馬は近衛騎士でも限られた者にしか与えられない。
そんな希少な馬に、レーヴは一度だけ騎乗したことがある。
学生時代に作った伝説、彼女を栗毛の牝馬に至らしめた出来事の相棒は青毛の駑馬と呼ばれていた馬だ。
あの時に乗った馬が青毛でなければ、ここまで覚えもめでたくなかったかもしれない。
「青毛といえば、私、一度だけ騎乗したことがーー」
「あーっ‼︎四つ葉のクローバーだ‼︎」
あったの、と続けようとして、レーヴの声は子供の大声にかき消された。
レーヴたちに気付いた子供たちが、キラキラと目を輝かせて側に寄って来る。
無邪気な子供は美形にも臆することがない。その様子にレーヴは少しだけずるいと思った。
(いやいや、ずるいってなに)
「四葉のクローバーはね、幸せのお守りになるんだよ!僕たち、探してるんだ!」
「栞にして持っていると、いいことが起きるんだって!」
果たして魔術で変化させた元・三葉のクローバーに幸運の加護はつくものなのだろうか。
欲しそうに見つめてくる子供たちに、レーヴはどうしたものかと悩んだ。
正直言えば、あげたくない。
デュークが初めてレーヴにくれたものだし、なにより人生初のデートの記念に持ち帰りたかったのだ。
そんなレーヴを見つめていたデュークだったが、ふと思案するように視線を外した。
それから「おいで」と子供達を呼んで、こう言った。
「このクローバーは僕が彼女に贈ったものだからあげられない。けれど、これを見つけた場所なら教えてあげるよ」
「本当⁉︎ねぇ、どこにあったの?教えて!」
「俺も俺も!知りたい!」
わぁわぁと騒がしい子供たちに嫌な顔一つせず、デュークはあの辺だよと離れた場所を指差した。
「分かんない!ねぇ、案内してよー」
「……分かったよ。ごめんね、レーヴ。ちょっと行ってくる」
レーヴのクローバーを守るべく、デュークが子供たちに連れて行かれた。
それに手を振りながら見送ったレーヴは、内心拍手喝采したい気分だった。
(子供の扱いがうまい……!)
これは、恋人というより旦那にしたい案件である。穏やかな笑みを浮かべて子育てをするデュークーー子供たちのワガママにもきちんと対応しているのは、高評価だ。
「……おぉ、意外に合う」
まるで食べ合わせのような感想だが、レーヴとしては大進歩かもしれない。
恋人をすっ飛ばして旦那になっちゃってはいるが、恋愛市場から早々に離脱した彼女にはそれくらいでも構わないだろう。
なにせ、彼女はもう二十五歳。この国では結婚適齢期ど真ん中なのだ。
読んで頂きありがとうございます。
次話は3月28日更新予定です。
次回のキーワードは『サンドイッチ』。
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