05 先輩軍人の覗き見
レーヴがデュークと初顔合わせをしていた最中のこと。
レーヴの職場の先輩である中年女性、アーニャが甘い空気を察知して窓から顔を覗かせていた。
最初はドアをノックしようとしていたのだが、扉の向こうから話し声が聞こえたのでとりあえず窓から様子を伺うことにしたのだ。
レースのカーテンが引かれた窓からは部屋の全てを見ることは出来なかったが、脚立に座ったレーヴは確認することが出来た。
とりあえず元気そうな様子に、アーニャは安堵する。何故なら、彼女はレーヴの安否を確認するために派遣されたからである。
朝、アーニャがいつものように 職場である早馬部隊王都支部に出勤したところ、部屋の奥からどよんとした空気が流れていた。
発生源は初老の上官、ジョシュアであった。
「今日もレーヴちゃんは休みなんじゃと」
しょんぼりと背を丸めて強面を更に不満げに歪めてボソリと呟く姿は、いかつい軍人を見慣れた子供も怖くて泣いてしまいそうだ。
戦時下では勇ましく伝令を届けていた猛者も、今は随分と丸くなった。
机の上にはクロワッサンが二つあり、レーヴと食べようとしていたのだと分かる。
パン好きな彼女のためにわざわざ買ったに違いない。
「あら、風邪ですか?昨日も休みでしたよね」
「分からん。ただ、司令部から休みの連絡があっただけじゃ」
「なにかあったのかしら?私、昼休みにちょっと見に行ってみます」
「いや……今すぐ行ってこい」
そんなわけで、アーニャは出勤してすぐにレーヴの安否確認に派遣されたのだ。
最年少のレーヴはこの職場内で大事にされている。
長年新人が入って来なかった早馬部隊の期待の新人ということもあるが、子や孫くらい歳が離れているせいか可愛くて仕方がないのだ
。最近はお節介にも彼女の結婚相手を探そうとしていたくらいなのだがーー
「いらなそうねぇ」
カーテンのせいで全てが見えたわけではなかったが、レーヴの側に青年が跪いていることは見てとれた。
恋愛に興味がないと思っていたレーヴが頬を染めて恥かしそうにしている。
そんな姿は初めて見たが、なんとも可愛らしい。
「うちの息子には勿体無かったわね」
結婚相手の候補にアーニャの息子もノミネートされていたが、彼がレーヴにあんな顔をさせられる気がしない。
顔も性格も身分も、良くもなければ悪くもない至って凡人な息子は無害で扱いやすい。
正直、レーヴがお嫁さんに来てくれたらとっても嬉しいが、見合い結婚より恋愛結婚の方が良いだろう。
「さて、どうしようかしらね」
職場に戻ってどう報告するべきか。
娘の十倍は可愛いと言っていた孫よりもレーヴが可愛くて仕方ないらしいジョシュアが、このことを知ったらどうなるだろう。
「ギックリ腰を再発してしまったら大変ね」
引退の時期はとうに過ぎているのに、「生涯現役じゃあ」と張り切っているジョシュアだが、先日初のギックリ腰で休んだばかりだ。
とりあえず彼にはレーヴは元気そうだったと伝えることにして、アーニャはそっとその場を離れた。
レーヴの婿候補にはジョシュアの孫ーージョージもノミネートされていたはずだ。
彼はレーヴの幼馴染で、さらに身分は近衛騎士。可愛らしい見た目を取り立てられて、王族の側に侍ることが多い、出世が約束された青年だ。
「レーヴが三十路になっても結婚できなかったら嫁にもらってやるよ」
そんな可愛げのないことを言うから、彼はレーヴに好かれていない。
天邪鬼な彼は小さな頃からレーヴをブスだなんだといじめていたそうだ。好きだからいじめる、やっかいなタイプだった。
彼のせいでレーヴはすっかり自分を可愛げのないつまらない女と誤った認識をしている。
おかげで恋もしたことがない、初々しい少女のままだ。
このままでは悪い男に騙されそうだが、そこはジョージが目を光らせているらしい。見せかけとはいえ、近衛騎士のお手つきとあってはなかなか手も出しにくいのだろう。
「でも、気が長い計画よねぇ」
そんなに好きなら、さっさと素直になれば良かったのだ。
見た感じ、レーヴは満更でもなさそうだった。むしろ、好感触と言ってもいい。
やけに警戒心の強い彼女は、初対面の人間には攻撃的になりがちだ。アーニャだって懐いてもらうまで数ヶ月を要した。
そんな彼女が恥ずかしそうにしているなんて、脈ありとしか思えない。
「ジョージがかわいそう……とは思わないわね」
孫の嫁にと息巻いているジョシュアには悪いが、アーニャはレーヴを応援するつもりだ。
天邪鬼でいつまでもプロポーズが出来ないばかりか、レーヴから出会いを遠ざけて仕方なく結婚してやると宣うジョージが好きになれない。
「がんばって、レーヴ」
アーニャはそっと拳を握って、娘のように大切に想っているレーヴにエールを送ったのだった。
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次話は3月26日更新予定です。
次回のキーワードは『初デート』。
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