35 再会②
デュークは、レーヴの態度に困惑していた。
エカチェリーナが言うことには、レーヴはデュークに恐怖を感じていたはずだ。信じられずにアーニャに聞いても、彼女はジョージのことで悩んでいると言う。
だからデュークは、彼女はもう自分のものにはならないと思って、こうして引きこもっていたのだ。
せめて引き際くらいは紳士的に、彼女に迷惑はかけまいと思っていた。
マリーは看取るのが責任だなんて言っていたけれど、消滅する姿なんてどうあっても見せるつもりはない。
なのにレーヴはこうして迎えにやって来て、嬉しそうに抱きついてくる。
デュークは、わけが分からなかった。
彼女はデュークの恋心をなんだと思っているのだろう。
獣人だからと馬鹿にしているのだろうか。そんなわけはないと知っているのに、一度折られた恋心は容易に彼女を受け入れることが出来ない。
それでも、彼女が悲しそうにすれば心はますます痛んだ。
嫌われていたって良い。とにかく彼女を慰めなければと訴えてくる。
折られても尚、彼女への気持ちは潰えない。一体どうしろというのか。デュークはますます困惑した。
目を合わせないのは、彼女のためでもある。
表情は隠せても、目を偽る術なんて持っていない。レーヴを見れば、「好きだ」「愛している」と気持ちを押し付けてしまうのは明白だった。
嫌われているなら、デュークの気持ちは迷惑だろう。レーヴの気持ちがジョージにあるなら、恋に不慣れな彼女は不貞だと自分を責めるかもしれない。
そこまでされたら、デュークだってどうなるかわからないのだ。
取り返しのつかないことをしてしまうかもしれない。
魔獣の恋は盲目的だ。盲目的故に、時にあってはならない結末を迎えることもある。
マリーの持つ『魔獣の初恋』に記載はないようだが、恋した相手が手に入らないと知った獣人は、時に心中を図ることもあるのだ。
デュークは、それが怖かった。
たとえデュークが恋を全うして消滅しても、彼女には別の男と恋をして、結婚して、子を産んで、生きていって欲しいと思っている。
彼女の幸せが、デュークの幸せだ。本気で、そう思っている。
けれど、それに反するように、デュークのものにならないのなら、消滅する前に手にかけてしまおうかと思わなくもないのだ。
恐ろしい考えを振り払うように、デュークは首を振った。
こうならないように、誰とも会わずに消滅の時を待っていたというのに。彼女の声を聞いて、つい出て来てしまった。
自身の理性の緩さに、デュークはらしくもなく悪態をついた。
手を振り払ったレーヴが、涙をポロポロ零して泣いている。
袖を噛まれたのがそんなに嫌だったのだろうか。
そこまで嫌っているのに、迎えに来たのは何故なのか。
人の姿だったなら問うことも出来たのに、馬の姿ではそんなことも出来ない。
不自由な体に、デュークは苛立った。
デュークの様子に彼が苛立っていると気付いたのだろう。レーヴがビクリと体を震わせた。
そっと盗み見てみると、彼女は怯えたようにデュークを見ている。
その顔は、嫌悪というより迷子の子供のような不安そうな顔に見えた。「置いて行かないで」「こっちを見て」とそんな風に言われているようにも思えて、デュークの素直な耳がへにゃりと倒れる。
そんな顔をして欲しいわけじゃない。デュークが駄目ならそれでも良い。
彼女には幸せでいて欲しいだけなのだ。
馬の姿では、慰めることも難しい。
しばし逡巡した後、デュークは彼女の髪を甘噛みした。出会ったあの日にそうしたように、彼女に笑って欲しかった。
また振り払われるかもしれない。
でも、デュークが危惧したようにはならなかった。
レーヴはしばし怒ったような困ったようななんとも言えない顔をしていたが、デュークのことを拒絶することはなかった。それどころか首筋に再び抱きついて来て、溢れる涙ごと顔を押し付けてくる。
温かな雫がデュークの毛を濡らした。
けれど、それで彼女の涙が拭えるのなら、なんてことはない。
レーヴが好きだ。
デュークの心は、彼女への気持ちでいっぱいだった。拒絶されないのを良いことに、デュークは彼女の背に手を回そうとした。
気持ち的にはそうしたかった。
けれど、今のデュークは馬の姿で、そんな簡単なことも出来ない。
悔しくて、悲しかった。
それから、どうしてこうなったのだろうとデュークは思った。
そもそも、レーヴは本当にデュークが嫌いになったのだろうか。
それにしては、この態度はおかしすぎる。
弱者に優しい彼女は、消滅しかかっているデュークに最後の情けをかけているのかもしれない。
だが、そんな人が「置いて行かないで」というような顔をするだろうか。
おかしい。おかしい。
考えれば考えるほどおかしなことだらけだ。
首を捻って考えるデュークの目に、ふと見知った人物が映った。
「デューク、申し訳ないっ」
目が合うなり、男ーーロディオンはがばりと土下座した。その隣で力なく座り込む少女の顔を、共に床に押し付ける。
涙するレーヴと謝罪してくるロディオンと少女。ますますわけが分からない。
デュークの耳が、ぴょこぴょこと忙しなく動き回る。
彼は、混乱していた。
そこへ、男たちに事情を説明して解散させたマリーが戻ってきた。
「あらあら、まぁまぁ」
エントランスに、マリーののんびりした声が響く。
「なかなかに大変な状況ですわね」
ラウム親子に向けていた怒りはレーヴとデュークの感動的な再会で帳消しになったらしい。
それでもまだ溜飲は下がりきっていないのか、蔑むような視線をラウム親子に向けている。
マリーはツンと親子から視線を外し、おっとりとした口調でデュークに声をかけた。
「また会えて嬉しいわ、デューク?」
どこか拗ねるように、マリーは言う。
基本的にレーヴ以外はどうでもいいデュークだが、クララベル夫妻には保護してもらった恩がある。
彼女の不満も、分からなくもないのだ。デュークだったらとうに手放しているだろう。
国からの命とはいえ、彼らはよくやっている。「すまない」「ありがとう」と気持ちを込めて、デュークは深く頭を下げた。
「感動の再会のところ悪いのだけれど、ちょっと急がないといけないみたい」
そんなデュークに微笑みかけたマリーだったが、すぐに表情をキリリと引き締めた。
普段ふわふわした笑みばかり浮かべているマリーのそんな表情は、研究者といえど軍人なのだなとデュークに思わせた。
緊迫した空気を纏い、マリーはレーヴとデュークに歩み寄る。
踊り場にいる一人と一頭を見上げながら、彼女は言った。
「さぁ、出発の準備をしましょう」
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次話は5月8日更新予定です。
次回のキーワードは『獣人の秘術』。
よろしくお願い致します。




