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33 魔獣保護団体の騒がしい日②

「なんですって⁈」


 エントランスの天井に、マリーの声がこだまする。

 キィィンとする甲高い音に、人よりも聴覚が優れるロディオンは眉根を寄せた。耳を塞がなかったのは、この事態を誰より深刻に捉え猛省していたからである。


「……なんてこと」


 エカチェリーナの信じ難い行動とデュークの引きこもり原因を知って、マリーは頭が痛くなる思いだった。

 とりあえず、レーヴが無事に逃げだせたことが幸いだろうか。


「信じ難いですわ」


 グリグリとこめかみを揉んでも、頭の痛みは一向に消えない。

 目の前で正座する少女は、見た目は賢そうだが相当な阿呆らしい。


 黄薔薇の騎士が好きなのは分かった。分かったが、好きな男に尽くそうとするあまり、彼が愛する少女を差し出すとはどういうことなのか。

 普通、出し抜いて自分が後釜に、とか思うものだろう。


「好きなら、ご自分のものにしなさいっ」


「ごもっとも」


 うんうんと頷くロディオンに、マリーの鋭い視線が突き刺さる。

 その隣に座ったエカチェリーナは、未だ反省していないのかムスッとしていた。


「うちの娘が申し訳ないっ」


「万死に値しますわ」


 正直、元獣人の子供には研究者として興味はある。

 あんまり腹が立つものだから、マリーはうっかり彼女に人体実験しても良いかしらなんて思った。


 そんなマリーに何かを感じ取ったのか、グシャア、とエカチェリーナの顔がロディオンの手で床に押し付けられる。

 だが、不本意丸出しの土下座をされてもマリーの気分はちっとも晴れない。


「謝るなら、まずはデュークにでしょう!でも彼はご存知の通り、大変な状態なのです。あなた方、どう責任を取るおつもりですか!」


 元獣人の父がいながら、獣人には何一つ配慮されていない。

 彼女は何も知らないのだろうか。だから、こんな酷いことが出来たのか。


 魔獣が恋する相手しか見えないように、彼女も同じように黄薔薇の騎士しか見えていないのかもしれない。

 マリーの冷静な部分が、研究対象として彼女を分析する。怒りに満ちていても、マリーは研究者だった。


 それでも、この状況は酷い。

 好きだったら、恋をしていたら、全て許されるのだろうか。


「こんなの、酷すぎますわ」


 許されないだろう。

 なにより、彼女は人だ。獣人じゃない。

 デュークの覚悟も知らず、甘やかされた小娘がやらかしたことは万死に値する。


 マリーの目が、ギロリとエカチェリーナを捉える。

 研究員というより暗殺者のような仄暗い瞳に、エカチェリーナはブルリと震えた。


「ねぇ、ご存知?この城には理性のない魔獣がウヨウヨおりますの。今は魔の森が危険な状態で帰してあげることも出来ず、彼らはとても苛立っていますわ。もしかしたら、ついうっかりあなたを彼らの前に放り出してしまうかもしれないけれど、良いかしら?反省さえ出来ないお嬢さんですもの。それくらいしても、バチは当たりませんわよね。それとも、元獣人の子供として私に人体実験を施されたい?大事に大事に飼い殺しにしてあげますわ」


 どうかしら、とまるでティータイムのケーキを選ばせてあげているような口調でマリーは言った。


 普段おっとりとした人間が怒る姿というのは、見慣れていない親子でも恐怖を覚えるらしい。

 身を縮こませて正座する二人を前に、マリーは言いたいことは言ったと鼻息も荒く口を引き結んだ。


「あなたが怒るのは最もなことだ。責任は取る。しかし、今はそれよりもデュークのことをどうにかしてやるのが先決だろう。同族として、私に出来ることがまだある。娘のことは、それからにして頂けないだろうか?」


「……デュークのこと、どうにか出来ますの?」


「今、デュークはおそらく消滅寸前の状態だろう。だが、恋した相手から直接拒否されていないせいで踏ん切りがついていない。だから、まだどうにかできる状況だと思われる」


 マリーは、引きこもるデュークを思って二階を見上げた。

 今、彼はどんな状態なのだろう。

 木々が茂って何も見せてもらえないが、幽霊のように透けている、なんてことも考えられる。


「それから、おそらく栗毛の牝馬はここに向かっている。魔獣に関する資料を隣国に届けるため、早馬部隊が動いているからだ。隣国にいち早く向かうには魔の森を横断するのが一番早い。彼女の相手が獣人だということは上層部も知っているから、きっと彼女に任務が与えられる。人には危険な魔の森も、獣人が一緒なら大した障害にはならないだろう」


「瀕死の状態のデュークを、任務に同行させると?」


「そうだ。瀕死の獣人は、もとの魔獣の姿になっているはず。それならば、あっという間に任務は終わる。栗毛の牝馬が一緒なら、すぐ消滅ということはない。あとは栗毛の牝馬次第になるがーー彼女がデュークに恋をしているなら、儀式を行うことで彼は人になることが出来るはずだ」


「なにその儀式って。知らないわ!魔獣の初恋にも記載はなかった。もしかして、緊急処置には儀式が必要なの?それとも、魔獣たちの明かしてはいけない秘密なのかしら?」


 マリーはブツブツと呟いた。

 そして、思わず怒りも忘れてキラキラと目を輝かせる。

 物語の続きを強請る子供のような視線に、思わずロディオンは背を反らして逃げを打った。


「なにをお逃げになっているの?儀式ってどんなものですの?そこまで言ったら、最後まで!さぁさぁさぁ!」


 ズイズイと迫ってくるマリーに、ラウム親子は不気味なものを見たような顔をして正座のまま後ろに逃げようとした。


 その時、彼らの後ろにあった正面玄関の豪奢な両開きの扉が、吹っ飛びそうな勢いで開け放たれる。

 その場にいた誰もが注目する中、一人の少女が声をあげた。


「迎えに来たよ!デューク!」


 ピーウィッ、と指笛付きで登場したのは、今しがた話題に出ていたばかりの栗毛の牝馬ーーレーヴ・グリペン、その人だった。


 まるで子供が遊び相手を誘うような気軽さで声を上げたレーヴに、一同が「いやいやいや、今それどころじゃないから」と内心ツッコミを入れた。


 レーヴは知らないのだ。

 今、デュークがどんな状態なのか。自分が拉致監禁されていた間にどんなことが起きていたのか。


 どうしたものかと一同が逡巡する中、どっとどっとと蹄が廊下を蹴る音が響いてきた。

 続いて聞こえてきたいななきに、「嘘だろう」と言ったのはロディオンだった。


「獣人とはかくもチョロい生き物なのか」


 螺旋階段を駆け下りて、踊り場に立つ四つ脚の生き物。

 かつて青毛の駑馬どばと呼ばれた艶やかな黒の毛を持つ美しい馬が、レーヴの声に応えるようにそこにいた。

読んで頂き、ありがとうございます。

次話は5月6日更新予定です。

祝日ですが、更新させて頂きます!

次回のキーワードは『魔馬』。

よろしくお願い致します。

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