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31 ある日の魔獣保護団体

「あらあら、まぁまぁ」


「これは、また……凄いことになっているな」


「ここは、どこだったのかしら?」


 魔獣保護団体の有する古城の一角。

 最近保護された獣人にあてがわれた部屋の前で、クララベル夫妻は二人揃って困惑していた。


 もともとは城主子息のために作られたこの部屋は、それなりの広さがある。真っ白な壁にはところどころ金の装飾が施され、床には毛足の長いフカフカとした深緑色の絨毯が敷かれていた。備え付けの家具も、当時のものよりは劣るがそれなりに良い品である。


 だが今は、その面影すら窺い知れない。「ここはどこだっけ?」と思わず呟いてしまうほどに、豹変していた。


「なんだか既視感を覚えるのだけれど」


「あぁ、そうだろうな。どことなく、魔の森のような雰囲気がある」


 そう言う夫妻の目の前には、鬱蒼と茂る木々。細い枝をあちこちに伸ばし、たくさんの葉を生やしている。

 日の光を遮るように生える不気味な木々は、夫妻がデュークを見つけた魔の森のものと酷似していた。


「魔の森って、魔獣たちが作ったのかしら?」


「今度の研究か?」


「それもいいわねぇ」


 のんびりとした会話をしているが、夫妻の顔は険しい。


 なにせ、このプチ魔の森の奥にいるのは、夫妻が保護した獣人なのである。つい数日前までは脱走するほど恋する少女にご執心だったというのに、今じゃすっかり引きこもり。


 夫妻は、何もしなかったわけではない。引きこもり初日から、なんとか声は掛けていたのだ。

 しかし、何があったんだと聞こうにも、ベッドの周りに茂った木々が邪魔で様子を窺うことも出来ない。


 困っているうちに木々は日々増え続け、今や部屋に収まりきらず廊下にまで蔦を伸ばし始めている。


 ズルズルと伸びていく不気味な蔦は、まるで誰かを部屋に引き摺り込もうとしているようにも見えて、クララベル夫妻以外は怖がって近づくことさえ出来ない。


「腹は減らないのだろうか」


「大丈夫よ」


 ギュルリと腹の虫を鳴らすウォーレンの腹を、マリーはぺチリと華奢な手のひらで叩いた。鍛え抜かれた彼のお腹にダメージはなかったが、ウォーレンは「イテッ」とわざとらしく痛がってみせる。それが彼の精一杯の慰めなのだとマリーは知っているから、彼女は「仕方のない人」と微かに笑った。


 獣人の肉体は強いので、数日飲み食いしなくとも死ぬことはない。彼らが死ぬ時は、恋する相手が死んだ時か、恋する相手に想いを返して貰えなかった場合のみなのだ。だから、食事の心配はあまりない。


 とはいえ、今の状況はよろしくないだろう。

 だって、引きこもりだ。獣人の引きこもりなんて聞いたことがない。


 恋する相手と一緒に引きこもるならまだ分かる。「若い子はお盛んね」と笑っていられる。


 だけど、デュークは一人。たった一人で部屋に引きこもっている。


 茂っている木々も不気味だし、これは確実に病んでいる。鬱々としているに違いない。


 マリーは美形の馬獣人がベッドの上で足を抱えて座り、ポロリポロリと涙を零す姿を想像した。美形は何をしても美しい。想像でしかないのに、芸術作品つくりもののような美しさだ。思わずほうっとマリーの唇から感嘆の息が漏れる。

 しかし、ウォーレンの嫉妬に満ちた視線を感じた彼女は、咄嗟に咳払いをして誤魔化した。


「言いたくはないが、失敗、したんだろうか」


「そうなのかしら?だとしたら、どうしてすぐに消滅しないの?」


 近年保護してきた獣人は、大変運が良いことに皆恋を成就させていた。『魔獣の初恋』の研究論文が発表された当時は、獣人に対する理解がないせいでなかなか成就するに至らなかったようだが。


 その論文の中にだって、成就出来なかった獣人が、バリケードのような森を作って引きこもったなんていう記載はない。


「塵になって消える、のでしょう?」


「猫は死ぬ時に姿をくらますと言うぞ」


「あら。デュークは馬の獣人でしてよ」


「そうだよなぁ」


「これは初の症例かもしれないわ。よく、観察しておかないと」


 そう言っていそいそとポケットから小さなノートを取り出す妻に、ウォーレンは少々呆れもしたが、困惑しているよりはずっと良いと見守ることにした。


「確かデュークの魔力は木属性だったわね。もしかしたら、獣人の最期というのは属性によって変わるとか?塵になって消えた獣人は、火属性だったんじゃないかしら。あら?となると、この蔦はただの蔦ではなく、デュークの一部と考えるべきかしら。うーん……」


 ブツブツと呟く妻をしばらく見つめていたウォーレンだったが、どうにも気になることがある。扉の隙間からニョキニョキと生えている蔦が、何かを探すようにウロウロしているように見えるのだ。


「一体、何に反応しているんだ?」


「ウォーレン?どうしたの?」


「いや、この蔦なんだが……何かを探しているように見えてな。いや、気のせいかもしれん」


「探している?」


 マリーは蔦を見つめた。

 言われてみれば、不自然に動いているように見えなくもない。

 彼女はおもむろに、チョンっと蔦の先端に触れてみた。


「あら」


 すると驚くべきことに、蔦は意思を持っているようにニョっと起き上がり、鬱陶しそうにマリーの手を叩いたのである。それはまるで「構うな」と言っているようにも見えた。


「あらあら、まぁまぁ!」


 マリーの目が、研究対象をロックオンしてキラキラし始める。

 こうなるとウォーレンのことさえ頭の隅に追いやられてしまうのだ。妻の悪い癖が見て、ウォーレンは不満げに口を曲げた。


「どうなっているのかしら、この蔦は。デュークの一部なのだとしたらちょん切ってしまうのは可哀想よね。うーん、でも、ちょぴりならセーフ?ちょっぴり、ほんの指先程度なら良いかしら?」


 マリーの言葉に、蔦がビタンビタンと抗議するように壁を叩く。どうやら彼女の言葉が通じているらしいと知って、ウォーレンはしげしげと蔦を眺めた。


「ふむ……おい、蔦。質問に答えろ。イエスなら一度叩け。ノーなら二度」


 ーービタン。


 蔦が壁を叩く。一度だから、イエス。分かった、ということだろう。


「では、聞く。お前はデュークの一部なのか?」


 ーービタン。


「……マリー、そういうわけだから、ちょん切るのは待ってやろう」


「仕方ないわね。じゃあ、私も質問させて頂こうかしら……そうねぇ。じゃあ、これはどう?レーヴ・グリペンに会いたい?」


 ーービ……ピタン。


 どこか力なく、蔦は叩いた。答えにくい質問だったのだろうか。


「あらあら。もしかして、フラれちゃったのかしら?」


 ーーピタン。


「まぁ……でも、彼女はあなたを最期まで看取る責任があるのよ?こんなところで一人ぼっちにするのはいけないことだわ」


 ーーピタンピタン。


「何が違うっていうの」


 マリーの問いかけに、答える術を蔦は持たない。

 だって、獣人のように言葉を紡ぐ唇も舌も持っていないのだ。戸惑うように右往左往した後、思いついたように蔦は別の蔦を伸ばし、その先端をピンと尖らせた。


 先端から、ニョキニョキと小さな蕾が生える。次いで、ふっくらとそれが膨らんで、あっという間に一輪の、小さな薔薇が甘い香りを漂わせた。ミルクティー色をした、見たことのない薔薇だった。


「なんというか……栗毛の牝馬のをイメージしたみたいな色だな」


「薔薇の花言葉は愛、だったかしら。うーん……愛しているから、見られたくない?一人ぼっちで最期を迎えたいってこと?」


 ーービタン。


「そうなの……あなたは一人で消えるつもりなのね。寂しくはないの?」


 マリーの問いに、蔦は答えない。


「でも、レーヴに会いたいのでしょう?」


 その問いにも、蔦は答えなかった。一度は答えたことなのに。


「……もう。彼女は何をしているのかしら。私の可愛い獣人さんをこんな所で一人ぼっちにして。ちょっと無責任やしませんこと⁈」


 プリプリと怒るマリーは怒っていても可愛い。思わず愛でていたウォーレンだったが、彼女の言葉に聞き逃せないものがあった。


「マリー……可愛い獣人さんって、何だ。可愛い獣人さんって!」


「あら。私、デュークのことは息子のように可愛く思っていますのよ。だって、あなたと私が見つけて保護したんですもの。間違いではないでしょう?」


「マリー……」


 キュゥゥゥゥン。


 そんな音が聞こえてきそうな雰囲気が、ほわわんと場に満ちる。

 鬱々とした場所に身を置いていたい蔦は、彼らの甘ったるい雰囲気に慄いた。とてもじゃないが、他人の幸福を直視できる気分ではない。


 蔦は、日光を浴びた吸血鬼の如く、慌てて室内へ退散していった。

読んで頂き、ありがとうございます。

次話は5月2日更新予定です。

祝日ですが、更新させて頂きます!

次回のキーワードは『怒りのマリー』。

よろしくお願い致します。

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