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28 栗毛の牝馬と駁毛の牝馬

 貴人向けの牢獄には魔術がかかっているせいなのか、看守に会うこともなくレーヴは外に出ることが出来た。

 久々に浴びる陽の光はやけに眩しい。

 目を眇めながら周囲を見渡したレーヴの目に、一頭の馬が映った。


「ジョスリン」


 その名を呼べば、馬は緩やかな足取りでレーヴのそばへ寄って来る。

 白と黒の斑模様が可愛らしい駮毛(ぶちげ)の馬だ。ツンと鼻面を上げている姿は気位の高い貴婦人のようである。


 ジョスリンはジョシュアの愛馬だ。レーヴを覚えているのか、優しげな視線を彼女に向けてくる。


「ジョスリン、迎えに来てくれたの?」


 レーヴが問えば、「そうよ」と言わんばかりに鼻面を押し付けてきた。


 ジョスリンは気位は高いが愛情深い馬だ。

 主人であるジョシュアが大切に思っている少女を蔑ろにすることもなく、優しく騎乗を促してくる。


「ありがとう。お言葉に甘えるね」


 レーヴの言葉に、照れ隠しをするようにジョスリンの尾がブルンと一振りされる。えいやっとジョスリンの背に跨ったレーヴは、しっかりと手綱を握りしめた。


「お嬢さん、よろしく頼むね!」


 レーヴの足がトンとジョスリンの腹を蹴る。主人とは違う力加減に戸惑ったような仕草を見せたジョスリンだったが、仕方がないとため息を吐くようにブルルと鳴いて走り出した。


 使われなくなって久しい宮殿は、王都の外れに位置する。早馬部隊王都支部まではそう遠くない。


 とはいえ、ジョスリンは普通の牝馬だ。歴戦を潜り抜けてきたジョシュアと共に戦った馬は既に他界し、ジョスリンは郵便配達しかしたことがない。


「こんな時、魔馬のデュークがいたらなぁ」


 たった一回きりの騎乗だったけれど、あれは生涯忘れないと思う。

 思い出すだけで胸が高鳴り、ワクワクする気持ちが止まらなくなる。


 馬の背に乗り、頰を刺すような速い風を感じたのは、後にも先にもないだろう。


(もう、魔馬のデュークには会えないのよね)


 魔馬は、獣人になってレーヴの前に現れた。彼女に恋い焦がれるあまり、馬の姿を捨てて獣人の姿となって。


 そのことが、ほんの少し残念に思う。


(出来ればもう一回くらい経験したかった)


 そう思ってしまうくらい、あの興奮は忘れられない出来事だった。


「でも、魔馬だったらこんな気持ちにはならなかったか」


 綺麗すぎて怖いくらいの顔を甘ったるく緩めて、「好き」「愛しい」と何の(てら)いもなく分かりやすい態度でレーヴを甘やかす。それなのに、手を繋ぐだけで驚くような初心さも持っている。


 大人みたいで子供みたいな、獣人。


 彼がいるだけで、レーヴはとても安らいだ気持ちになる。

 揺らぐことのない、安心感。それは、何物にも代え難い。


 レーヴは大きく、深く、味わうように一呼吸して、言った。


「あぁ、好きだなぁ」


 すとんと胸に落ちてくるのは、デュークが愛しいという気持ちだ。

 そして湧いてくるのは、早く会って気持ちを伝えたいという思い。


 気ばかりが急いてしまい、ついついジョスリンへの指示が厳しくなっていたらしい。抗議するように走る脚を緩める彼女に、レーヴは「ごめん」と謝った。宥めすかすように、その首筋を撫ぜる。


「ねぇ、ジョスリン」


 なによ、と言わんばかりにジョスリンが鳴いた。そんな彼女の首に、正確には頭上でピンとしている馬の耳に口元を近づけるようにレーヴは身を寄せる。


 レーヴは王都に同世代の友人がいない。訓練学校の同期はいたが、嫉妬に狂った女の子と付き合うほど我慢強くなかった。彼女に近く男は黄薔薇の騎士が影で暗躍していたので、作れるはずがなかったのだ。


 おかげで彼女の周囲は年上の既婚者ばかりなのである。


 敢えて挙げるならば、早馬部隊にいる馬たちがその代わりであった。


「私、好きな人が出来たの」


 だからだろうか。レーヴはまるで親友に内緒話をするように、ジョスリンへ語りかけた。


「今度、あなたにも会わせたいな」


 そんなレーヴに答えるように、ジョスリンの走りが一層速くなった。


「おじいちゃんから、聞いてるかもしれないけど……彼は、馬の獣人なの。彼がそばにいると、芝生で日向ぼっこをしている時のようにポカポカして、優しい気持ちになるんだ」


 馬であるジョスリンが、レーヴの話を理解しているのかは分からない。

 けれど、レーヴは構うことなく話し続けた。


 ジョスリンなら、理解している気がしたからだ。否、彼女だけではない。馬という生き物はみな、人の言葉を理解しているのだと、レーヴは思うようになっていた。


 根拠はない。けれど、少なくともデュークはそうだった。


 魔馬と普通の馬は似て非なるものだ。

 それでも、幼い頃から親しんできた馬たちと心を通わせることが出来ていたら。それは、素晴らしいことだとレーヴには思えた。


「名前は、デュークっていうの。とっても素敵な人よ」


 街中を走る牝馬を見て、人々は慌てながらも道を開けてくれる。さすが軍事国家、慣れたものである。


 蹄の音を響かせて、一頭と一人は軽やかに大通りを駆けて行く。


 風に靡くレーヴのポニーテールを見た少年が、ヒーローを見つけたような興奮した声で叫んでいた。栗毛の牝馬だ、と。

読んで頂き、ありがとうございます。

次話は4月29日更新予定です。

祝日ですが、更新させて頂きます!

次回のキーワードは『補佐官』。

よろしくお願い致します。

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