27 囚われの姫を助けるのは騎士の務め
扉の隙間に突き刺した、スプーンにナイフにフォークの数々。
最後の一本が折れたのを見て、レーヴは舌打ちした。
「あぁ、もう!」
悔し紛れに、ガンガンと扉を蹴る。
扉は木製に見えるのに、レーヴの蹴りにビクともしない。それが余計に彼女を苛立たせた。
(もう!もうもうもう!)
まるで牛のようにモーモーしていたレーヴだったが、唐突に「なら闘牛になってやろうじゃない」と物騒なことを呟いた。その目はギラギラと闘牛士を狙う闘牛のようにギラついている。
レーヴは扉から少し離れると、助走をつけて蹴りつけようとした。
その時である。
ギ、と唐突に扉が開いた。
刺さったままだった柄のないカトラリーが、次々と床に落ちる。カシャンカシャンと金属音が鳴り響く中、レーヴは間抜けな声を漏らした。
「え……!」
「なっ!」
不意にジョージと目が合って、レーヴは驚いた。
(なんでジョージ⁈)
扉に炸裂するはずだった闘牛の角、もといレーヴの脚が空を切る。
着地しようと慌てて捻った体がドンっと力強い腕に押された。そのせいで、バランスを崩した体がべしゃっと床に叩きつけられる。
ほんの一瞬の出来事。
痛みに呻きながら顔を上げれば、閉まりつつある扉の隙間からジョージが叫んでいた。
「この部屋は必ず一人閉じ込められるように魔術がかけられている。だから、開けるな!お前は急いで部隊に戻れっ!そうでないと……」
ギィ、バタン。
重々しい音を立てて、分厚い扉が閉まる。
ジョージの声が聞こえたのはそこまでだった。閉まりきった扉からは物音一つしない。
あっという間のことで、レーヴは理解が追いつかなかった。
それでも、残った理性が自分の身代わりにジョージが閉じ込められたのだと告げてくる。
レーヴは、慌てて扉に駆け寄った。
「ジョージ!」
力一杯叩いても、分厚い扉は壁のようにビクともしない。
苛立たしげに歯噛みしながら、レーヴは扉を蹴りつけた。
「なんなのよ、もうっ!」
レーヴは扉の取っ手に手を伸ばした。
だが、彼女は何かを思い出したような顔をして手を止める。記憶の隅に、思い当たるものがあったのだ。
貴人向けの牢獄ーーそれがこの部屋なのではないのか。もともとは宮殿として建設されたものの一部が、王族や地位のある人間を収容するための牢獄になっているのだと学校で習ったような気もする。
豪華なベッドもテーブルも、謎の箱も、それならば納得がいく。そして、エカチェリーナがここを選んだことも。
(納得の処遇だわ)
レーヴは大事にされていたんじゃない。
エカチェリーナに投獄されていたのだ。
ジョージはそんなレーヴの身代わりに、この牢獄へ入ったのだろう。
誰かが身代わりになれば、中にいたものは助かる。
法の抜け道だ。犠牲を払うことで、貴人は助かる。
犠牲になる者は衣食住を約束されてウィンウィンとかいうのだろう。本当にウィンウィンなのかはかなり怪しいところではあるが。
「でも、どうしてジョージが?」
レーヴの身代わりに彼が囚われの身になる理由などないはずだ。どうして、とレーヴはもう一度呟く。
「罪滅ぼしのつもり……?」
レーヴにナイフを投げた、その謝罪の代わりだろうか。
「ううん、違う」
けれどレーヴは、そんな憶測を瞬時に消し去った。
普段のジョージなら、こんな雑な助け方はしないはずだ。
なんだかんだ彼は真面目なのである。石橋を叩いて渡るタイプの男だ。レーヴを助け出すなら、用意周到に準備してから来るはず。
叫ぶジョージの様子は尋常じゃなかった。レーヴは彼があんなに取り乱す顔を見たことがない。
「それだけ、事態は深刻だということ」
レーヴは扉から一歩後退ると、一呼吸した。そうすると、逆上せていた頭が冷静さを取り戻していく。
(ジョージは何を訴えていた?)
「急いで部隊に戻れ」
そうだ。ジョージは確かにそう言っていた。
「早馬部隊になにかあったの……?」
レーヴの心が、不安でいっぱいになった。ジョシュアやアーニャ、他のみんなは無事だろうか。しばらく会えていない彼らに何があったのかと、胸が押しつぶされそうになる。
ジョージはジョシュアから何か指示されたのかもしれない。早急にレーヴが必要となるようなことがーー早馬を必要とするようなことが起きたのだろう。
「戦争が始まる……?」
早馬部隊が必要になるなんて、それくらいしかない。
何十年も平和だったから、必要ないと思っていた。「もう郵便屋さんでいいじゃないか」なんて仲間と笑い合っていたくらいなのに。
「どうして、今!」
本当に間が悪い。
レーヴとデュークは前世で何か悪いことでもしたのだろうか。
熱心な信者ではないけれど、レーヴは神を恨みたくなった。
「こんちくしょう!」
レーヴは女性に有るまじき言葉をイライラと吐き出した。もしもここにデュークがいたら、苦笑いしながらレーヴをそっと抱き締めて遠回しに黙らせていたに違いない。手は早いが、デュークは意外と紳士なのである。
しかし、レーヴにそんなことを考える余裕はない。
狼の咆哮の如く耳に優しくない言葉を吐きながら、ダンダンと地団駄を踏んだ。
せっかく自覚した初恋がここまで拗れるのは一体どうしてなのか。
初恋は実らないなんて聞くけれど、実らせないとデュークは消滅してしまうのである。
(そんな根拠のないジンクスなんて糞食らえ!)
とはいえ、まずは部隊に戻るのが先決だ。
いくら仲違い中とはいえ、ジョージをこんな所に置き去りにするのも気が引けた。
けれど、軍事国家で任務を無視することは死を意味する。
わりと穏やかな国ではあるが、軍関係は容赦がない。二つ名を持つレーヴだって、吹けば飛ぶような存在なのだ。
躊躇っている場合ではなかった。少なくとも、エカチェリーナにさえ会えればジョージの件は解決するはずだ。
(エカチェリーナにとってはジョージがここにいることが何よりの罰でしょうね)
「ジョージ、ごめんっ」
レーヴは、扉に向かって深々と頭を下げた。そして勢いよく上げた顔に使命感を滲ませて、駆け出していく。
スッと伸びた背は凛として美しく、靡く髪は勇ましい駿馬の尾のようだった。
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次話は4月26日更新予定です。
次回のキーワードは『ともだち』。
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