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25 近衛騎士隊第四小隊の休憩時間

 近衛騎士隊の任務は、王族の警護及び王宮の警護である。

 かつては王直属の軍団であったが、軍事国家となってからは名称のみを存続した形となっていた。


 ジョージ・アルストロとエカチェリーナ・ラウムが所属する近衛騎士隊第四小隊は、王位継承権第三位を有する第二王子、アリスタルフ・ロスティの警護を担当している。


 国民からの人気は軍司令部のメンバーに集中しがちだが、王族とて大事な存在だ。

 第二王子は王位継承権三位とそう高くないが、見目の良さからなかなかの人気を得ている。


 南方の異国から嫁いできた母に似た、エキゾチックな容貌はこの国では珍しい。

 前王である祖父から受け継いだ、紫がかった青い瞳がその雰囲気を更に神秘的なものにしていた。


 深窓の令嬢のような白い肌のナヨナヨした王族が多い中、生まれつき肌が浅黒く腹が割れるほど鍛えられた体は細身ながらなかなかに頼り甲斐がありそうだ。


 やや蔑ろにされがちな王族は、彼の人気にこれ幸いと王族への人気奪還のために第二王子の露出を増やしていた。


 彼がより目立つよう、彼の警護を任せる小隊も見目麗しい者を多めに配置している。

 ジョージやエカチェリーナは客寄せというか国民寄せの任も担っていた。


 数日前から、軍司令部から王族の外出を禁止する令が発布されていた。その為、警護の人数もそう多くなくても良くなり、ジョージの休憩時間は格段に増えた。


「はぁぁぁぁ……」


 とびきり深いため息を吐いて、ジョージは机へ突っ伏した。その背後にはドロドロとした負のオーラが見えそうなくらいである。

 分かりやすく凹んでいるらしい男に、第二王子ことアーリャ王子はおやおやと苦笑した。


「君がそんな風になるのを久々に見たよ。一体どうしたんだい?」


「放っておいてください。今は休憩時間なんです」


「休憩なら、何も私の執務室でしなくても良くないか?」


「誰にも見られたくないんだ」


 王子と近衛騎士。世間的には気安く話すような間柄ではない。それでも二人がこうして友人同士のように会話をするのは、アーリャ王子がそうして欲しいと言った為である。


 アーリャ王子は王族としては珍しく、訓練学校を卒業している。

 訓練生時代にお世話になった先輩であるジョージにかしこまられるのが気持ち悪いと、二人きり、もしくはエカチェリーナを交えた三人の時は友人のように接していた。


「休憩時間なら、こんなつまらない王宮になんていないで、外に出てくればいいじゃないか。リーナはそうしているみたいだけど?」


「エカチェリーナが?珍しいですね」


「そうだろう?リーナが君から離れるなんて珍しいことだ」


 アーリャ王子はエカチェリーナをリーナと呼ぶ。それは、彼女と王子が幼馴染だからである。

 王族の剣術指南役である父に連れられて幼い頃から王宮にやって来ていたエカチェリーナと、その父に教えを受けていた王子が親しくなるのはおかしくない。一時期は彼の婚約者候補にエカチェリーナの名前が挙がっていたが、彼女は「好きな人がいる」と言って辞退したとジョージは聞いている。


「そうですか?」


「そうだろう」


 気付いてないのか、と呆れたような表情を浮かべるアーリャ王子に、ジョージは言い返す気力もなく再びため息を吐いた。


 ジョージがデュークと試合をしてから十日ほど経つ。

 最初の数日は毎日のように彼女へ謝罪をしようと朝に夕にと郵便局へ通っていたが、あからさまに避けられ続けてすっかりやさぐれてしまった。


 ここ数日は王族外出禁止令で暇を持て余しているというのに、これ以上避けられたらどうしようと情けなくもこうして王宮に引きこもっているのだった。


「栗毛の牝馬にフラれたのがそんなに辛いのか?」


「そりゃあ、ね」


 当たり前だ。辛くないわけがない。

 ジョージはレーヴのことが好きだったのだ。幼い頃から、ずっと。

 好きな子ほどいじめたくなる天邪鬼な性格のせいで、彼女にはちっとも伝わっていなかったけれど。

 照れ隠しで「嫁に貰ってやる」なんて言っていたが、喉から手が出そうなくらい彼女が欲しかった。


 優しく出来ない代わりに、彼女を取られないように周囲を威嚇して。彼女に相応しい男になる為に努力もした。そうして得た、『黄薔薇の騎士』という二つ名。


 それなのに。


 ジョージの目を搔い潜って、レーヴの隣に立つ男ーーデュークが現れた。

 獣人という何もかもが規格外の男にジョージが敵うわけがなかった。ジョージは努力の男だ、秀才でもなんでもない。


 あの日、公園で彼らを見た時にはもう、分かっていたのだ。

 それでもジョシュアの提案で試合をしたのは、最後のチャンスだと思ったからだ。


 結果として、ジョージは幼馴染としての立場さえ危うくなっていた。会うことも謝ることも出来ず、こうしてグズグズすることしかできないでいる。


「栗毛の牝馬といえば……彼女の相手は獣人だそうだね」


「ええ、そうですよ」


「ジョージ。今、魔の森が大変だということは知っているか?」


「なんです、それは」


 聞いていない、とジョージは訝しげに眉をひそめて顔を上げた。そうすると幼さが残る顔が途端に精悍な顔つきになって、男らしさが増す。


「王族外出禁止令が出ただろう?あれ、隣国が魔の森を焼き払うって騒いでいるからだそうだよ」


「嘘でしょう?」


「嘘じゃない。そのうち早馬部隊の出番が来るだろうね」


 そうなれば、レーヴの初陣になるかもしれない。

 戦なんて起きないと思っていたジョージは、寝耳に水の話に取り乱した。ガタガタと音を立てて立ち上がるなんて、優雅な彼に似合わない。


「ジョージ」


 慌てた様子で執務室を後にしようとするジョージを、アーリャ王子は呼び止めた。

 それどころではないのだと苛立たしげに眉を上げるジョージに、彼は「こらこら」と嗜める。


「なんですか」


「邪魔をしたいわけじゃない。きちんと謝ってスッキリしてくれないと、執務に悪影響が出そうだしね。あのさ、最近のリーナ、おかしいと思わなかった?」


「おかしい、とは?」


「君のそばを離れなかったのに、最近は離れてばっかり。何かあると思わない?」


「なにか……?」


 アーリャ王子の言葉をジョージはしばし考えていたが、思い当たることがあったのか、苦虫を噛み潰したような顔をして口を引き結んだ。


 以前にも、こういうことがあったのだ。


 そう、あれはーー


「軍事パレードの時か」


 レーヴが栗毛の牝馬と呼ばれるようになったあの一件の前後、いつも何くれとなく理由をつけてジョージのそばにいた彼女がいなくなることが増えていた。それを、ジョージは思い出したのだ。


「訓練学校を卒業してから接点はなかったはず……」


「本当にそうなのかな?」


 人の良さそうな笑みを浮かべていた顔が、仮面を被ったようにさっと変わる。

 なんだかんだ言っても彼は王子なのだ。その腹に何を持っているのやら。


「さぁ、もう行きたまえ。王子の執務室で休憩する暇なんてないだろう?」


 シッシッと犬でも追い払うように手を振られ、ジョージは内心ムッとした。

 しかし、今はそれどころではない。意味深なアーリャ王子の言葉に不安が募る。


 彼はジョージよりもエカチェリーナの方を大事にしているのだ。それでもこうして忠告してくれたのは、ジョージへの恩返しなのだろう。


 王子へ一礼をして、部屋を出る。王宮の高い天井にカツカツと軍靴の足音を響かせて、ジョージは走った。


 王宮内で走るなど、優雅さに欠ける。彼らしくない行動だが、今はそれどころではなかった。

読んで頂き、ありがとうございます。

次話は4月24日更新予定です。

次回のキーワードは『監禁』。

よろしくお願い致します。

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