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23 悪役令嬢のように

 数日の謹慎を耐え、デュークは意気揚々とレーヴに会うために歩いていた。


「早く、会いたい」


(レーヴはもう、立ち直っただろうか。それとも、まだ恐怖を覚えているだろうか。もしもまだ怯えているようなら、思いっきり甘やかしてあげたい)


 デュークは端正な顔を甘ったるく緩め、ルンタルンタとスキップでもしそうなくらい嬉しそうである。


 時刻は只今、お昼時。


 レーヴがいると思われる中央公園へは、大通りから向かうのが一番早い。

 けれどデュークは王都に入るなり、大通りから外れて脇道に入った。


 彼が脇道を通るのは、獣人の特徴である耳や尾を必要以上に見せないためだ。それから、彼を見ると大概の人が二度見するという現象に慣れないせいでもある。


 レーヴが隣に居ると彼女しか見ないので気にならないが、一人だとどうにも気になってしまう。

 思い過ごしだとは思うが、「獣人がいる」と悪い噂をされているような気がして、なんとなく気分が良くない。


 実際は彼の類まれな美貌に思わず魅入った人たちが我に返ったところで褒め称えているだけなのだが、足早にレーヴの元へ向かおうとしている彼がそれに気づくことはない。


 そもそも彼は、レーヴ以外にあまり興味がないのだ。自身の消滅がかかっているのだから、致し方がないことなのかもしれない。


 公園まであと一区画、という距離でデュークは不意に足を止めた。虫を追い払うように、彼の尻尾がブルンと一振りされる。ピンと立った耳が、帽子の中でせわしなく動いていた。


「僕をつけているのは、誰だ?」


 鬱陶しそうに顔をしかめ、デュークは振り返った。


「申し訳ございません」


 振り返った先にいたのは、一人の少女だった。

 年の頃はレーヴと同じくらいだろうか。ジョージと似たような白い軍服を着た少女に、デュークはどことなく親近感を覚えた。


(何故だ?)


(わたくし)はエカチェリーナ・ラウムと申します。ロディオン・ラウムの娘でございます」


 その一言で、デュークは合点がいった。


 彼女は、元獣人の娘だ。

 彼女の父、ロディオン・ラウムはデュークの成人を知り、わざわざ魔獣保護団体へ祝いにやってきた数少ない同類である。

 魔獣の時に親交はなかったが、今はそこそこ知り合いになりつつあった。


 とはいえ、今のデュークは彼女に構っている時間さえ惜しい気持ちだった。ここ数日、情緒不安定な状態であるレーヴと距離を取らざるを得ない状況だったのである。


 魔獣保護団体の施設を脱走したことで「デューク、酷いわ」と目を潤ませるマリーに責められ、更に「妻をいじめるな」とウォーレンに睨まれた。


 対外的には、二人を立てて謹慎を受け入れたように思われている。

 けれど本当は、レーヴの弱みに漬け込んで手を出した自分に反省を促す意味もあった。


(仕方がなかったとはいえ、この期間にレーヴを一人にするのは気が気じゃなかったな)


 謹慎も解けた今、彼を止めるものなど何もない。

 今日はマリーもウォーレンも頑張ってこいとにこやかに送り出してくれたし、レーヴの上官はあの試合でお付き合いすることを認めてくれただろう。懸念していた幼馴染との婚約も、同時に破棄されたはずである。


(ここは一気に畳み掛けてレーヴをモノにしたい)


 デュークの障害となるものは全て片付けたつもりである。あとは、レーヴの気持ちだけ。


 先日、頰や瞼にキスをした時は嫌そうにしていなかったので、それなりに好意はあるのだとデュークは思っていた。


 だからこそ、数日の遅れを取り戻すべく、デュークは一刻も早くレーヴに会いたくて仕方がない。


「ラウムの娘がどうして僕をつけている。何か用か?」


 少しでも早くレーヴの元へ行きたくて、デュークは不機嫌を隠そうともせずにエカチェリーナを睨んだ。


 美形の不機嫌そうな顔はなかなかに迫力があったが、同類の父と傾国の美女とも言われた美貌の母を持つエカチェリーナにはあまり効果がない。


「あの、父から聞いたのですが、あなたの想い人は栗毛の牝馬の二つ名を持つ、レーヴ・グリペンだとか」


「ああ、そうだが」


 レーヴの名前を出されて、デュークはさっさと行こうとしていた足をエカチェリーナの方へ向けた。


 デュークはレーヴに恋をしている。

 それは、紛れも無い事実であるし、隠しているものではない。

 だが、知り合いの娘とはいえ初対面の人間に言われて、デュークは苛立たしげに口を結んだ。


「大変申し上げにくいのですが……私、聞いてしまったのです。彼女……レーヴが、本当は幼馴染である黄薔薇の騎士との結婚を望んでいると」


「……まさか」


 エカチェリーナの話はあまりに唐突だった。


 しかし、デュークはそれを一笑に付すことが出来ずにいた。レーヴとジョージの婚約は、デュークが獣人になるにあたっての懸念材料だったからだ。


「私とレーヴは、訓練学校の時からの友人で、卒業後も親しくしておりました。そんな彼女から、相談したいことがあると呼び出されまして……それで、彼女は涙ながらに言ったのです。獣人に恋をされたので責任を取らなくちゃいけない。だけど、本当はジョージが好きだと気付いてしまったのだと」


「彼女が、そう言ったのか?」


「ええ……可哀想に、とても困っておりましたわ。先日、デューク様とジョージ様が決闘紛いの試合を行ったことが、決定打になったようで……責任は取らなくちゃいけない、でもあんな恐ろしい力を持った獣人が怖くて仕方がない、と」


 ぶるぶる震えて痛ましい姿だったと続けたエカチェリーナに、デュークは信じられない気持ちでいっぱいだった。


 どうして。なぜ。少しも気が付かなかった。

 そんな気持ちばかりが浮上してくる。

 お門違いにもレーヴを責めたくなって、デュークは唇を噛んだ。


 レーヴは優しい。見た目ばかりで足は鈍い『青毛の駑馬(どば)』と呼ばれ、馬鹿にされていたデュークを「かっこいい」と言って、急がなくてはいけない時なのに彼を信じて乗ってくれた。あの時の高揚感といったら、生まれて初めてと言ってもいいくらいだ。魔力の波長もこの上なく良く、彼女が乗るとデュークの脚はとめどなく溢れる力で走ることが出来た。


 そんな彼女が、デュークに敗れたジョージを改めて好きになることは十分あり得た。

 弱い者に、彼女は優しい。


「そうか……」


 デュークの肩が、がくりと落ちる。彼の落胆に共鳴するように、足元にあった草が枯れていった。


 瞬く間に枯れ果てた草に気付いたエカチェリーナは小さく息を飲んだが、次の瞬間にはそれを微塵も見せずに深刻そうな表情を浮かべた。


「デューク様……これから、どうなさいますの?」


「決まっている。レーヴがジョージを好いているなら、僕は身を引くだけだ。これ以上嫌われないように、魔獣保護団体の施設に引きこもって最期を迎えるさ」


「まぁ……」


 エカチェリーナの哀れみの視線を振り払うように、デュークは踵を返した。


 胸が痛くて仕方がない。

 けれど、彼の胸を満たすのは、それだけではなかった。


 じくじくとした痛みの奥に、ほんのり浮かぶもの。

 それは、満足感ともいえるものだった。


(獣人になれて良かったじゃないか)


 デュークの中に、後悔がないわけではない。

 けれど、命を賭して得られたものは代え難いものだった。


 今はただ、レーヴの幸福を願うばかりである。


(彼女の幸福を願い、彼女との思い出を持って消滅できる。それほど素晴らしいことはない)


 デュークの想いに偽りはない。馬のままでは出来なかったことを、成し遂げることが出来たのである。


(出来れば、起きている時にしてみたかったなぁ)


 後悔があるとするならば、唯一、眠る彼女にキスをしたことだろうか。


 起きている時にしてみせたら、彼女は一体どんな顔をしてくれたのだろう。


 もう、見ることは出来ない。それだけが、心残りだった。

読んで頂き、ありがとうございます。

次話は土日を挟みまして4月22日更新予定です。

次回のキーワードは『言葉』。

よろしくお願い致します。

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