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21 答えは全て、少女の心のままに

 デュークとジョージの試合から数日が経った。


 あの日、ジョシュアはジョージを大変な勢いで叱り飛ばし、ぎっくり腰を再発した。現在は自宅にて安静中である。


 ジョージは毎日のようにレーヴの前に現れては、謝ろうとして口をモゴモゴさせている。高いプライドが邪魔をして、素直に謝ることが出来ないらしい。


 レーヴの方はジョージの顔を見るとあの時のーー自身に迫るナイフの鋭利さを思い出して恐怖を感じてしまい、彼を見るなり足早に逃げるようになってしまっていた。

 もともと苦手意識はあったが、今はその比ではない。


(軍人のくせに、情けない……)


 レーヴは軍人だ。軍人たるもの、これくらいでめげていてはいけない。強くあらねばならないのだ。


 ーー優秀な軍人たれ。


 レーヴはそう、教えられてきた。


 早馬部隊は戦いを主としていない。

 戦場を駆け抜け、いち早く伝令を届けるのが任務だ。


 それでも、危険はある。

 戦場を駆ける早馬を射抜く矢が、阻む刃があるだろう。ジョシュアに聞いた戦場は、簡単に命が消える場所だった。


 しかも、レーヴは栗毛の牝馬と呼ばれる女性なのである。ナイフが刺さって怪我をしたのならまだしも、彼女はデュークに守られ無傷。いつまでも恐怖を引き摺っていては、いざ戦になった時に困るのはレーヴだ。


 そう理解してはいるのに、レーヴは恐怖を禁じ得なかった。


 だって、レーヴは初陣さえ未経験の箱入り娘ならぬ箱入り軍人なのである。

 ジョシュアやアーニャ、支部のみんなに甘やかされ、危険なことなど何一つ経験しないままここまで来てしまった。


 今は更にデュークがこれ以上ないくらい彼女を甘やかしている。


(こんなことじゃ、いけない)


 デュークは魔獣保護団体の施設から脱走したことをマリーに責められ、自ら数日間の謹慎を申し出た。


 数日とはいえ、怖い思いをした後だったのでレーヴとしては出来ればデュークにそばにいてほしかった。


 けれど、レーヴにそんなワガママを言う権利があるのだろうか。

 言っても、デュークは喜んでレーヴの願いを叶えてくれるだろう。だけど、それで良いのか。

 そう思うと何も言えず、彼女はデュークの謹慎が解ける日を待っている状態だった。


 午前の配達を終えて郵便局に戻ってきたレーヴは、配達物を入れていたショルダーバッグをデスクに置き、どさりと椅子に座り込んだ。

 疲れを見せる彼女に、アーニャが気遣わしげな視線を寄越してくる。


「どうしたの、アーニャ」


「ジョージが来ていたけれど、しばらく戻らないって言っておいたわ」


「……ありがとう」


 ありがとうと言いながら、レーヴは苦い顔をしている。アーニャはそれが気がかりだった。


 彼女がジョージにされたことは、子供同士の喧嘩とは次元が違う。

 だって、殺されかけたのだ。普通なら、顔も見たくないと怒って絶縁するだろう。


 しかし、相手は幼い頃から一緒に育った幼馴染である。

 苦手だったとはいえ多少は情もあるらしく、なかなか割り切れるものでもないようだ。


「ねぇ、レーヴ。このままで、良いの?」


 アーニャは余計なお世話だとは思ったが、言わずにはいられなかった。

 レーヴに酷い言葉をかけるジョージは嫌いだし、更に彼女を危険に晒したことは許しがたいことだ。

 けれど、レーヴには後悔をして欲しくない。

 彼女を娘のように想ってるからこそ、アーニャは心配だった。


「良くは、ない」


 レーヴだって分かっているのだ。でも、許せるほど聖人ではないし、絶縁できるほど情がないわけじゃない。

 仏頂面で呟くレーヴに、アーニャはどうしたものかと頭を悩ませた。


「許すか、許さないか。難しいわね」


「うん……」


「よく考えてみて。話を聞くことくらいしか出来ないけれど、私に出来る事があれば言ってちょうだい」


「うん……」



 ***



 午後の消印を押す作業はなかなか終わらなかった。単純作業中はどうしても考え事をしやすくなる。


 全ての仕事が終わり、ようやく机からレーヴが頭を上げる。うーんと背伸びをしながら窓の外を見れば、日はすっかり落ちて暗くなっていた。


「あーあ……」


 こんな時間に帰宅の途に着くのは、レーヴにとって久しぶりのことだった。新人時代ならまだしも、既に五年も続けているのになんてことだろう。

 いつもだったらアーニャが叱咤してくるものだが、今日は何か言いたげにしながらも見守るだけだった。


「甘やかされてるなぁ」


 こんな調子で良いわけがない。

 軍人として育ってきたくせに、今の彼女はちっともそれらしくない。


「誰かに守ってもらってばっかり」


 ジョシュアにアーニャ、それから支部のみんな。最近は、デュークも。よくよく考えれば、ジョージだってそうだったのかもしれない。


(分かりにくいけど)


 そう考えると、レーヴはジョージのことを許してやっても良い気がしてきた。


 ジョージのことは苦手だが、あの高慢な態度に腹が立つだけで他はそうでもないのだ。

 長年一緒にいるだけあって、気の合うところも多い。本当に合わなければ、子供の頃のうちに距離が出来ていたはずだ。


 拒絶するのは簡単だろう。

 ジョージは聡い。レーヴが本気で拒否すれば、もうやって来ないだろう。二度と。永遠に。


(それはそれで寂しい)


 結局のところ、レーヴはジョージと仲直りをするしかないのだろう。

 レーヴの中に、ジョージを拒否するという選択肢は見当たらない。


 となれば、どうするか。まずはジョージに会うべきだろう。それは分かっている。


 しかし、ジョージと会うだけであの一件をフラッシュバックしてしまうレーヴが、まともに彼と話し合うことが出来るのだろうか。


 答えは否だ。今の状態では、とてもじゃないが出来そうにない。


「こんな時こそ、一緒にいて欲しかった」


(甘えているんだろうな、デュークに)


 自分では甘えるのが下手な部類だと思っていたレーヴは、そのことに気がついて呆然とした。一体、いつからこんなーーか弱い乙女のようになってしまったのだろう。


 思えば、初対面の時からレーヴはデュークに警戒心を持たなかった。

 魔馬だった時の彼を知っているから、なんて理由は後付けだろう。いくら懐かしさを覚えても、あの馬がデュークだと自力で知る術はレーヴにないのだから。


(……そうか)


 そうしてレーヴは唐突に自覚した。

 胸に何かが直撃したような、衝撃を受けた気がする。


 なんてことはない。彼女はデュークにーー、


「一目惚れ、してたんじゃないの……」


 ポツリと呟いた言葉は、レーヴの心にしっくりと馴染んだ。


 つまり、それが正解なのだろう。


 恋とは胸がときめいてドキドキと早鐘を打つようなものだと思っていたから、レーヴは気付かなかった。


(こんな恋も、あるんだ)


 柔らかく温かな、陽だまりみたいな恋だ。


 身を焦がすような情熱的な恋をする人からすれば、おままごとみたいな恋かもしれない。

 だけど、レーヴにとっては紛うことなき初恋である。


「うわー……私って、鈍い」


「ちょっと、あなた!」


 呆れたように独りごちるレーヴだったが、不意に後ろから大声を出されて、「ひゃあ」と飛び上がった。


 まさか自分じゃないよねと訝しがりながら、彼女は振り返る。

 そんな彼女の目の前に、一人の少女が立っていた。


読んで頂き、ありがとうございます。

次話は4月18日更新予定です。

次回のキーワードは『思い人』。

よろしくお願い致します。

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