表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/45

15 美形獣人、脱走する

 休みの日になったらデュークに会いに行くーーレーヴがそう決めて数日後、待ちに待った休みの日。


 レーヴは、走っていた。とにかく走っていた。

 訳が分からないままに、彼女は走らされていた。


「どうなってるのぉぉぉぉ」


「レーヴ、走りながら喋ると危ないよ」


「そんなこと言われてもぉぉぉぉ」


 ぐい、と腕を引かれて、レーヴの体が傾ぐ。

 バランスを崩した彼女の体をヒョイっと引き寄せたデュークは、流れるような動作で抱きかかえた。

 よっこいしょなんて言いながら軽々と持ち上げられて、レーヴの上半身がデュークの肩に乗せられる。俵抱き、巷ではお姫様抱っこならぬお米様抱っことも言われている抱っこである。


「ッ!キャァァァァ!」


 女性らしい悲鳴なんて何年ぶりだろう。

 こんな声も出せたのかと自分の声なのにレーヴが驚く中、デュークが物騒なことを言ってきた。


「レーヴ、静かにして。見つかったら連れ戻される。静かにしてくれないなら、手が塞がっているからキスするしかないけれど」


(そんなファーストキス、絶対やだ!)


「……いや、この抱っこじゃそれも無理でしょう」


 レーヴの唇はデュークの背中にあるのだ。どう頑張ったって無理である。

 途端に冷静になったレーヴは、スンと静かになった。


 デュークは喋りながらどんどんスピードを上げて行く。

 レーヴに合わせる必要がなくなった分、加速しているらしい。

 さすが人外と言うべきか、彼女の重さなど微塵も感じていないような軽やかな足取りで、非常に安定した走りだ。


(おお、さすが馬。安定感がある!)


「って、そんなこと思ってる場合じゃない!なんで、こんなことになってるの⁈」


「なんでって。レーヴがそこに居たら、一緒に居たいと思うものでしょう?」


「答えになってないっ」


 レーヴを抱きかかえてデュークが走っている間も、二人の背後からは鐘がカーンカーンと鳴り響き続けている。

 耳障りなそれは、警鐘だ。高い塀の向こうからは怒号のような声も聞こえてくる。


『獣人が脱走したぞー!』


『塀を飛び越えていった!追うんだー!』


 明らかに、彼らはデュークを探している。一体何があったのかは知らないが、デュークは脱走している。

 魔獣保護団体で保護されている身だというのに、彼は自ら脱走しているのである。


「デューク」


 咎めるように名前を呼ぶと、いつもだったら何でも答えてくれるはずのデュークは何も答えず、ただ走るスピードを速めた。


「……もう」


 抱きかかえられたままのレーヴに出来ることはない。ただ、おとなしく身を任せるだけである。


(魔獣保護団体の施設に来るのは二回目だけど、毎回何か起こってるなぁ)


 一度目はデュークを押し付けられ、今日は二度目の訪問だ。

 レーヴは数日前から決めていた通り、突然やって来なくなったデュークに会うために魔獣保護団体の施設を訪れようとしていた。


 前に来た時は馬車に乗って城の前まで移動していたのでどんな外観か知らなかったのだが、この施設はとても高い塀で囲まれている。

 理性のない魔獣を保護する場所でもあるので、そういったモノが逃げ出さないようにするためなのだろう。


 辻馬車で行けるところまで乗って、そこからは徒歩で来ていたレーヴは、外壁に沿って歩きながら入り口を探していた。

 そんな中、急に塀の中が騒がしくなったかと思えば、けたたましく警鐘が鳴り響いたのである。


「えぇ……もしかして、魔獣でも逃げた?」


 一回目の訪問の際、地下から聞こえた獣の声を思い出して、レーヴは顔を顰めた。

 正直、怖い。すごく怖い。

 だが、ここで逃げるのは軍人の名折れだ。


 レーヴは軍人である。訓練されているので並みの女性よりは強い。

 だが、休みの日に武器の類を持ち歩くほど熱心な軍人でなかった。

 そもそも彼女は早馬部隊所属である。実戦向きとは言い難い。


 兎にも角にもまずは武器が必要だと勇ましくもレーヴは棒切れの一つでも落ちていないかと辺りを見回し、ちょっと離れた所にそれらしき物を見つけ、取りに行こうとした所で彼女の背後にヒュンッと音を立てて何かが落ちてきた。


 ダダンッ、と地面に着地したそれは、デュークだった。


「んえぇぇ⁈」


 デュークが空から降ってきた。

 そう、文字通り、彼は降ってきた。

 おそらく、高い塀を飛び降りてきたのだと思われる。


 驚きに目を見開いて硬直する彼女に、デュークはしばし適度な距離をとってじっと見つめていたが、耐えきれなくなると軽く跳ねるような足取りでレーヴの傍に走り寄ってきた。


(わぁ……あれはもしや、パッサージュ?)


 パッサージュとは馬場馬術(ドレッサージュ)に使う特殊な歩様の一種だ。スプリングの効いた跳ねるような歩き方である。


 うっかり停止していたレーヴの脳裏に、どうでもいいような情報が流れて消えて行く。


「レーヴッ」


「うわっ!」


 ぎゅっとレーヴの体を情熱的に抱きしめたデュークは、勢いのままくるりくるりと回ってみせた。

 熱愛中の恋人たちだってやらないのではないかという行為を経験し、驚きにフリーズしていたレーヴがハッと我に帰る。


「よし。じゃあ、行こう」


「え……わ、わぁぁぁぁ!」


 そうして冒頭に戻るわけである。

 デュークに手を引かれ、レーヴは走らされた。




 ***



 レーヴを抱きかかえたまま馬車のある地域まであっという間に戻ってきたというのに、デュークは荒い息さえ吐くことはなかった。

 涼しい顔をしたまま、馬車を調達し、今はレーヴと馬車内で向かい合って座っている。


 馬車に入るなり隣に座ろうとしていたデュークだったが、レーヴに制され渋々向かい側に座ることとなった。

 離れていた期間の分を取り戻そうとするかのように過剰にスキンシップをしようとしてくるので、レーヴは気が気ではない。

 彼女には聞きたいことが山ほどあるのである。

 イチャイチャなんてしていたら、聞きたいことなんて一つも聞けなくなってしまう自信があった。


(情けないけど、手を繋いだだけで黙りかねないっ)


 未練がましくつま先を突いてくるデュークのつま先から離れるように足を組んだレーヴは、わざと威嚇するようにまるで尋問官のような鋭い目つきでーーデュークからしたら慈愛に満ちた優しい目つきで彼を見つめ、こう言った。


「それで?どうして、こんなことになっているの?」


「だって、マリーがいけない」


 シャープな頰をぷぅっと膨らませるデュークに、レーヴはまるで拗ねた子どものようだと思った。だからだろうか、レーヴの問いも子供への問いかけのように優しい。


「どうして、マリーがいけないの?」


「せっかく君に会いたくて獣人になったのに、会いに行かせてくれなかった」


「マリーに止められていたの?」


「うん。押してダメなら引いてみろって言っていた。どんな意味なんだろう?レーヴを押したことなんてなかったはずだけど。押してみたら分かるのかな」


「……どうだろうね」


 レーヴは想像した。


 デュークの手がレーヴの手を握り、グイッと引き寄せられる。バランスを崩した彼女へ足払いをして、そのままバーンと引き倒しーー


(って、色気がない!もっと、こう、乙女チックなやつ!)


 うっかり訓練学校で習った押し倒し方で想像してしまい、レーヴは慌てて打ち消した。

 そうしてレーヴはあらん限りの想像力を総動員して、乙女チックな押し倒しを思い描く。


(そもそも、立った状態だから無理があるんだよ)


 並んで座る、レーヴとデューク。

 二人の距離が徐々に近づいて、間に置かれた手と手が触れ合って、絡み合う。

 少しずつ体重をかけるようにデュークの上半身がレーヴの方へ傾いてーー


(ギャァァァァ、無理、無理ぃぃぃぃ)


 デュークに押し倒される自分を想像して、レーヴは顔を赤らめた。


「レーヴ、顔が赤いけど大丈夫?」


(大丈夫じゃない。恥ずかしくて死にそう)


 とはいえ、妄想して恥ずかしくなって死にそうになってますなんて正直に言えば破廉恥だと思われてしまうかもしれない。


「な、なんでもない」


「そう?」


 赤い顔を隠すように、レーヴは俯いた。

 だから、レーヴは気付かない。

 デュークが今、正に魔王のような意地の悪そうな顔をしているなんて。


「今度やってみても良い?」


「今度……?」


 無邪気そうに聞いてくるデュークが、本当は分かっているくせに無知なふりをしているなんて気付きもしない。

 くるくると表情を変えるレーヴを見て、かわいいなぁなんてしみじみしていることもまた然り。


(想像だけで叫び声を上げそうなのに、本当にされたら失神するんじゃないの?)


 とにかくそれだけは回避しようとしたレーヴの脳裏に、天啓のようにある出来事が思い起こされた。


「あ!そういえば、職場の上官がデュークに会いたいって言っているんだけど、どうする?断っても大丈夫だけど」


「ふふ。レーヴは可愛いなぁ」


 デュークにはレーヴのことなんてお見通しだ。一生懸命に話題を逸らそうとしているが、あからさま過ぎて滑稽なほどである。

 とはいえ、その愚かさが可愛く思えてしまうのが魔獣の性。素直じゃない彼女が可愛くて仕方がないデュークは、抱き締めたくなる衝動をなんとか耐えた。


「私は、可愛くない」


 どこが可愛くないというのか。

 怒ったような顔をしているが、それだって恥ずかしいのを隠しているだけだろう。

 抱き締めて頰にキスをして、「レーヴは可愛い」「レーヴが好きだ」と言ったらどんな顔するのだろうとデュークは思案する。


「そういえば、僕はまだ言っていなかった」


「なにを?」


 デュークは完全に言ったつもりになっていたが、彼女に「好きだ」と言ったことがないことを思い出した。

 レーヴの態度を見るに、デュークの気持ちは存分に伝わっているだろうが、人族の女性は言葉にするのが大事だとマリーから聞かされている。


「きっと、そこから伝えるべきなんだろうな」


「デューク?」


「この前、言っていた約束、どうしようか?」


 デュークの脈絡のない問いにレーヴは不思議そうにきょとんとした後、思い出したのか小さく「あぁ」と吐息のような声を漏らして返答した。


「運命の子の話?」


「そう。聞きたい?」


「うん。聞きたい」


「今、話しても良いかな」


「分かった」


 そう言って、レーヴは組んでいた足を解くと、背をしゃんと伸ばして座り直した。

 こういう、きちんとしたところも好きだなとデュークは改めて思う。


 レーヴに習って自身も姿勢を正すと、すぅっと一つ深呼吸をする。

 そうしてデュークは話し始めた。

 魔獣の初恋の話だ。

読んで頂き、ありがとうございます。

次話は4月10日更新予定です。

次回のキーワードは『告白』。

よろしくお願い致します。


次のお話は、ややエロといいますか、デュークがレーヴに手を出しております。

苦手な方はご注意下さい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ