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11 美形獣人と黄薔薇の騎士

 初デート翌日の昼休みに会ってから、レーヴが公園でランチをしているとデュークが来るようになった。

 三日目からはレーヴも慣れたもので、デュークの分のサンドイッチも用意するようになったーーのだが。


 二人分になったパンにネッケローブは何かを察したのかニタニタと笑いかけてきたが、何も聞かれないのを良いことにレーヴは黙っていた。

 紙バッグに入ったおまけのラスクがハート型なのはたまたまなのか、それとも茶化されているのか。レーヴは彼の店でハートのラスクを見たことがなかったので、後者だろう。


(もしくは、応援か)


 サンドイッチの小麦粉の件で怪しまれてはいたのだ。接客業で鍛えた男性らしからぬ妙な勘の良さで気付いているに違いない。


(困ったな)


 こんな時、どうすれば良いのかレーヴには分からない。

 聞かれてもいないのにペラペラ話すほど厚顔無恥ではないつもりだ。かといって、聞かれたらどうしようとも思っている。


 デュークとの関係ははっきりしていない。

 初顔合わせからまだ二週間弱しか経っていないのだ、一目惚れという奇跡が起こらなかった以上、これから時間をかけてどうにかしなくてはいけないだろう。


(でも、デュークはこのままだと消滅する……)


 隣に座る獣人さんは、呑気にレーヴの手と自分の手を合わせて、


「ふふ。レーヴの手、小っちゃい」


 なんて呑気なものである。


(この人、消滅するかもしれないって自覚ないんじゃ……)


 そんな心配すら脳裏をよぎる。


「はぁ……どうしよう」


「レーヴ、心配事?僕で良ければ聞くよ」


(お前のことじゃーーって言えればこんな風に困ってない!)


「ううん、なんでもないよ、大丈夫。それより、ちょっと歩こうか」


 丘の上のベンチで仲良く並んで座って手を繋ぐだけじゃ、先に進めない気がする。

 恋愛初心者のレーヴに合わせてゆっくり進めるつもりなのかもしれないが、このままでいいわけがないだろう。


(すっかり愛着がわいて、看取るっていう選択肢を回避したいと思うくらいには好きなんだけどね)


 なんというか、長年連れ添った愛馬を失いたくないという、そんな感情に似ている。


 レーヴは幼い頃、自宅で飼っていた馬を喪った。末期の病に侵された馬は安楽死か死を待って看取るかの二択を迫られ、幼かった彼女はどちらも選択できずに泣くばかりだった。


(もう、選択できずに後悔したくない)


 恋人というより相棒というか、愛馬というか。

 何故だか分からないが、レーヴはデュークをそんな風に思っていた。

 それは彼が犬のようにレーヴを慕ってくるからなのか、レーヴに馴染みがある馬の獣人であるからなのかは分からない。


(分からないけど、喪いたくはない)


 デュークと昼ごはんを済ませて、ちょっと話をして、腹ごなしに散歩して仕事に戻る。

 一週間続けて会ううちに、二人なりのルーティンが出来つつあった。

 噴水の近くは歩くのに丁度いい雰囲気だったが、相変わらずそこは近寄りがたい雰囲気が漂っている。レーヴはあまり近づかないように気を使いながら、散歩道へ進もうとした。


「おい、レーヴじゃないか」


 不意に、噴水の方から声をかけられる。

 覚えのある声に嫌悪感を覚え、レーヴは眉根を寄せた。


(あぁ、いやだ。なんでこんなところに……いや、こいつなら居て当然か)


 麦の穂のような金色の髪が陽の光に当たってキラキラと輝く。程よく日焼けした体は引き締まり、近衛騎士の制服を堂々と着こなしている。くりくりとした大きめの目は幼さを残しているが、薄い唇が酷薄そうに笑みを浮かべると小悪魔のように魅惑的ーーと王都の乙女が語る黄薔薇の騎士様ことジョージ・アルストロが爽やかな笑みを浮かべてこちらに向かってきていた。


 レーヴの異変に気付いたデュークが心配そうに覗き込んでいるが、レーヴはそれどころではない。

 レーヴ一人ならまだしも、今日はデュークが一緒なのだ。今は一刻も早くここから脱出したい。


 好きな人が見知らぬ人に悪し様に言われるのは嫌な気分になるだろう。レーヴは少なからず好意を抱くデュークの前で、ジョージに何か言われるのは嫌だと思った。

 昼休みは長くないのだ、気持ちよく過ごしたい。


 しかし、ずんずん向かってくる人を無視するのは少々難しい。

 だって彼は近衛騎士なのだ。王都の乙女憧れの騎士様を無視したとあっては、レーヴに未来はない。

 女性の嫉妬は途方もなく恐ろしいのである。


「珍しいじゃないか、お前がこんな所に来るなんて」


(なんて鬱陶しい男)


 小馬鹿にする態度が板についている。

 こんな態度も彼に心酔する乙女からしたら『小悪魔みたいで素敵』となるらしいが、レーヴからしたら腹が立つだけである。

 周囲を飛び回る鬱陶しい小蝿でも見るような目をしながら、レーヴは仕方なく止まった。繋いでいた手を解くとデュークが悲しい顔をしたが、これも彼に余計な思いをさせないようにするためだ。


「ちょっと横切っただけだから、気にしないで」


「そうか?遠慮しなくてもいいんだぞ。今日は俺が一緒に居てやるから、ちょっと寄っていけよ」


「ごめんなさい。今日は一人じゃないの」


「ん?」


 そこでようやくレーヴの隣に気付いたらしい。

 レーヴなんて目に入らないくらいの美形が隣に居たというのに、ジョージの目はどうなっているのだろうか。


(黄薔薇の騎士なんて言われて自惚れているから)


 迂闊なことを言うと何倍にもなって返ってくるのは長年の付き合いで分かっているので、レーヴは思ったことをそっと胸にしまった。


「おい。そっちの奴は……」


 初対面だというのに不躾な態度でデュークを見るジョージに、レーヴの目が小蝿を見るような目から蛆虫でも見るような目に変わる。

 不快さを隠そうともしていないレーヴに、デュークは警戒するようにじっとジョージを見ていた。


 幼馴染とはいえ、初対面の人になんという態度だろう。騎士だというならそれらしく礼節を弁えるべきじゃないのかとレーヴはイライラした。

 いくら幼い頃は人見知りだったとはいえ、近衛騎士になるほどなら多少の社交術は持ち合わせているだろう。黄薔薇の騎士などと無駄に騒がれているのだ、男相手でも少しくらい愛想よくすればいいものをとレーヴは思う。


「ジョージ。こちらは知人のデューク。最近知り合って、仲良くしてもらっているの」


「知人……?」


 値踏みするような視線がデュークに向けられているのを見て、レーヴはムッとした。

 ジョージがそんな目で彼を見る権利などないはずだ。ジョージにとってレーヴはただの幼馴染で、彼曰く滑り止めのような婚約者。

 蛆虫以下にしてやろうかとレーヴが思案する中、デュークの優しい声がレーヴを呼び戻した。


「ねぇ、レーヴ。こちらの方は……?」


「私の幼馴染のジョージよ。近衛騎士をしているわ」


「よろしく、ジョージくん」


 ジョージは胡散臭そうにデュークを見ている。

 失礼な態度を取られているというのに、デュークは気にしていないような態度である。

 紳士的に挨拶をして、その顔に嫌悪感は見当たらない。


 本当はレーヴ以外に向ける感情をデュークが持ち合わせていないだけなのだが、彼女が気付くことはないだろう。

 なにせデュークはレーヴと居ると彼女のことばかり見つめているので他を見ることなどあまりないのだ。ジョージに対しては無関心しかなく、紳士的に挨拶をしているのも人族のマナーとして最低限のことをしているに過ぎない。


「幼馴染ということは、彼女とは仲が良いのかな」


「あぁ、()()()な」


 どこかだ、とレーヴは突っ込みたい気持ちでいっぱいだ。

 一体いつ、ジョージとレーヴは仲良くなったのか。

 レーヴとしては一方的に婚約者のような扱いを受けて迷惑を被っているのである。


「……そうなのか。僕の名前はデューク・オロバス。魔獣保護団体に属している」


 デュークのフルネームを初めて聞いたレーヴは、思わず彼を仰ぎ見た。

 びっくりしてきょとんとしているレーヴにそっと目配せをして、デュークは握手のための手をジョージに差し出した。


「レーヴさんには縁あって仲良くしてもらっている。今後は君とも会うことがあるかもしれない。これから、よろしく」


「こちらこそ、よろしく」


 差し出された手を、ジョージは握り返した。レーヴの前で、二人の男が固く握手を交わし合う。そりゃあもう強く、ギリギリと音がするほどに。


(なんっって紳士的なの!)


 ジョージの背後を見れば、こっそりこちらを見てた女性陣がうっとりとデュークを見ている。

 それはそうだろう。子供っぽく楯突いているジョージとは違い、デュークはとても紳士的な対応をしている。

 そして何よりこの容姿である。魔王のような冷たい威厳と堕天使のような妖艶さを兼ね揃えた彼においそれと近付けないらしく、キャアキャア言いながら遠巻きに見ている女性陣に気付いたジョージが憎々しげに舌打ちをした。


「レーヴなんて、尻がでかくて大したことのない女だぞ。そうだ、レーヴなんかよりあっちにいる彼女たちの方がよほど優れている。君にはあちらの彼女たちの方が相応しい」


 ジョージの提案を聞いて、女性陣はますます盛り上がった。

 遠巻きで見るだけでもうっとりするほどの男と近づくチャンスを彼女たちが逃すはずがない。我先にとこちらへ向かって来ようとしている彼女たちに、レーヴはゲンナリした。


(げぇぇ……)


 レーヴは恋愛市場にいる男性が苦手だが、恋愛市場の頂上にいる勝ち組と呼ばれる女性は更に苦手だった。蹴落としあって非常に見苦しい。それなのに、表向きは仲良しこよし。なんともいやらしい世界だ。


 女性陣を見つめて嫌悪感をあらわにしているレーヴの隣で、ジョージはデュークを案内しようとしながら握り潰されそうな握手を外そうとしていた。

 がっしりと握られた手はちっとも外れない。躍起になっているとデュークが不意に手を離した。


「ジョージくん、彼女は素晴らしい女性だ。幼馴染だというのに、そんなことも知らないなんて、可哀想だね。では、我々はこれから行くところがあるので、これで失礼させて頂く」


 有無を言わせぬ冷たい声に、ジョージはムッとしながら手を引き、女性陣の一部からは「ひゃぁぁんっ」と妖しい声が漏れた。

 レーヴはデュークに促されるまま、その場を離れる。

 その後ろでジョージが何か呟いていたが、レーヴに聞こえることはなかった。

読んで頂きありがとうございます。

次話は4月4日に更新予定です。

次回のキーワードは『恋する魔獣』。

よろしくお願い致します。

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