異世界へ
「あっつい……」
遮る雲なく太陽の光が大地を照らす猛暑の中、伊庭護は営業を終わらせて会社に戻るところだ。最初は頭の中で涼しいことを考えていたのだが、結局涼しくはならず考えるのも億劫になり、さっきから暑い暑いと言いながら持っているハンカチで汗を拭いて歩いている。早く帰りたい、涼みたいと心の中で思っている所に足に何かが当たる。足元見ると瑞々しいリンゴだった。
「ごめんなさい。そのリンゴ拾ってくれませんか?
坂の上を見るとおばあちゃんが慌てて地面に転がるリンゴを拾っている。どうやら袋が破けたようだ。伊庭護は足元にあるリンゴをしゃがんで拾い上げる。途中で転がっていたリンゴも回収しておばあちゃんに届ける。
「はい、おばあちゃん。これで全部ですか??」
「ありがとね。えっと……全部あるわ。本当に助かったわ」
おばあちゃんは嬉しそうにリンゴを受け取り無事の袋に仕舞う。重たそうに袋を持っているおばあちゃんをみて伊庭護は右手にある腕時計をみる。時間はまだ十二時。会社には一時までに帰れればいい。ここからだと三十分程で帰れる。
「運ぶの手伝いましょうか?」
「まぁ、嬉しいけどすぐそこが家だから平気よ。それにお仕事中でしょ?」
「時間なら大丈夫です。手伝います」
「そう? じゃあよろしくね」
おばあちゃんから袋を受け取る。予想よりも重く「おもっ……」っと伊庭護は呟く。その呟きを聞いたたおばあちゃんはふふふっと笑い先を行く。恥ずかしさと男としてのプライドが少し傷つきへこみながら荷物を運ぶ。
歩いて五分ぐらいでおばあちゃんの家に着く。田舎にある祖父母の瓦屋根の家と似てているため伊庭護は懐かしさを感じる。
おばあちゃんに続いて玄関に入り、靴を脱いで長い廊下を通り台所まで荷物を置く。
「本当に助かったわ。重かったでしょ?」
「いえ、平気です」
伊庭護は汗を流しながらやせ我慢で答える。
「喉乾いたわよね。今、冷えた飲み物用意するから座って待ってて」
おばあちゃんの勧められた椅子に座る。すぐに冷えた麦茶が出され伊庭護は「いただきます」いうと一気に飲み干した。暑さにもやられ余程喉が渇いたのだろう。
「おかわりはいる?」
「……はい、いただきます」
ニコニコと微笑むおばちゃんは空になったグラスに冷たい麦茶を注ぐ。
「そうだわ。丁度冷えた西瓜もあるんだけど食べる?」
伊庭護は腕時計をみてまだ余裕があるのを確認して西瓜をいただく。おかげで暑さによるダメージは大分回復した。その後、談笑が盛り上がり腕時計を見ると時間がやばいことに気づいた伊庭護は申し訳なく話を切り上げ家を出る。
「伊庭さん、気を付けてね」
「お気遣いありがとうございます。それと麦茶と西瓜ごちそうさまでした」
太陽が頂点に上り一段と暑さが増した歩道を、汗を流しながらひたすらに伊庭護は走った。しばらく走り、会社の前にある信号の前に着く。信号は赤色、伊庭護は深く深呼吸し、足りなくなった酸素を取り込み息を整える。そしハンカチで汗を拭き腕時計を見る。時間は十二時五十分。ギリギリセーフっと思っていると突然電話が鳴りだす。恐る恐る表示された名前を見ると一緒に暮らしている妹の夏鈴からだった。上司からだと思った伊庭護は安堵する。
「もしもし」
『あ、お兄ちゃん。帰りにアイス買ってきてね! よろしく!』
「あ、ちょ……切りやがった。はぁ……仕方ない……」
夏鈴は用件だけ言ってすぐ切ってしまった。忘れないように携帯のメモ欄に記載していると信号は青に変わる。他の待っていた人たちはすでに動き出し信号を渡っている。慌てて伊庭護も携帯をポケットにしまい動き出す。
その時、周囲の人たちが悲鳴を上げて上を見ている。伊庭護も釣られて上を見るとクレーンで上げている鉄柱が伊庭護を目掛けて落ちていくの見えたのが最後だった。
「あれ、ここは……森?」
目を覚ました伊庭護は周囲を見渡すと草木茂る森の中にいた。
「さっきまで信号の所で……あ!」
伊庭護は鉄柱に潰される記憶を鮮明に思い出し全身をくまなく調べる。だけど、体には外的損傷もなく、よくよく見れば手の肌質が良くなっているの感じる。それだけではない、事故に遭うまではスーツ姿だったのに、今では黒のシャツに青いジーンズのズボン着てスニーカーを履いている。出かける時によく着る衣装だ。
「携帯もないのか……ん?」
ズボンのポケットに手を突っ込むとぐしゃっと音がする。取り出すと一枚の手紙だった。早速内容を読む。
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伊庭護様へ
貴方は事故に遭い元の世界では亡くなりました。
人生最後に困っているおばあちゃんを助けたことに私は感動しました。
よって、私の力で貴方をこの世界に転生させました。こちらの世界で新しい人生を送ってください。って言っても不安しかないと思います。なのでこの手紙を読み終わると貴方が最も欲している力を授けます。
神より
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手紙に書いてあるように読み終わると手紙が光りだす。光は伊庭護に吸収された。
「特に……変化はないけど……。それよりも、これからどうしようか……」
見知らぬ世界に一人になり、どうすればいいのか、ここは何処なのか、伊庭護の混乱して不安になりその場で座り込む。その時、目の前にひらりと手紙が一枚、何もないところから現れた。伊庭護は手紙を読む。
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追伸
一人だと寂しいと思うので妖精を送ります。困ったときは妖精に尋ねるといいですよ。
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「妖精?」
すると追加で送られた手紙は伊庭護の掌の上で姿が変わる。四枚の薄緑色の羽に草花で作られた衣装に頭の上には黄色い花飾りをつけた可愛いらしい妖精だ。目をぱちぱちとさせ伊庭護と目線が合う。
「あなたがマモルさんですか?」