不死身のシルヴィア
最近忙しくて更新が遅れてしまうけど頑張って書きます
私は今までに無い以上に必死に逃げている。
これまで数多の戦場を渡り、生き残ってきた。
ミサイルの爆風に巻き込まれても、紛争地帯で拠点が敵部隊に制圧されても、いつ終わるか分からない。
それでも今回ばかりは駄目かもしれない……
私の名前はシルヴィア=スローキン。
暗殺から紛争への介入、破壊工作まで金次第でなんでも行うフリーランスの傭兵だ。
仕事に国境は無く、金次第で敵が味方になったり、昨日一緒に酒を飲んだ仲間を撃ち殺す事だってある。
そんな私がなぜ傭兵になったかと言うと、一重にそれ以外の選択肢なんて碌なもんじゃ無かったからだ。
私はロシアの端、貧しい家に生まれた。
寒さと貧しさに負けずに成長した十八の私は女の子らしい事など田舎では全然できない事に嫌気が差し、はるばるモスクワに出稼ぎするも、なけなしの賃金で生活していくうちに娼婦になる事も考えるくらいに露頭に迷った時、ある広告を見て傭兵をすることにした。
『就職がうまくいかないそこの貴方! 傭兵になってみませんか? 賃金も安定、女性も活躍するアットホームで明るい戦場です! 初心者でも大丈夫。指示の出し方からヘッドショットのコツまで先輩が教えてくれるので、心配いりません。社宅もあります!』
……突っ込みどころが多かったが、都会で借りてるアパートは高いし、体を売るよりかはましだと思ったので傭兵をやってみる事にした。
それからは民間軍事会社で軽いペーパーテストと拳銃の撃ち方の講習をクリアすると、簡単に傭兵になれてしまった。
傭兵というから戦場で撃ち合いをするのかと思っていたけど、そうでもないらしい。
後から知った事だが、傭兵の仕事は最低限の教育を受けていれば簡単になれるらしい。
しかし、なった後が大変だった。
まず最初に多国籍企業という事で言葉を使わなくても意思疎通が出来るジェスチャーを覚えたり、戦況が悪くなり、政治犯として扱われた場合の為の偽造パスポートも作った。
派遣先は中東の国の戦闘が激化している戦線の一局らしい。
ギリギリまでの筋トレや、僻地での戦闘訓練など、戦場で生き残れるように、様々な事を叩きこまれる。
屈強な男達よりかは筋肉を鍛えるわけではないけど、その代わりに破壊工作や爆弾処理の他、止血や血清の作成、銃弾の摘出などの特殊な訓練も受けた。
全てはお金を稼げる人材になるために。
傭兵は戦闘が終結すると契約が切れ、他の民間軍事会社と契約を結ばなければいけない。
その為、せっかく手に入れた社宅と言う名の私室ともおさらばしないといけないのだ。
傭兵は実にブラックな職場だった。あの広告を見た時点で気付くべきだったと言ってももう遅かったけど。
あの広告に嘘は無いかもしれない。でも本当の事を言っている訳でもない。
賃金に関しては非正規雇用だった時よりかはましだけど、それでもそこまでいいとは言えないし、訓練で死なない為の技術も得た。
しかし社宅と言っても実際は派遣先の基地の事で、自分の部屋と呼べるスペースはあまり広くない。
それにアットホームなんて言葉を使っていたけど、女癖の悪い男に寝込みを襲われるならともかく、レズビアンの同僚にまで襲われた時にはしばらく人間不信にまで追い込まれるほどショックだった。
更に夜中に奇襲されることも少なくないので、無警戒で寝られる日なんてぜんぜん出来なくなり、生活自体が傭兵をやっていた時とは全然違うものになってしまったのだ。
その後、手先が器用な事を生かして後方支援や爆弾の作成などの後方での活動がメインとなった。
私の整備した銃やお手製の爆弾は使いやすく、死地でもしもの時の頼みの綱となる物でもあって仲間達の間で重宝されていたし、応急処置が出来るという点でも信頼を得ていた。
また、私も仲間達もウォッカが大好きなため、訓練の終わりや敵部隊の制圧が完了した日の夜に良く酒を飲む。
それはただ盛り上がりたいだけでは無く、明日を生きる為の糧でもあるのだ。
戦場で生きる以上仲間が目の前で死ぬのを見届けたのは一度や二度では無い。
仲間の死は何度立ち会っても慣れる事は無いし、昨日まで好きだと思い始めていた仲間が次の日には物言わぬ屍になっていたことだってある。
そういった悲しみを酒で流さないと傭兵なんてやっていけない。
それでもダメだったらダウナー系の麻薬に頼る。
戦場でいつまでも仲間の死を引きずっていては傭兵として生きていけない。
なので、売人からだったり仲間から流れたものを買って無理やり落ち着かせるのだ。
私は後方支援が多かったのでクスリを打つほど追いつめられる事は無かったけど、戦線で戦う仲間達には欠かせないものなのだという。
そんな傭兵としての生活が半年した時、私の人生を変える出来事があった。
相手側の軍隊の一番上が長期化する戦争に嫌気がさして、今まで戦っていた非正規部隊では無く、正規軍を出してきたのだ。
それにより不意のミサイルが本部を直撃、後方支援をも巻き込む大惨事となった。
その中で生きていたのは私一人。
前線で戦っていたこちら側の傭兵部隊は指揮系統が破滅した事により混乱状態に。
敵部隊に制圧されるや否や生き残りはたちまち降伏し、事実上の負けとなった。
その後私達の雇い主側も追い詰められ、こちら側は完全に敗北してしまったのだ。
生き残った傭兵は皆処刑され敵側、革命軍により残党狩りが行われ、生き残りは居ないと言われていた。私以外は。
私だけはどさくさに紛れて命からがら生き延び、ロシアから派遣される時に作らされた偽装パスポートによって紛争地帯から生き延びる事が出来たのだ。
それからはシルヴィア=スローキンとして生きていく事になる。
今となっては元の名前なんてどうでもいい。
戦場で死んでしまったら私の墓が立つとは限らないのだから。
中東で生き延びた私はアジアに渡り、また傭兵になった。
アジアでも民族対立や反政府ゲリラとの戦争に明け暮れ、何度か爆撃にもあった。
しかしどんな戦況でも私だけは不思議と死ななかった事に気付く。
死にかけた事は何度もあった。でも不思議と生き残っているのだ。
仲間が皆焼死体になって無残な姿を晒す中、私一人だけはボロボロになりながらも生きていたのは一度や二度では無い。
あまりにそういった状況が多かったために敵側の工作員ではないかと疑われたほどに。
探そうにも証拠が無い為処罰や私刑を受ける事は無かったけど、どんなに過酷で地獄のような戦場でも生き残る事から『不死身のシルヴィア』の名で有名になった。
その甲斐もあってか、私個人に対する高額の依頼も少しずつ来るようになり、振れ幅はあっても収入は傭兵を始めた時よりも良くなった。
そんなある時、私はふと思う。いつまでこんな生活を続けるんだろう、と。
傭兵なんて出来るのは若いうちぐらいだろうし、今は『不死身のシルヴィア』なんて言われているけど私はランボーのような屈強な戦士ではないし、今まで生き残れたのは一重に幸運だっただけだ。
いつ死ぬかなんてわかったもんじゃない。
依頼の報酬も良くなったとはいえ、どこかに所属している訳でもなく、フリーランスの身の上である以上は安定とは程遠い。そんなある日、ふと結婚という言葉が思い浮かんだ。
私は何時になったら結婚出来るのだろうか? そもそも結婚なんて私に訪れるのだろうか? と。
いっそのこと高望みになるけれど、金払いのいい依頼主に求婚してみるのもいいかもしれない。
有名になってからは要人暗殺の依頼も増え、そういった依頼をしてくるのはだいたい裏に金と闇を抱えた有力者だ。
つまり、だ。結婚まで持ち込めば生活を安定させる事が出来るだけでなく、汚れ仕事から別れを告げ、玉の輿に乗って楽が出来るのかもしれないのだ。
もしくはお金が無くても私を愛してくれる人がいるのなら、この血生臭い稼業から手を引くきっかけになりえるのかもしれない。
ミャンマーで少数民族のゲリラと戦っていた時の仲間曰く、私はアジア人の好みの顔をしているらしい。
最初に所属していた民間軍事会社でも愛の告白を受けたぐらいだし、客観的に見て私は美人と言えるのだろう。
筋肉の付き方も男性のようなバキバキの筋肉では無く、しなやかな女性らしい筋肉の付き方をしているから筋肉質と言うより、むしろスリムに見えるはずだ。
ただ、大きな問題が一つある。
私が好きになった人は必ず死んでしまうのだ。
私がどんな戦場で生き残るのと一緒で、好きになった人がいい感じになってから三日以上生きていた事は無い。
中東で隣にいてくれた初恋の人は不意の凶弾に頭を貫かれ、タイの市街戦で命を救ってくれた青年も敵に囲まれ蜂の巣になってしまった。
時には要人暗殺の依頼をこなす為にこの体質を利用したことすらある。
私の夫となる人はそんな運命すら捻じ曲げるような人なんているのだろうか?
そんな中、半壊したロシアンマフィアから、ある依頼を受ける。
依頼は日本屈指の有力者の一族の跡取り、華鳳院狂夜の暗殺だった。
彼は旧華族の末裔にして、現在の国政においても強い影響力を持っている華鳳院家の跡取りでありながら、殺戮愛好という異常な性癖を満たす為にあらゆる反社会的勢力を壊滅に追い込んできたらしい。
依頼主の組織もその一つだとか。
その為裏社会では五千万ドルという破格の懸賞金が賭けられており、組織単位でその首を狙う者が沢山いるものの、返り討ちか失敗に終わっているらしい。
そんな中、『不死身のシルヴィア』ならと接触を試みたのだそうだ。
今回、人を依頼人側からいくらでも出す代わりに懸賞金は山分けするそうだ。
その時は全体の十分の一、五百万ドルが支払われるとの事。
正直、そんな大金を出しておきながら今までに何度も返り討ちにあっているという事は私が暗殺してきた要人達とは比べ物にならないくらい厄介な相手なのだろう。
とはいえ、しばらく仕事を休めて拠点まで構える事も出来る大金には抗う事は出来ず、最終的に承諾したのだが……襲撃に失敗。話は冒頭に戻る。
ダミーの二段構えは行けると思っていたけど、どうやら相手は強いだけでは無く、とてもしぶといらしい。
近接戦闘では歯が立たなかったからいつもの幸運を頼りに自爆に見せかけた上で致命傷を負わせるつもりだったのに、あろうことか華鳳院狂夜は窓から飛び降り、爆風から逃れたのだ。
軍事政権を指揮する独裁者すら葬ってきた自爆でも生き残るなんて、もはや人間かどうかも疑わしい。
それに近接戦闘の時も屋敷の庭に落ちていく時も、一貫して奴は終始嗤っていた。
今までに無いほどの恐怖。
中東で一人いつ殺されるか分からない中亡命した時だって、ここまで恐ろしいと思った事なんてないだろう。
私は生きてきた中でこれ以上無く一人の人間を心の底から恐ろしいと思っているのだ!
そして更に不幸なことに、私は彼の護衛と思わしき武装した執事姿の軍人達が屋敷中から私を即座に捜索、見つけるや否やスコーピオンと呼ばれるマシンガンで襲撃して来た。
この屋敷はひょっとして革命後の新興した軍事国家の首領官邸か何かと疑うほどに執事姿の軍人が多い。
スキンヘッドのインカムを付けた中年の執事軍人が私を発見し、銃を向けながら叫ぶ。
「報告、屋敷を襲撃した女を一階二番目の空き部屋跡にて発見! リーダー、処遇はいかがされますか?」
私はすぐに屈み、スタングレネードを投げて目を覆う。
相手も目を覆い、その隙に窓をぶち破って屋敷から抜け出す。
「女は野外に逃走! 外見や手口から『不死身のシルヴィア』と推測されます!」
スキンヘッドは一瞬で私の事を『不死身のシルヴィア』と断定したというのか!
相手はその筋の人間なのかもしれない。
ここは本当に日本なのだろうか?
私の前調査では武力勢力が国内に存在するものの、国全体で見れば平和な国だと聞いていたはずなのだが……どうやらその筋の情報は改ざんされた偽情報だったのかも知れない。
スキンヘッド以外の執事軍人も集まり始め、状況は秒刻みで悪くなっていく。
執事姿の軍人は皆五、六十代ぐらいの歴戦の猛者と言えるような者ばかりで、凄まじいほどの殺意を周囲に向けている。
主人が化け物のような男なら、部下も似たようなものになるらしい。
私は屋敷の茂みに隠れ、インカムで伝令を送る。
『シューターアジン、シュータードゥヴァ、シュータートゥリー、総員即座に撤退せよ! 暗殺は失敗した! 拠点Aにて合流せよ!』
『シューターアジン、了解。撤退を開始する! 幸運を祈っ、ぐは……!』
『シューターアジン、応答せよ! 応答せよ!』
『…………』
依頼主から借りたスナイパー、シューターアジンに応答を呼びかけるも、返事が無い。
何が起こっているのだろうか?
『こちらシュータードゥヴァ、オブサーバーに要請! シューターアジンは屋敷から出てきたスナイパーに狙撃され応答不能! 屋敷の外側から次々と執事姿のふざけた軍人達が来てる! 援助を要求する!』
『こちらシュータートゥリー、こっちも同じく執事姿の軍人が二個小隊規模で接近! このままじゃ蜂の巣にされちまう!』
私が発見されてから一分足らずで味方の一人が殺され、他二人も位置を特定されて追い詰められてしまった!
「なんて対応力なの!」
きっと執事姿の軍人も彼らを指示するオペレーターもとんでもなく優秀に違いない。
これが味方だったらこれ以上無いくらい頼もしいけど、悲しい事にそんな相手が全力で殺しに来ている。
きっと仲間は助からないだろう。
私一人だけでも何とかここから抜けなければこの作戦はただの無駄死にでしかない!
そう思っていた矢先に私も周りはすぐに執事姿の軍人に包囲され、一斉に銃口を向けられてしまった。
「狂夜様に仇なす者に死を」
「殺すにはもったいない美人だが命令なんでね、派手に死んでもらおう」
「息子の嫁に欲しいぐらいだか仕方ない、潔く死んでくれ」
「ボスを狙ったのが運のつきって訳だ、無残に死にな」
執事達は口々に好き勝手な事を私に言い放つが、私はまだあきらめない!
素敵な夫との幸せな結婚も、安定した生活もしてないのに死ねるものか……!
私は即座にフルフェイスのマスクを背中のリュックから取り出して被った後に、自家製の爆発する時間を短くした手榴弾を一メートル先に投げた。
執事姿の軍人達な即座に退避、手榴弾は爆発し、私を爆風が遠くに吹き飛ばす。
私のとっておき、偽装自爆を発動する。
それは追い詰められた時のみ、手榴弾で自分ごと敵を吹き飛ばし、私だけは生き残るという無謀で無策な時にだけ使う私だけが出来る手段。
対爆風ベストを着ているとはいえ、普通だったら良くて大けが、下手したら死んでしまうだろう。それでも生きている。
『不死身のシルヴィア』の名前は伊達ではない。
恐らくこの衝撃によって骨の一本や二本は確実に折れるだろう、それでも死ななければそれでいいのだ……!
そして私は五メートル先に飛ばされるも、何とか立てるぐらいの損傷で済んだ。
追っ手はすぐに来るだろう。
落下地点のすぐ近くにあったマンホールをどかして下水道に下りる。
早く、早くこの場を離れなければ!
私は背後を常に気を付けながら下水道を歩いて行った。
「狂夜様、報告致します。暗殺者三人の射殺は完了しましたが……『不死身のシルヴィア』は逃走、襲撃班が現在も捜索していますが、行方は掴めていません……」
やはりあの女は死ななかったか。
半分願望、半分期待だったが、私の目に狂いは無かったようだ。
「そうか、お前達でも駄目だったか……仕方ない、奴らを差し向けてきた先はこないだ潰したロシアンマフィアの残党のはず。洗いざらい探し出して、首謀者を叩き出せ! 華鳳院に仇なす者に死よりも恐ろしい地獄を見せろ!」
「イエス、ボス!」
連絡役の執事が去った後、私は別の班の執事をこっそり呼び出す。
「……狂夜様、如何されましたか?」
「シルヴィア=スローキンという女を見つけ出して報告しろ。襲撃班に見つかる前にな」
それを聞いた執事は眉を顰め、怯えたように口を開く。
「狂夜様、正気でいらっしゃいますか……! 私達にあの襲撃班に追われている女を見つけるなんてどれだけ難しいか……! それに私達は華代様の……」
そう喚く執事の頭を不意に掴み、圧力を加えた。
執事は苦しみながら、顔中がみるみる内に顔色が赤くなっていく。
「戯言を抜かすんじゃねぇぞ! お前らのボスは母だが、俺が手を出せない訳じゃねぇ。それにこれは嫁探しも兼ねてるんだ。それを知れば人を寄越してくれるだろうよ」
つい、口調が荒くなってしまった。
華鳳院家の諜報を担当する執事達は主に母の部下達で、迂闊に手を出すのは息子の俺でも難しい。
しかし、家長の座を盤石にするための結婚に繋げられるというならば、喜んで人を出してくれるだろうという確信があった。
病気性愛の下の兄、憐翔兄様が冥府にハネムーンしに行ってからは本格的に焦っていたし、こんな狂人の家系に名を連ねてくれるなら願ったり叶ったりと思ってくれるはず。
頭から手を放すと、執事は頭を片手で抱え、ふらつきながら返事をする。
「……分かり……ました……華代様に……そう、伝えます……」
倒れそうになりながらもちゃんと礼をして去るのはちゃんとした執事である証拠だ。
母の手下とはいえ、華鳳院家に十年以上仕える男である。
今度何か侘びとして贈り物をしよう。
諜報部隊は、今後家長として政界の重要ポストに立つ以上は欠かせない存在。
なし崩し的に家長にさせられてしまいそうな現状で墓穴を掘るような事はあまりしたくないし、その時までは出来るだけ平和な関係でいたい。