第十九話 ロートル冒険者、魔王を正す(後)
本日は二話投稿しています。
まだの方は、前の話からお願いします。
「降伏だと? なんのつもりだ? 俺を殺すのではないのか?」
呼吸を落ち着けながら、男は昂然とマリーベルを見上げた。
爆発に巻き込まれながらも戦意は衰えておらず、不利を悟りながらも逃げ出すことはない。
男にとっても、千載一遇の好機。
実力差は歴然としているが、それでも、逃げ出すという選択肢はなかった。可能かどうかは別にして。
「俺を失望させるな。俺が殺すに足る魔王振りを見せてみろ」
「はっ。殺さねばならぬほど、強くもないわ」
そう。マリーベルに、男を殺すつもりなどない。苦しますつもりも。もちろん、鬱憤を晴らすつもりもだ。
「ああ。俺は弱い。だが、勝負と生死は別の所にある」
「囀りおる」
表面には出さず、マリーベルは密かに嘆息した。できれば、あれで終わらせたかったのだが、そうはならなかった。あるのは、それへの悔恨。
(なんとかして、理性を持たせるしかないの)
念話で語ることもできない、本音。
作られた笑顔を浮かべたまま、マリーベルは聖句を詠み上げた。
「人であらんとするため、我、怪物となる」
うぞうぞぞぞぞ。
それを合図に、血の人形が血に返り、マリーベルへと戻って行く。ただし、体内に回帰するわけではない。
血が真紅のドレスとなって妖艶に飾り、残った血はカタナとなってマリーベルの両手に収まった。
赫の大太刀。
赫奕たる刃が出現し、真っ先にアベルが反応した。《支配》は変わらず続いているが、声は出せる。
「心臓潰さなくても作れるのかよ!?」
血に充分な命血が含まれていれば、その限りではなかったようだ。
こればかりは、才能があるとはいえ、新参者であるアベルにはどうしようもない。
「ようやく、化けの皮が剥がれ始めたな」
変わらず作られた笑顔を浮かべるマリーベルに、男は嘲笑を投げかけた。
「死ぬでないぞ」
マリーベルは、一言だけ口にして瞬時に加速した。
いかなる理屈で距離を詰めたのか分からない。
確実なのは、長く伸びた射干玉の黒髪が盛大に舞い、一対の赫の大太刀が振るわれた。
男は、反射的にクロスボウとショートソードで受け止めようとする。
いや、受け止めた。
結果的に、諸共粉砕されただけ。
インパクトの瞬間、二本の赫の大太刀が爆発し、四散し、男の武器を破砕し、向こうの壁まで数メートル吹き飛ばした。
そして、補修されたばかりの下水道が、一部、また破壊される。
「……マリーベル、やべえ」
相手がシャークラーケンなら、今の一撃で終わっていただろう。
狩人が生きているかは、瓦礫の中に埋もれているので分からない。
――にもかかわらず、マリーベルは駆けた。
「人であらんとするため、我、怪物となる」
再び聖句を唱え、赫の大太刀を創造。
瓦礫の中で、男が動いた。
なにかを取り出したようだ。
しかし、マリーベルは止まらない。罠ではあろう。だからどうした? それと一緒に踏みつぶすだけ。
王者の決断を下し、双刀を交差させながら振り下ろす。
その交わる場所。
男の首元に、きらきらと光る物体が出現した。
「このときばかりは、神に感謝をせざるを得ないな」
薬神のポーションが入っていた瓶。
中身が神の手によるものであるならば、容器もまた特別。
「なんとぉ……ッッ」
瓶が一対の赫の大太刀をはじき返し、粉々に砕け散った。
まさに、奇跡。
「でも、ぶっ壊れたときの爆発までは――」
赫の大太刀を使い続けてきたアベルには、分かる。
刃そのものを止めても、続く爆発を食らうだけ。
だが、奇跡は、続いた。
爆散。
そして、逆流。
「そこまでか!?」
粉々になったポーションの瓶。その一欠片一欠片が爆風を受け止め、元凶――マリーベルへと跳ね返した。
それを追い風に、男は、隠し持っていた白木の杭を取り出した。
もう一度、奇跡を起こすため。
「ぐぬっ」
「終わりだ……魔王……ッッ!」
吸血鬼へ掛けられた、幾重もの呪い。
その中で最も致死性の高いのが、『自然の慈悲』だ。
だが、生に倦み、理性を失い怪物と成り果てた吸血鬼には福音でもある。
最後の力を振り絞り、爆風を受けて隙だらけになったマリーベルの心臓へ目がけて投擲。
さらに男は最後の最後の力を集め、拳を叩き付けて押し出した。
どんな吸血鬼も、白木の杭で心臓を貫かれては無事ではいられない。
命と引き替えにしてもいい。
消えかけた命では不足というのならば、魂も差し出そう。
だから、この一撃だけは――
「穿て!」
「《金剛》」
――届かなかった。
マリーベルを覆っていた血のドレスが、その一点に集まり、白木の杭を弾き返す。血のドレスは雲散霧消したが、被害はそれだけ。
血制ひとつで、奇跡が打ち消された。
神の加護を受けても、なお、届かない。
男が、その場に崩れ落ちる。
対照的に、マリーベルは笑っていた。
笑ったままだった。
「良い。そうこなくてはな」
マリーベルの全身から、真紅のオーラが吹き上がった。
肉体を覆うひび割れのような紋章が、猛烈な勢いで広がっていく。
まだ余力を残していた。
ここからが、本番。
魔王の本領発揮。
動けない体で、男は圧倒的な殺戮劇を待ち受ける。
また、首をねじ切られるのか。
ひと思いに心臓を貫かれるのか。
それとも、まず四肢を切断されるのか。
あるいは、爆風で跡形もなく消滅させられるのか。
皮肉気な微笑を浮かべ、男はその時を待つ。
「そこまでだ」
――だが、その時は永遠に訪れることはなかった。
「いい加減にしろ!よ、マリーベル!」
魔王が、背後から頭を叩かれたからだ。
棺で。
「おぶっ」
ずざざざーっと、まるでふざけているかのようにマリーベルが地面を滑っていった。
顔から。
妖艶で畏怖すら感じるマリーベルとの落差が酷すぎて、笑うことも難しい。
『いい一撃だった さすがマリーの旦那様』
『そこは、スーシャのご主人様でいいよな!?』
『くふふ言質げっと』
別方面で笑っている魔王の親友はいたが。
「なにをするか!?」
「そりゃ、こっちの台詞だバカ!」
「親に向かって、バカとは何事じゃ!」
「ほんとに殺しかけてんだから、バカとしか言えねえだろ!」
「……おや?」
思い出す。
確認する。
起き上がる。
「うむ。すまぬ……」
そして、素直に謝った。
気付けば、全身の紋章を初めとした変化はすべて初期化されていた。
「しかしあれじゃな。余の危機に力に目覚めて止めに来るとは、アベルらしからぬヒロイックな行動よな」
「そんな都合のいいこと、起こるわけねえだろ」
「では、なぜ汝が動けておるのじゃ?」
「突然、《支配》が解けたからだよ」
「なん……じゃと……?」
余程ショックだったのか、マリーベルが愕然と膝をついた。
力の維持も忘れた。
目の前のことしか考えていなかった己に絶望する。
「……なにが……望み……だ」
そのマリーベルに、満身創痍の男が問いかけた。
「俺は……一人……で、最初から負けていた……のだから、な」
敗者の義務を果たそうと。
「俺の命――」
「それは要らぬと、言ったじゃろが」
素早く立ち直ったマリーベルが、かぶせるようにして否定した。
威厳に満ちた声で。
ただ、もし充分に明るい場所だったら、耳がわずかに紅潮していたことを、アベルでも気付いたかも知れない。
「まさか……復讐は不毛だから、止めろ……というのではないだろうな?」
そんなことを言い出したら、こちらから死んでやろう。
今にも死にそうな男は、最後まで信念に生きようとしていた。
「言っても聞かぬであろうし、自分勝手なことは言わぬ」
静かに否定し、マリーベルは要求を告げる。
「その目で、確かめ続けよ。余やその子、子々孫々に至るまで正しき道を歩みつづけることを」
「…………」
思いつく限り、最も効率的な要求を。
「悪を為し、非道を歩んでいると感じたならば、その時は正し――殺しに来るが良い」
「そんなことか」
「そんなことじゃ」
和解はしない。
赦しもしない。
しかし、妥協はできる。
もはや、個人と個人とのやりとりではない。敵対する国同士の和平と同じだ。
かつて魔王と呼ばれた吸血鬼の王は、彼女らしい要求を突きつけ。
「……今この場で俺を殺しも、取り込みもしなかったことを後悔するがいい」
納得したわけではない。復讐心が消えたわけではもない。
しかし、それは実に正しかった。
だから、男は受け入れた。
それが、男の信念だったから。
なんとか、シリアス持続した!
というわけで、明日エピローグを更新して完結予定です。
今しばらくのお付き合いをお願いします。




