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ロートル冒険者、吸血鬼になる  作者: 藤崎
第四部 ロートル冒険者、封印に挑む

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第十六話 狩人、魔王と再会する

 男は、笑いをこらえるのに必死だった。

 必死に、下水道を歩んでいた。


 否、歩かされていた。


 下水道とは思えない清潔さで、ダンピールの感覚でも不快な匂いはほとんどない。棲み着いているダイアラットも、男を恐れて出てこようとしなかった。


 逃亡先にもかかわらず、快適。

 その皮肉さに、苛立ちよりも先に笑いが出る。


 そう。吸血鬼(ヴァンパイア)を狩るために冒険者ギルドで待ち伏せをしていた男は、逆襲を受け下水道へと逃げ込んだのだ。


 正確には、違う。そのように誘導されたのだ。


 時折、壁に手をつきながら下水道を歩く男は、皮肉気に顔を歪めた。


 狩るつもりが、逆に追い詰められている。手抜きすらされている。


 笑うしかないではないか。


 サイズを自在に変える魔狼は、どちらの大きさでも厄介で。一対一だったとしても、勝負の天秤はどちらに傾くか分からなかった。

 特殊な能力はないが、獣の身体能力は厄介だ。なにより、執拗だった。まるで、主人を狙った復讐をするかのよう。


 執拗さは、吸血鬼(ヴァンパイア)と、その血袋たちも同じだった。


 ダークエルフは魔狼と連携して、男を確実に追い詰めていった。

 技量的にはそこまでではないが、なんらかの手段で力を増幅させているのだろう。百戦錬磨の男でも手こずらされる。


 そこに、吸血鬼(ヴァンパイア)の弓と、魔術師(ウィザード)の的確な支援が加わり、逃げるのがやっとだった。


 いや、正直なところ、気圧されていた。


 目の色が違うとは、まさに彼女たちのこと。長く吸血鬼(ヴァンパイア)を狩ってきた男ですら、手を出したのが過ちだと後悔しかけるほど。


 もちろん、こちらも覚悟を決めたなら、一人か二人は道連れにできたはずだが、ここで。魔王マリーベル・デュドネをあと一歩まで追い詰めたところで、死ぬことはできなかった。


 今のこの事態が、魔王をあぶり出すために他の吸血鬼(ヴァンパイア)に手を出した結果というのが、実に皮肉だったが。


「あと、どれだけ持つか……」


 男は立ち止まり、壁により掛かった。座って休息を取らないのは、なにかあってもすぐに対応できるようにするため……だけではない。

 本格的に休息を取ったら、立ち上がれるか自分でも分からなかったからだ。


 四肢はくっついている。

 だが、戦いの過程で指は何本かなくなっていた。体にも、何カ所か穴が空いている。理術呪文を受け、火傷も何カ所かあった。


 痛みは、制御できる。

 疲労も、短時間なら無視できる。


 吸血鬼(ヴァンパイア)には劣るとは言え、ダンピールだ。怪我も、そのうち治る。


 けれど、戦闘力という意味では心許ない。


 袋小路に追い込まれている。


 怒りをたたえ。それこそ、男のことを仇を見るような目で襲いかかってくる吸血鬼(ヴァンパイア)と血袋たち。


 彼女たちの瞳を思い浮かべることで、男は自分の中の怯懦を追い出した。あの瞳をした相手が、易々と逃がしてくれるとは思わない。


 生き残りたければ、戦うしかない。


 そう決意を新たにしたところで、ダンピールの聴覚がひたひたと迫る足音を捉えた。


 聞かせているのだ。

 男を、追い立てるために。


 だからといって、正面からやって勝てる保証もない。


 男が逃げている間は、襲ってこないことは分かっている。


 少しでも傷と体力が回復してから挑めるよう、男はまた、歩き出す。


 顔に、皮肉気な微笑を張り付けたままで。





「アベル!」

「義兄さん!」


 先んじて、アベルと打ち合わせた合流場所――狩人(ハンター)を追い込む地点に到着していた、エルミア、ルシェル、クラリッサ。


 シャークラーケンが天井を突き破って地上へと飛び出したその場所で、エルフの姉妹が歓声をあげた。


 驚いて、クラリッサが周囲を見回すが、変わったところはなにもない。


 修繕されたばかりで、他よりも新しい部材が目立つが、下水道は下水道。


 アベルが、いるはずもない。


「あの、お二人ともなにを……」


 おずおずと、慎重に。エルミアとルシェルを傷つけないよう。クラリッサが声をかける。


 その配慮は尊いものだったが、直後、事態が動いた。


 エルミアとルシェルの視線の先に、鏡のようなものが現れた。しかし、鏡面に映し出されているのは下水道の光景ではない。

 鏡の先にあるのは、どこかの庭園と城のような建物。


 その鏡から、足が伸びた。


「アベル!」


 鏡から出てきたのは、見慣れたアベルと、コフィンローゼス。


「それに……もしかしてマリーベルさんですの!?」


 そして、見慣れてはいないが、どこか既視感のある美女。さらに続いてウルスラも鏡から抜け出してきた。


 そこで役目を終え、鏡らしきものが消え去った。


 転移してきたアベルが、周囲を見回し、感心する。


「おお……。場所もタイミングもばっちりだ」

「配慮して下さったのかもしれぬな」

「どちらかっていうと、天然で偶然の幸運ってほうが、らしい気がするぜ」

「……それもそうじゃな」


 言葉を交わす二人の下に、森の青葉を思わせる瞳を瞬かせ、エルミアが駆け寄っていく。まるで、クルィクの代役でも務めるかのように。


「アベル、無事だったのだな」

「ああ、エルミア。そっちも……大丈夫そうで良かったぜ」

「まあ、私は、心配はしていませんでしたけど。義兄さんを信じていましたから」

「それは、わたくしたち全員が同じ気持ちですわ」


 再会の喜びが一回りすると、視線と疑問が大きなマリーベルへと集中する。

 それを理解しつつ、アベルは後回しにせざるを得なかった。


「マリーベルで間違いないぜ。でも、細かい話は後だ」


 長くなるし、神様が出てきたなどと説明しても混乱するだけ。


「とにかく、マリーベル殿は無事なのだな?」

「ああ、封印を解いてもらってきたぜ」


 エルミアが、目を大きく見開いて驚きを表現する。

 その衝撃は、ルシェルもクラリッサも変わらない。


「さすが義兄さんですね」

「そうだな」

「ですわね」


 真っ先に立ち直ったルシェルが、アベルを褒めそやす。詳細はまだ分からないが、アベルがなにかして封印を解いたに決まっている。

 詳しい話を聞くのが楽しみだった。


「すまぬ」


 そこに、マリーベルにしては珍しく。申し訳なさそうにルシェルとクラリッサに声をかけた。


「ルシェルか、クラリッサのどちらか、血を分けてもらえぬか」


 指名された二人が、無言で顔を見合わせる。

 こうなることは予期すべきだっただろうし、ルシェルはすでにエルミアへ血を与えている。


 それでも、アベル以外から血を求められたという現実に、ルシェルとクラリッサは答えを出せずにいた。


「もし、お二人が旦那様に操を立てるというのであれば……」

「ウルスラーーーーーー!」


 アベルの絶叫が下水道に響く。

 マリーベルは額を抑え、小さなうめき声をあげている。

 スーシャはきっと、棺の中で拳を握っているに違いない。


「旦那様がお二人のどちらかからお吸いになって、さらに旦那様からお嬢様が吸うという方法もありますが?」


 しかし、エルミアたちは、そんなリアクションを認識していない。


「だ」

「んな」

「さま」


 打ち合わせもなにもなく、三人はひとつの単語を読み上げた。


 旦那様。

 坊ちゃんから、旦那様。


 この呼び名の変化が、なにもなく訪れるだろうか。いや、到底思えない。


「アベルが旦那様とは、どういうことだろうか?」


 代表して、エルミアが疑問をぶつけた。

 きっとまなじりをあげ、嘘もごまかしも通用しないと言わんばかりに。


 そう。これは質問ではない。


 尋問だ。


「エルミア、落ち着くのじゃ」

「私は冷静だが?」

「落ち着いて、目の光を取り戻すのじゃ」

「姉さんの瞳はともかく、私も気になります」

「ええ。特に、アベルとの関係など猛烈に気になりますわね」

「――なんだ、この馬鹿騒ぎは」


 ちょうどその時。

 クルィクに追い立てられた、狩人(ハンター)が姿を現した。


 疲労困憊でたどり着いてみれば、繰り広げられてるのは痴話喧嘩。


「なぜ、魔王がここにいる?」

「今は、それどころじゃありません」

「黙って、そこで待っていなさい」


 エルフの魔術師(ウィザード)とダークエルフから、にべもない反応をされても、男の意識は疑問で埋め尽くされたままだった


 なぜ、魔王がここにいる?

 封印が解けたのか?

 魔王にかけられた特別な封印が解けるものなのか?


 いや、それよりもなによりも。


 あの暴虐なる魔王マリーベル・デュドネが、年頃の少女のように、振る舞っている?


 なぜだ。なぜだ。なぜだ。


「どうして、今になって、魔王の姿を捨てたのだ!」


 男から、数百年も蓄積した想いが、溢れ出した。

シリアスシリアスシリアス。

というわけで、次回からはクライマックスだしシリアスですよ、シリアス。

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