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ロートル冒険者、吸血鬼になる  作者: 藤崎
第四部 ロートル冒険者、封印に挑む

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第六話 狩人、対面する

 最後のポーションを飲み干し、男は瓶を放り投げ捨てたくなる衝動をこらえた。

 空き瓶を強く握りしめてから、無限貯蔵のバッグへと無造作に放る。


 そしてまた、夜闇の中、冒険者ギルドを監視する仕事に戻った。


 自らのうかつさに、歯がみをする思いで。


 もどき(・・・)ではあるが、《影惑(オブスキュア)》の血制(ディシプリン)を使用しているため見つかる心配はない。


 けれど、万全にはほど遠かった。


 使い魔のジャイアント・バットを潰されたのは、痛手だった。殺された反動で男の傷はより深くなり、それ以上に、目が減ったのが痛い。

 結果、冒険者ギルド以外の監視は諦めるしかなかった。


 こんなミスをしたのは、狩人(ハンター)として活動を始めて少しした頃――師であり育ての親を亡くした、あの時以来だろう。

 ダンピール――吸血鬼(ヴァンパイア)と人の混血という呪われた男を引き取った、特異な人間だった。


 男は、しばし瞑目して師の残像を振り払う。


 全盛期。主神が到来する前であれば、絶対にこんなミスはしなかった。本音では認めたくはないが、そうも言っていられないようだ。


 自分は、衰えている。


 300から数えるのを止めた自らの年齢に思いを馳せながら、男は皮肉気に口の端を上げた。

 あるいは、魔王マリーベル・デュドネを仕留められるかもしれないと、浮き足立っていたのかも知れない。


 滅多にないことだが、同時に、それも無理はない状況でもあった。


 ファルヴァニアの封印に綻びが出たと聞いたときは、今までにない高揚を感じた。


 取るものも取りあえずファルヴァニアへ向かったものの、アルシア、ファルヴの両神の司祭(プリースト)が総出で補修をしたため、間に合わなかった。心の底からの落胆を憶えた。


 それでも、血の絆を用いて封印を越える魔王マリーベルを捕捉し、なんとか本体に迫ったときには、感動で手が震えた。


 寸でのところで、機甲人(ウォーマキナ)に阻まれたときには、この上ない怒りを胸に撤退を余儀なくされた。


 堅く引きこもられ、もう手出しできないか……と諦め掛けたその直後、別の吸血鬼(ヴァンパイア)を見つけた。


 短期間で、これだけの浮き沈みを感じたのだ。吸血鬼(ヴァンパイア)を殺すだけの機械だった男の心も、動揺はする。


「失敗を、どう挽回するか。それで、男の価値は決まる……か」


 冒険者ギルド近くの建物。その屋上に身を潜ませながら、男はつぶやいた。もう、思い出せないほど昔に師から聞かされた言葉を。


 それで、不思議なほど心が落ち着いた。


 黒いマントに身を包み、男はその時を待つ。


 あの吸血鬼(ヴァンパイア)が、再び冒険者ギルドにやって来るその時を。


 反撃を加えてきた手腕。さらに、こちらが用意したトラップを見抜いてたのか、あの見事な引き際。

 一緒にいたダークエルフは、冒険者ギルドの職員ということまでは調べがついてる。恐らく、あの吸血鬼(ヴァンパイア)も冒険者として活動しつつ、擬態していたに違いない。


 冒険者としての臨機応変さを身につけた吸血鬼(ヴァンパイア)など、悪夢でしかなかった。


 しかも、受付嬢と親しげにしていたところを見ると、冒険者ギルド自体に吸血鬼(ヴァンパイア)の影響が深く浸透していることも考えられた。


 魔王マリーベル・デュドネと関係しているのか。そこまでは、分からない。

 けれど、今まで狩人(ハンター)である男に存在を気取らせることなく力を蓄えてきたことを考えると、強力な個体であることは間違いなかった。


 だが、困難など承知の上。立ち向かわないという選択肢はない。


 この呪われた血の使い道などひとつ。

 吸血鬼(ヴァンパイア)を殺す。最後の一匹まで、殺し尽くす。ただ、それだけなのだから。





 事態が動いたのは、夜半過ぎになってからだった。


 人目を忍ぶように、三人のエルフ――いや、一人は見覚えのあるダークエルフだ――が、冒険者ギルドの裏口へと近づいていく。

 この時間でも、最低限の人員ではあるが、冒険者ギルドは動いている。だから、訪れる人間がいるのは、珍しいかもしれないが不思議ではない。


 だが、マントの中に隠されたアミュレットを握った男は、深くかぶったフードの奥で、より一層目を細めた。


 そのアミュレットは、男が取った唯一の弟子にして、愛した女との思い出の品。

 精神を集中することで、視界内の魔法の効果と吸血鬼(ヴァンパイア)の存在を感知することができる。


 男の狩人(ハンター)としての支えてきたマジックアイテムが、そのパーティの異常さを伝えてくる。


 街中で深夜だというのに、幻術系の呪文を使用し。

 そして、三人のうちの一人から、吸血鬼(ヴァンパイア)の反応があった。


 つまり、一人は魔術師(ウィザード)で。

 その呪文を受けて、吸血鬼(ヴァンパイア)の男が、女のエルフに変装しているということになる。


「小細工か……」


 性別まで変えて、小賢しいことだ――とは思わない。

 吸血鬼(ヴァンパイア)は強力なモンスターであると同時に、慎重さも兼ね備えているものなのだ。

 それは、六大の源素王から与えられた呪い――弱点に起因する。


 弱点があっても、突かれなければいい。明確な弱点が存在するがゆえに、さらに強力な存在となる。なんとも皮肉な話だった。


 ゆえに、男は全力を尽くす。


 無限貯蔵のバッグからクロスボウを取り出し、《影惑(オブスキュア)もどき(・・・)を維持したまま狙撃地点へ移動。


 屋根の上で膝をつき、風の源素の祝福を受けたボルトを装填する。吸血鬼(ヴァンパイア)が擬態したエルフへ照準を合わせた。


「《狙撃手の宴(スナイパーズ・レイヴ)》」


 第一階梯の、同時に、幸運と商業の神ラーシアの信徒も愛用する、射撃支援呪文。

 それを使用した男の視界が拡大され、意識が研ぎ澄まされる。


 狙いは、吸血鬼(ヴァンパイア)の殺害ではなく無力化。


 まずは元凶となる吸血鬼(ヴァンパイア)を捕らえ、洗脳され哀れな血袋(・・)となったエルフとダークエルフを解放しなくてはならない。


 男の指が、トリガーにかかった。


 ――その時。


「ゥワンッ!」

「なんっ」


 死角から黒い狼が飛びかかってきて、男を地上へと追い落とした。

 それだけに留まらず、黒狼――は一瞬だけ巨大化し、男を大きく蹴り飛ばす。


 怒りのこもった攻撃だった。


 ボールのように飛んだ男が、吸血鬼(ヴァンパイア)の前に落下する。


「くっ……」

「手荒な招待をお詫びしますわ」


 完全に、はめられた。

 動揺の気配が感じられないダークエルフの様子に、男は歯がみする。


「わたくしは、クラリッサですわ。名前をお伺いしても?」

「名など捨てた」


 膝をつきながら、男は答えた。

 引っかけられてもなお、冷静さは失っていない。


「そうですの。では、あなたは、吸血鬼(ヴァンパイア)狩人(ハンター)だという前提で話を進めてもよろしくて?」

「話をする気はない」


 そう突き放しながらも、男は敵対的行動を取ろうとはしなかった。

 反省は後からでも、できる。今は、生きてこの窮地から脱するのが最優先。


「では、一方的に話をさせていただきますわ」


 最初の襲撃の時にいたダークエルフが話を主導する。

 エルフに擬態した吸血鬼(ヴァンパイア)と、もう一人のエルフは、無言で男を警戒していた。


「かつては吸血鬼(ヴァンパイア)たちも、それは悪いことをしていたのでしょう。それは、存じていますわ」


 この世界の住民なら、子供でも知っている。

 同時に、主神から厳しい制裁を受けたことも。


「けれど、わたくしたちを救ってくだされたイスタス神は、死で罪を償わせるのではなく、改心を望まれましたわ」


 吸血鬼(ヴァンパイア)の洗脳を受けてもなお、ダークエルフは神を語った。


「マリーベルさんは主神の制裁を受け、数百年も封印されていました。それでもなお、罰を与えると言いますの?」


 ダークエルフから糾弾を受けても、男は動じない。

 そんなことは、何百年も前から分かっている。


「無論だ」


 短く断言し、フードを取り去った。


 短く刈り込まれた、褐色の髪。

 閲した時を感じさせる目元のしわ。

 半ばで千切れた右の耳。


 そして、チョーカーのように首を一周する傷跡。


 老境に差し掛かりつつある男は、その年齢に似合わぬぎらついた瞳でダークエルフを、エルフを。そして、吸血鬼(ヴァンパイア)を睨め付ける。


 特に、吸血鬼(ヴァンパイア)に擬態したほうのエルフを射抜く視線には、憎悪がこもっていた。

 自ら語るのではなく、洗脳した血袋(・・)に正論を述べさせ狩人(ハンター)を嬲るなど、いかにも吸血鬼(ヴァンパイア)で反吐が出る。


「主神の意向も威光も、俺には関係ない」


 陽光の下での活動を可能とするマジックアイテムのマントを翻し、狩人(ハンター)の男は、クロスボウを抜いた。

 同時に、手慣れた、そして、目にも止まらぬ動作で銀のボルトを装填する。


「グルルルルルッルッッ」


 そのタイミングで先ほどの狼が追いつき、男の退路を塞いだ。


 勝てるのか、それとも、ここで果てるのか。

 歴戦の狩人(ハンター)でも、容易に判断がつかないこの状況。


 ただ……。


 狩る者と狩られる者の境界が不明瞭になっている。


 それだけは、認識していた。

ちなみに、この中で一番強いのはクルィクです。

そして、次回からはアベル視点になります。

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