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ロートル冒険者、吸血鬼になる  作者: 藤崎
第四部 ロートル冒険者、封印に挑む

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第一話 ロートル冒険者、見舞う

 控えめにノックをしてから、アベルはしばし扉の前で立ち止まった。

 クルィクも、コフィンローゼス――スーシャも連れていない。一人だけで向かったのは、エルミアの部屋。


「あ、やっぱり義兄さんでしたか。どうぞ」


 アベルの来訪を予期していたらしいルシェルが、小さな声で招き入れる。

 小さな引っかかりを感じつつも、エルミアの部屋へ体を滑り込ませた。


 広さは、アベルの部屋と同じ。


 質実なエルミアらしく、家具や調度の類も大差はない。違いは、壁に愛用の弓が掛けられているところぐらいのものだろう。


 自分好みの家具や調度を入れているクラリッサとは大違いだ。


「エルミアは……よく寝てるな」


 ベッドに横たわる、元妻にして血でつながった子。

 それを意識すると、なんとも不思議な感情を憶える。

 椅子に腰掛けながら、複雑な関係になってしまったエルミアの髪を撫でた。


「んっ……。ふぅん……っ」


 鼻にかかった気持ちよさそうな声をあげ、また規則的な寝息に戻る。


「ずっと、こんな調子ですね」

「俺の時もこんな感じだったし、心配は要らないと思うけどな……」


 転化直後は意識を取り戻したエルミアだったが、しばらくすると、睡魔に耐えきれず眠りに落ちてしまった。

 アベルも転化直後の記憶は曖昧で、起きたら吸血鬼(ヴァンパイア)になっていたようなものだった。


 だから、昏々と眠り続けるエルミアの状態は、ある意味当たり前……と言い切れないのが、新生者(ニュービー)であるアベルの辛いところ。


「でも、俺とエルミアじゃ違う部分も多いからな」

「マリーベルさんがいらっしゃれば、良かったんですが……」


 まず、普段は瞑想で済ませるというエルフが眠っている状況自体に、不安がある。

 しかも、眠っている時間は、すでにアベルの時より長い。


 なにより、転化させたのがマリーベルではなくアベル。


 あのときはエルミアが瀕死の重傷を負ってそれどころではなかったが、今になって、本当にこれで良かったのか不安になってくる。


「大丈夫ですよ、義兄さん」

「ルシェル?」

「義兄さんは間違ってなんかいません」


 声をひそめて。けれど、真摯にルシェルが断言した。


「確かに、蘇生の儀式呪文で……という選択肢もあったと思います」

「ああ」


 だがそれは、また同じような場面に立ち会いたくないからと切り捨てた選択肢。つまり、アベルのわがままだ。


「階梯が高いほうの蘇生の儀式は、とても手が出ませんし。通常のであれば、同じように動けるようになるまで時間がかかります」


 それを考えれば、吸血鬼(ヴァンパイア)化させたのは間違いではない。確かに不透明な部分もあるが、必要なリスクだった。


 予め考えていたのだろうか。


 ルシェルは、自分の考えを淀みなく伝えた。


「それに、姉さんも喜んでますから」

「そう……だといいんだが」

「それでも義兄さんが後悔しているというのなら、まず私をなじってください」


 デリケートなの部分なので、細かい事情まではアベルも聞いていないが、ルシェルを庇ってエルミアは致命傷を負った。

 そもそもの原因がルシェルにあるというのは、間違いではない。


「……分かったよ」


 もちろん、誰かを責めるのはアベルの本意ではない。


「なじったことが原因で、スーシャみたいになられても困るからな」


 冗談めかして、ルシェルの気持ちを受け入れた。


「それは、はい。わりと、あれですね……」


 しかし、それはちょっと失敗だった。

 二人して顔を見合わせてしまう。


「あー。なんだ」


 話題、話題。別の話題。

 視線を虚空に彷徨わせたアベルの脳裏に、見慣れた顔が浮かんでくる。


「マリーベルも、おばあちゃんになったんだから、さっさと帰ってくればいいものを」

「おばあちゃん……ですか」


 アベルの血の親が、マリーベル。そのアベルが子を作ったのだから、祖母で間違いない。

 だが、それが正解にはならないところが、女心の難しさ。

 そして、その機微に疎いのがアベル。


「義兄さん、それはダメですよ。マリーベルさんも、怒っちゃいます」

「マリーベルは、いつも怒ってるようなもんだろ」


 普段通りだ。

 そんなことを口にしても、マリーベルから怒りの言葉が飛んでくることはない。


 アベルは、肩をすくめて違和感を追い払った。どうせ、これも一時的なこと。しばらくしたら、小言が飛んでくるに決まっているのだ。


 そう、自分自身に言い聞かす。


「スーシャさんと言えば、やはり、マリーベルさんの行方に心当たりはないのですか?」

「あるというか、ないというか……」

「つまり、ファルヴァニア地下で封印されている、その場所にいるのではないかと?」


 事情を察したルシェルの言葉に、アベルは無言でうなずいた。

 それしかないというか、言われなくても分かっているというか。絶妙に役に立たない情報。


「突然、消えたことにも心当たりはないと?」

「その場に居合わせなかったし、相手が主神の封印だし、なんとも言えないとよ」


 唯一の朗報は、マリーベルが死んだ……滅びた気配はないという点だけだった。


「マリーベルさんが出てこれないような、なにかですか……」

「厄介だよな」


 こっちから、探しに行く。いや、迎えに行くしかない。

 再び下水道に潜る自分を想像し、ひとつ、引っかかりを思い出した。


「そういえば、さっきなんで俺だって分かったんだ?」

「え? 簡単な話ですよ」


 言われてから、この部屋を訪れるような人間が、アベルかクラリッサしかいないことに気付く。

 スーシャやローティアという可能性もなくはないが、その場合でもアベルかクラリッサが付き添うはず。


 そう考えれば、ルシェルの言う通り簡単な二択だ。


「義兄さんの足音がしましたから」


 簡単な話ではなかった。高度すぎる。


「足音がするような歩き方はしてないはずなんだけどな……」

「では、気配でしょうか?」


 理屈や技術が消え去った。


「俺の気配、分かるの……?」


 恐る恐る聞くアベルは、否定を望んでいた。冗談だと笑うルシェルを期待していた。


「ええ。でも、そんなに特別ではありません。姉さんも分かりますよ、確認したことはないですけど」

「ああ……。うん、そうだ……な」


 確認したことはないのに、確信している。


 おかしい。おかしいが、アベルは笑い飛ばすことができなかった。


 そういえば、南の大森林でエルミアに見つかったときも、似たようなことを言っていた気がする。


「エルフの特有の勘の良さみたいなもんか?」

「余り意識したことはないですが……そうかもしれませんね」


 そういうことになった。いや、そういうことにした。


「とりあえず、エルミアに吸血鬼(ヴァンパイア)の常識を教える役目はマリーベルに任せてえな」

「そうですね。マリーベルさんがいないと、私も安心して吸血鬼(ヴァンパイア)になれません」

「え?」


 どうして? いつ? そんな話になったのか?

 寝ているエルミアの前でなかったら、大声をあげていたかもしれない。


「だって、今回のように吸血鬼(ヴァンパイア)か死かみたいな状況は、避けるべきじゃないですか?」

「そもそも、死にそうな状況を避ければ……」

「そのために、予め吸血鬼(ヴァンパイア)になっておけばいいんですよ」

「くっ。反論が封じられた」

「まあ、それはマリーベルさんが帰ってきてからにして」


 先送りをしつつ、その実、譲るつもりがないルシェル。

 聡明なエルフの魔術師(ウィザード)が、憂い顔を浮かべた。


「このままだと、吸血鬼(ヴァンパイア)の最先達はスーシャさんになりますね」

「それは……避けねえとな」


 マリーベルが、どんなつもりで姿を消したのかは分からない。

 自主的なのか、なにかのトラブルに巻き込まれたのかも。


 ただ、アベルたちにとってマリーベルが必要不可欠なのは、確かな事実だった。

あれ? エルミアのお見舞いのはずなのに、ほとんど出番が無かった。

次回は、きっと……。

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