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ロートル冒険者、吸血鬼になる  作者: 藤崎
第一部 ロートル冒険者、吸血鬼になる
8/102

第七話 ロートル冒険者、博打に出る(前)

日刊ランキング4位になっていました。

これも、応援していただいている皆様もおかげです。

ありがとうございます。


これからも、よろしくお願いします!

「アベルさんだ! こんなところでなにしてるんですか!」

「うおぅっ! ってルストか。いきなり大声出すんじゃねえよ」


 マントですっぽりと体を覆ったアベルが、驚きの声をあげた。自らも大声を出してしまったことに気付き、ばつの悪そうな顔をする。


 それも仕方がない。

 質屋の目の前で後輩の冒険者。しかも、直接指導したことがあるルストに遭遇してしまったのだから。


 普通は、どうしようもなく気不味くなる。


『孤独の檻とやらがなかったら、さっさと店の中に入ってたのによ』

『店主が席を外しておったのは、計算外じゃったな』


 マントの中に隠れ潜む小さなマリーベルが、他人事のように言う。


 ただ、内容は誤りではない。招きさえ受ければ店の中に入れていたのは紛れもない事実。


「こ、こんなところで奇遇だな、ルスト」


 質屋の看板と、ルスト。

 その間で視線を彷徨わせていたアベルの瞳が、最終的にルストへ固定された。


 美少年と言って、差し支えないだろう。

 格好いいというよりは、可愛らしいと表現したくなる顔立ち。


 やや癖のある栗毛で、目はぱちっとしている。

 背は同世代と比べても低めで、筋肉も付いているようには見えない。


 だが、剣の腕は、かなりのもの。訓練生(トレイニー)時代に指導したアベルも、近いうちに勝てなくなると複雑な心境で認めていた。

 ひょっとすると、すでに単純な戦闘力では抜かれているかもしれない。


 まだCランクに上がったばかりだが、ルシェルたちのパーティに続く期待の若手だった。


「みんなは、先に公衆浴場へ行ってます。僕は、その間に、ギルドで依頼(クエスト)完了の手続きをしに」

「そっか、風呂か。ルストのところは、ハーレムパーティだったな」

「アベルさんまで、そんなこと言うんですからぁ」


 両手でぽかぽかとアベルの胸を叩いて抗議するルスト。

 やはり、可愛らしさが先に立つ。


 そんなルストだからこそ、男女比が偏ったパーティでも、周囲から、からかわれるだけで済んでいるのだろう。


「なに言ってやがんだ。実際、そうだろ?」

「まあ、うちが女の子ばかりなのは、事実ですけど……。ところで、アベルさんはこんなところでなにを?」


 無意識にだろうか、アベルはマントの合わせ目を抑えて視線をそらす。


「ああ……。まあ、ちょっとな。お? 腕、怪我してるじゃねえか。《キュア》してやろう、《キュア》」


 やや早口になったアベルから治療を受けながら、なるほどと、ルストは理解した。勝手に。


 アベルは、ランクこそ低いが信頼できるベテラン冒険者だ。


 訓練生(トレイニー)としてアベルの指導を受けたルストは、それを知っている。


 戦闘、探索、野外行動、情報収集。

 それぞれの分野でアベルを凌駕する冒険者はいる。しかし、そのすべてを高水準で保持しているのは、ファルヴァニアではアベルだけ。


 それに、アベルは冒険者としての判断力に優れていた。それは、場数を踏んで初めて得られるものだ。

 にもかかわらず、惜しげもなく披露するのはアベルだけ。しかも、自らの失敗談にしてだ。


 そんなアベルが、人目を避けている。


 ということはつまり、表沙汰にできない依頼(クエスト)を遂行中なのだ。きっと、盗品でも追っているのだろう。あるいは、依頼(クエスト)に必要なアイテムを質屋で探し出そうとしているのかもしれない。


 もちろん、事実は異なる。


 ルストが感心した冒険者の判断力は、アベルとしては単なる手抜きの方法論に過ぎない。失敗談を語ったのは、語れるほどの成功談がないから。


 それよりも、なによりも、


 アベルは、正しく質屋を利用するために訪れたのだ。


 ギャンブルの軍資金を作るために。





 冒険者の街と呼ばれるこのファルヴァニアにも、悪所がいくつか存在する。いや、冒険者の街ゆえにだろうか。


 その中でも、かなりマイルドな。初心者向けとされているのが、領主であるニエベス家が主催するハーネスレースだ。


 街の郊外。西の大平原近くに建てられた楕円状の競技場は、一周1キロメートル。ヴェルミリオ神がもたらした距離単位に忠実に作られている。

 その競技場への道には、場末から高級まで飲食店が建ち並び、宝飾店や質屋もよりどりみどり。


 娯楽を求める者、一攫千金を夢見る者、賭け事自体を目的にした者、ギャンブルに興味はなく馬を愛する者。多種多様な人間が、この夜も競技場へと集まっていた。


 その中でも、アベルの悲壮感は群を抜いている。


 最前列に陣取り、柵に上半身を預けながら、血走った瞳でダートのコースをにらんでいた。同時に、その瞳にはある種の諦念が存在している。


『なんで、吸血鬼(ヴァンパイア)なんてもんにされた上に、大穴に全財産を賭けさせられてるんだ……』


 そう言葉ではなく思念で愚痴るアベルの手は、がたがたと震えていた。


 明らかに、異常だ。


 吸血鬼(ヴァンパイア)になった。させられた。


 納得はしていないが、理解した。


 けれど、この状況は理解できない。


 なにをするにも、まずは資金。


『金がないのは、血がないのと同じことじゃからな』


 と、邪悪な笑顔を浮かべたマリーベルは、日が沈むと同時に行動を開始した。


 否、アベルに行動を促した。


 どういうわけか逆らう気になれず、なけなしの貯金である1万R(ラーシア)相当の宝石――一家族が数ヶ月過ごせる程度――を言われるままに換金。


 さらに、通りの質屋にアベルの装備を預け、それすらも賭金にした。いや、させられた。ルストと遭遇したのは、そのときのことだ。

 属性石の指輪に貯まっていたR(ラーシア)に関しても、言うまでもない。


 その上で、この夜の全レースで最も倍率の高い馬。穴も穴、大穴を一点買いさせられたのだ。


 あぶく銭を考えなしに蕩尽する冒険者もいるため、そこまで目立っていたわけではなかったが、投票権を購入するときはちょっとした騒ぎになった。


 それも、些細なことだ。


 これから始まるレース次第で、アベルは破滅するのだから。


『全財産? なにを言うのか。まだ、汝自身が残っておるではないか』

『さらっと人身売買を前提にするんじゃねえよ』

『そもそも、吸血鬼(ヴァンパイア)なんてもんとは、なんたる言い種か。自覚が足らぬ。寛大なる余ゆえ許すが、失礼千万であるぞ』

『できれば、賭けのほうに反応して欲しかったんだがなぁ』


 諦めたようにため息をつきながら、アベルは胸元をのぞき込む。

 そこには、小さなマリーベルがしっかりと収まっていた。


 厚手のマントで全身を包んでいるため、余程のことがない限りマリーベルが見つかることはない。


 ……そのはずだ。


 ルストにもばれなかった。それを心の拠り所にするしかない。


『まあ、見つかったとしても、人形を抱えて会話する可哀想な中年男としか思われんじゃろう』

『思念で会話してるから、余所には聞こえないはずなんだよなぁ!?』


 それは、破産とは違う意味で、身の破滅だった。


 アベルは思わず、天を仰いだ。玻璃鉄(クリスタル・アイアン)の照明が目に染みる。


 エルミアに知られたら、彼女の憂い顔がさらに哀しみに彩られることになるだろ。

 ルシェルに知られたら、「なにか事情があったんですよね」と逆に心配されそうだ。

 クラリッサに知られたら、ゴミでも見るような視線を向けられるに違いない。


『……知り合いに出会わないことを、神に祈るしかねえな』

『どうしようもなくなったら、余が消えるから安心せい』

「できるんなら、今すぐやれよ!」


 見るからに怪しい男が、いきなり大声をあげた。

 ぎょっとした表情で、周囲の視線が集まる。


『まだまだ、修行が足りんな』

『一日経たないのにダメ出しとか。闇深すぎだろ』

『それはもちろん、吸血鬼(ヴァンパイア)じゃからな』

『死ねばいいのに……』


 アベルからうつろな視線を向けられるが、マリーベルは取り合わない。マイペースに、話を元に戻す。


『消えるなら消えるで、きちんと用事を済ませてからでないとの。それに……』

『まだ、なんかあんのかよ』

『これだけ怪しさを醸し出せば、誰もこっちを見たりせんじゃろ』


 今のアベルは、ギャンブルで身を持ち崩して頭がおかしくなった男そのもの。それは、誰にも。アベル自身にも、否定できなかった。


 自他共に認める不審者の見本となったアベルの目の前を、レース前の試走をする馬と騎手が横切っていく。


 ハーネスレースは、馬に二輪の馬車をつなぎ、走らせるのではなく、速歩で競う。


 速度という面では迫力不足は否めないが、それでも十頭以上の馬が二輪馬車を引く様は相当な迫力だ。

 それに、速歩といっても、ゆっくりと走っている程度の速度は出る。


 早すぎず、遅すぎず。食事をしながらの観戦にも適していた。


 そのためにというわけではないが、ファルヴァニア競技場の特色は、夜間にも開催される点にあった。


 玻璃鉄(クリスタルアイアン)という特殊な鉱石に封じられた魔法の明かりが、レース場と観客席を煌々と照らし出していた。

 まるで、ニエベス家の権勢を誇示しているかのように。


『そういえば、魔法の光は、大丈夫なんだな』

『無論よ。光の源素王は、唯一神祖に理解を示してくれた御方じゃからな』

『闇じゃねえのか』

『人口に膾炙しておるイメージと、実態は異なるものよ』


 そんなもんかと、アベルは無言で受け入れた。

 あまりこだわると、自分の変化――まだ、あまり自覚はないのだが――を受け入れてしまったように思え、踏み込めない。


 それは慎重であり、臆病でもあった。冒険では美徳であり、私生活では後悔の種。


『さて、我らについての講義は別の機会に行うとして……』

『勉強するのは決まってんのかよ』

『無論。このマリーベル・デュドネの継嗣となるからには教養も身につけてもらわねばならぬのじゃ』

『頼んでなったわけじゃねえんだが』


 そもそも、なぜ、自分のような人間を吸血鬼(ヴァンパイア)にしたのか。

 マリーベルの目的が分からない。


 理解できない。それは即ち、恐怖だ。


 落ちぶれた自分に、それでも献身的に尽くそうとするエルミアが理解できず逃げ出したアベルにはそれがよく分かった。


 慎重にして臆病なアベルが、それを顔にはおろか思念にも出すことはなかったが。


『アベルよ、始まるようじゃぞ』


 マントの合わせ目からひょっこり顔を出したマリーベルが、アベルの意識を現実に引き戻した。

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[一言] 貨幣の単位が…! 何があったんだ…いや、想像つくか…
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