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ロートル冒険者、吸血鬼になる  作者: 藤崎
第三部 ロートル冒険者、昇格する

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第十七話 ロートル冒険者、多数決をする

「私は、反対に一票を入れます」


 アベルがなにをしようとしているのか、察したのだろう。

 ルシェルが手を挙げ、真っ向から反対した。


「義兄さんが、そこまでのリスクを負う必要はないはずです」

「でもよ、ルシェル。このまんまじゃ……」


 ローティアが自爆してしまう。今、すぐにでも。


 しかし、それはルシェルの中では交換条件にならなかった。


「それは非常に残念ですが、義兄さんが傷ついてまでやらなければならないことでしょうか?」

「そうです、そうです。どういうつもりか分かりませんが、アベルさん死んでしまいますよ?」

「いえ、義兄さんは死んだりしませんが」

「どっちですか!?」


 ルシェルが味方になったと思った瞬間に裏切られ、ローティアが混乱する。


「義兄さんは吸血鬼(ヴァンパイア)なので、大抵の状況で生き残れます」

吸血鬼(ヴァンパイア)……。あの吸血鬼(ヴァンパイア)ですか」


 ローティアが、アベルとコフィンローゼス。それに、付き従うクルィクを順番に視界に収め、疑いもせず受け入れた。


「その棺桶も、そういうことだったのですね。ふむふむ」

「いや、これは、なんというか……」


 武器? 盾? 緊急避難先?


 どれも正解で、どれも誤りに感じる。


「なんだろうな……」


 改めて指摘されると、答えられなかった。


『この期に及んでも曖昧な扱い最高』

『それでいいのか、ほんと』

『本望』


 まあ、少し前のエルミアとルシェルとクラリッサも、どういう存在か聞かれても答えられなかっただろう。

 つまり、アベルの周囲には、普通に存在するもの。


『あの三人と、スーシャが同じ……か』


 血でつながった母親が遠い目をしているような気がしたが、気付かなかったことにした。これも、クレイグと同じくブシの情けというものだろうか。


「ゥワンッ」


 そんな中、クルィクだけが心の支えだった。

 アベルは、クルィクの耳の裏側から尻尾の付け根までを流れるような手つきで撫で、心の平衡を保つ。


「まあ、義兄さんが吸血鬼(ヴァンパイア)なのは、本質ではありません」

「えええ? かなり重要なファクターだと思いますけど……?」

「焦点は、私たちがなにもしなくても、ローティアさんに解決する意思と能力があることです」

「あ、話しが戻りましたね。ですです」


 ルシェルの話に翻弄されていたローティアだが、ようやくバランスを取り戻した。


「アベルさんが吸血鬼(ヴァンパイア)で、危険地帯でも活動できるからといって、やらなければならない義務はありません」

「そういうことです。私たちは裏方に徹し、ローティアさんにお任せする。これが、最も安全です」

「それはそうだけどよ……」

「一理ある」


 正しさは認めつつも、受け入れられないアベル。

 その横で、沈黙を守っていたエルミアが口を開いた。


「しかし、それでは、私たちの存在意義がない」

「存在意義、ですか?」

「ああ。冒険者として生きるなら、最善を追い求めなくては意味がない」

「冒険者……」


 エルミアの力強い言葉に、ローティアは呆然とつぶやきをもらす。


 冒険者。


 それは、ローティアの記憶(メモリ)に、良くも悪くも深く刻まれた言葉。


「この世界でも、冒険者さんというのはお節介なようですねぇ」

「別に、普通だろ?」


 ローティアは答えない。

 表情が変わるはずもないのだが、アベルには微笑んでいるように感じられた。


「それに、彼女は今まで人知れず世界を守っていたのだぞ? 見捨てるなど、許されることではあるまい」

「本人がいいと言っているのですが?」

「それでもだ」


 エルミアが、力強く断言した。


「もしアベルが、『俺のことはいいから放っておいてくれ』と言ったとして、本当に放っておくのか?」


 虚を突かれたように、ルシェルが息を止め目を大きく見開く。


「え? そんな反応するところか?」


 アベルの答えも聞こえていないようで、たっぷり1分近く動きを止めてから、ルシェルはようやく息を吐いた。


「一理ありますね」

「そこは、放っておいてもらっていいんだが……」


 寂しがり屋の素直になれない子供かと、抗議したいアベルだった。

 まあ、反論したらもっと大変なことになるので、なにも言わないが……。


「それゆえ、私はアベルの行動に賛成する」


 反対が一人、賛成が一人。


「これで同数ですね。義兄さんは、どうしますか?」

「そりゃ……」


 賛成するに決まっている。

 二人とも反対に回っているのであればまだしも、多数決はこれで終わりだ。


「俺のやりたいようにしていいんだよ……な……?」


 ここに至り、アベルも、ルシェルがわざと反対していただけだと気付く。


「はい。そうなりますね」

「……今までのやり取り、必要だったか?」

「せっかく、大事なことは話し合いで決めることになったのですから、最初から形骸化させてはいけません」


 諭すように、ルシェルは言った。


「ただ、義兄さんはなにもしなくて良かったというのは事実ですよ。ただ単に、ローティアさんが自爆し、山が吹き飛んで、ファルヴァニアの収入源がひとつなくなるだけなんですから」

「いや、もの凄い大事じゃねえか」

「義兄さんの命と安全に比べたら些事です」


 当たり前のように、ルシェルが言い切る。

 妹と意見を異にしていたはずのエルミアも、深く深くうなずいていた。


「アベルさん、大切にされていますね」

「それで済むの、か……?」


 しかし、それで済ませておくのが平和への近道だった。


「なんじゃ、余を見て」

参考人(オブザーバー)として、なんか意見がないかなって」

「好きにするがよいわ」


 信頼……されているのだろうか?


 分からないが、少なくとも反対はされなかったということは、そうなのだろう。マリーベルの意見なら、信じられる。


「よし」


 それは、アベルの中で、大きな自信となった。


「というわけで、ローティア。俺がちょっと、エレメンタル・リアクターとやらをどうにかしてくるぜ」

「……本当に行くです?」


 意志は固いと理解しつつも、未だに信じられないと確認してしまうローティア。


「邪魔か? なら――」

「――いえいえ。分かりました。こうまで言われて反対しては次元航行船(プレインクラフト)道にもとりますです」


 アベルにはよく分からないことを言って、ローティアががんっと胸を叩いた。

 金属がぶつかり合う不快な音しかしなかったが、気持ちは伝ってくる。


「アベルさんが戻ってくるまで、他の人たちは、しっかりお守りするですよ」

「そうか。あそこからモンスターが沸いてくるかも知れないんだな……」


 その可能性を忘れていたと、アベルが顔をしかめた。


「タイプ:スカムみたいに厄介なのは、そうそう出てこないですし。出てきても、まだ多少は残機がありますですよ」


 それはそれで問題ではないかと思うアベルの前に、エルミアが割って入った。


「心配するな、アベル。私たちだって、ちゃんと戦力になる」

「そうだけどよ……」

「そもそも、心配をするのは私たちのほうなのだぞ?」

「そう……か。そうだな」


 信じて任せるしかない、お互いに。

 難しいことだが、やらなければならないこと。


「分かってくれたか」

「ああ。すまなかった」

「では、ここからが本題だ」

「まだ、なにかあったっけ?」


 本気で分かっていなさそうなアベルと、先を越されたと悔しそうにするルシェル。


「危険な場所へ向かうのだ。必要だろう、血が」


 そう言うエルミアの瞳は、期待と不安に潤んでいた。

次回、元嫁の初体験なるか。

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