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ロートル冒険者、吸血鬼になる  作者: 藤崎
第三部 ロートル冒険者、昇格する

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第十三話 ロートル冒険者、戸惑う

「ゥワンッ! ゥワンッ!」

「おうふ。何度見ても不思議だな」


 巨人の坑道。

 その入り口で、アベルたちが背から降りたのを確認したクルィクが、みるみるうちに縮んでいった。


 当然と言うべきか、比喩ではない。

 巨大な手で押しつぶしているかのように段階を踏んで、しかし、1分もかからずただの狼と同じサイズになる。


 巨人の坑道というだけあって、そのままでも入り込めたが、機動力を犠牲にしてまでやることではない。


 それに、この大きさだと、撫でやすくていい。


「運んでくれてありがとうな。助かったぜ」

「ゥワンッ!」


 アベルは、クルィクの尻尾とその付け根を撫でて労った。


「ふっ。吸血鬼(ヴァンパイア)の眷属となった魔狼には、この程度、造作もないことよ」


 驚くアベルに気を良くし、宙に浮かんだ小さなマリーベルが胸を反らす。強調するほどの胸はなかったが、得意げな様子はうかがえる。


「なぜマリーベルが偉そうに……」

「ん? 余は偉いぞ?」

「そうだったな」


 まあ、機嫌が良いならなによりだ。

 そして、機嫌のいい吸血鬼(ヴァンパイア)が、もう一人いた。


『ご主人様の喜びがスーシャの喜び』

『感謝はしてるけど、なぜだろうな? 素直にうなずけないのは』

『ご主人様のリクエスト通り小型化したのに?』

『アンケートだったはずだよなぁ?』

『じゃあ潜在的な欲望?』

『スーシャは、欲望をもっと隠そうな』

『隠してるけど?』


 アベルは、思わずマリーベルを見た。


「…………」


 マリーベルは目を背けた。


「では、進むとしよう」


 念話は届いていないにもかかわらず、エルミアが絶妙なタイミングで出発を促した。

 アベルは無言でコフィンローゼスを担ぎ、マリーベルも棺の角にちょこんと座る。


 さすがに、坑道にまでは『孤独の檻』は適用されないようだ。アベルたちは、なんの支障もなく、巨人の坑道へと足を踏み入れた。


「入るのは初めてですが、本当に、坑道というよりは洞窟ですね」

「ゥワンッ!」


 最後尾のルシェルが周囲を見回しながら感想を口にすると、アベルの横を歩くクルィクも同意した。


 明かりはつけていないため、洞窟内は暗い。

 しかし、エルフの視覚は、10メートル近くある天井も、ごつごつとした岩肌の壁もしっかりと捉えていた。


 細かい捜索をするには不向きだが、普通に移動をする分には、問題がない。敵に光源を晒さない分、こちらが有利になる。


「結構、浅いところに出てるんだよな」

「ああ。そして、巨人の坑道からは出てこない」

「まるで、なにかを守るようですね……」

「あるいは、人を遠ざけようとしているか、だな」


 巨人の坑道は、次元の歪みがあるとはいえ、常時発生しているわけではない。

 数ヶ月に一度のペースで大規模な歪みが発生し、掘り出せる鉱石が刷新されるということが分かっている。


 それに当てはめると、大規模な歪みはまだ先のこと。

 つまり、今は普通の洞窟と変わりないはずだ。


 油断せず進んではいるものの、代わり映えのしない状況に、マリーベルが唇をとがらせる。


「出てくるのであれば、さっさと出てくればいいのにのう」

『ほんと 焦らすの良くない』

「アンデッドナイトにも、言い分はあると思うぞ」


 吸血鬼(ヴァンパイア)二人から、自分勝手な要求をぶつけられるアンデッドナイト。それにちょっとだけ同情しつつ、アベルがコフィンローゼスを担ぎ直したところ。


「ガルルルル……」


 アベルの隣を歩いていたクルィクが、突然立ち止まりうなり声を上げた。


 その視線の先は、闇。エルフや吸血鬼(ヴァンパイア)の視覚でも、見通せない。


 しかし、その尋常でない様子に、アベルたちは即座に戦闘態勢を整えた。


「ゥゥゥゥウワッフ!」


 喉の奥から発したような、くぐもった低い鳴き声。

 そこから甲高い咆哮に変化すると同時に、クルィクが矢のように飛び出した。


「《魔器(マジックウェポン)》」


 ルシェルの呪文書から3ページ分斬り裂かれ、エルミアの弓に取りつき光が弾けた。


「助かる」


 視線は闇に固定したまま、妹からの支援呪文を受けたエルミアが、いつものように矢を二本つがえる。


「風よ、疾く我が矢を運べ――《双爪(レッド・タロンズ)》」


 螺旋を描き、うなりを上げ飛んでいく二本の矢。

 それがクルィクを追い越し、闇へと飛び込んだ。


 ゴィンッッと、ハンマーで打ち据えたような鈍い音。


 それと同時に、闇が晴れた。


 その向こうに現れたのは、人体と同じぐらいの横幅をしたグレートソードを構える、漆黒の全身鎧を身にまとったモンスター。


 アンデッドナイト


 不死者の騎士が、報告されたとおりの姿で出現した。


「ギャウンギャウンギャウン!」


 クルィクが牙をむき出しにし、低く連続した咆哮をあげながらアンデッドナイトへと突進する。

 それを迎え撃とうと、長大なグレートソードが、残像すら伴って振り下ろされた。


 ――が、ここはクルィクが上回った。


 タイミングを合わせてクルィクが真上に跳躍し、落下。回避と同時に体当たりを見舞う。

 さすがに転倒こそはさせられなかったが、アンデッドナイトは押しやられてバランスを崩す。


「ワゥンッ!」


 華麗に着地したクルィクが、警告の声をあげた。クルィクに怪我した様子やドレインを受けた様子はない。

 けれど、なにもないのにクルィクが警告をするはずもない。

 通常のアンデッドナイトにはない、なにか特殊な能力があるかもしれなかった。


「スーシャ、やれるか?」

『大歓迎』

『言い方があるじゃろ!』


 望んだ答えではなかったが、了承は得られた。マリーベルの気持ちを慮る余裕はないのでスルーする。


「アウェイク」


 コフィンローゼスの表面に描かれた茨が、アベルの腕に絡みついた。

 痛みはない。あっても軽微。

 思うところはあるが、心臓を握りつぶして攻撃するよりは、遙かにまし。


「総合すると、武器として優秀なんだよなぁ」

『高評価』

「俺が使った場合だけだからな」

『相性バッチリ それとも独占欲?』


 どちらでもない。


 と言うには、アベルの移動速度は高すぎた。クルィクが体勢を崩してくれたお陰で、《疾風(セレリティ)》を使う必要もなくアンデッドナイトは目の前。


 茨の鎖でつながったコフィンローゼスを振りかぶり、アベルは蓋の面を叩き付けた。


 回避も、グレートソードで受けることもできない。

 単純にして純粋にして、精粋とすら言える殴打。


 ガンッと、低く鈍い衝突音が巨人の坑道に木霊する。


『さすがご主人様 ナイス打撃』

『たまには、言葉通り解釈してえなぁ!』


 感じ方はともかく、事実はひとつ。

 勢いと質量の暴力に、アンデッドナイトが転がるように吹き飛ばされたという事実は揺るがない。


「潰してしまえ、アベル!」


 これで終わりなら、それで良し。

 黒幕がいるのであれば、手駒が潰されたならなんらかのアクションがあるはず。


 短絡的だが、話ができる相手でもない。


「《疾風(セレリティ)》」


 マリーベルの後押しも受け、アベルが加速した。

 そのスピードに煽られ、茨の鎖でつながったコフィンローゼスが凧のように浮遊する。


「余計な感想が出てくる前に、潰れてくれ!」


 勝手な。

 同時に、切実な願いとともに、コフィンローゼスが振り下ろされた。その先端からは、白木の杭が伸びていた。


 対するアンデッドナイトは、ようやく身を起こしたところ。


 なんとかグレートソードを構え……ず、投げ捨てた。


 さらに両手を開き、目一杯振って哀願する。


「ちょっ、待って。壊れる、壊れちゃうからぁっ」

「……は?」


 意外すぎる事態に直面し、軌道が逸れた。

 アンデッドナイトだと思われた存在の鼻先を掠め、白木の杭が地面を穿つ。


『わふんっ』


 不意打ちに身もだえするスーシャにツッコミを入れるのも忘れ――入れなければ、入れないで喜ぶだけなので――アベルは、アンデッドナイトだと思っていたモノをまじまじと見つめていた。

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