第十話 ロートル冒険者、夢を見せられる(後)
夢オチです(二話連続二度目)。
「……なんだ?」
そこは、広い草原。見渡す限りの緑の絨毯が広がっていた。
空には、太陽。空の青は深く、白い雲とのコントラストで、より青く見える。
風はさわやかで、このまま寝っ転がって昼寝をしたくなるほど穏やか。
武器もウェストポーチもなく、アベルは普段着で、草原の中にいた。
「あれ……?」
違和感に、アベルは頭を抑えた。
つい、最近。ほんの少し前に、同じ光景を見た気がする。
既視感。
その出所を探ろう……として、重要なことに気がついた。
「って、太陽!?」
吸血鬼となったアベルには、毒でしかない陽光。遮るものはなにもない。直射日光に身を晒している。
しかし、それがアベルを蝕むことはなかった。
暖かく、すべての生命を祝福している。
「館がある場所と、同じような感じなのか……?」
そもそも、館のベッドで寝ていたはずではなかったか。
いつの間に、きちんと着替えてこんなところに来たのだろう?
「やっぱり、同じことを考えたことがあるような……」
違和感。
得体の知れないなにかに、襲われているような気味の悪さ。
とにかく、警戒は怠らない。
そして、この草原を抜けよう。
「ゥワンッ!」
分からないなりに今後の方針を定めたアベルの耳に、聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。
咄嗟に、聞こえた来た方向――背後を――を振り返る。
「ゥワンッ!」
美少女が、背中まで伸びる赤い髪をなびかせ、走っていた。
そう。少女だ。
顔いっぱいに満開の花のような笑顔を浮かべ、ヴェルミリオ神がもたらしたブラジャーも付けていないようで、大きな胸が上下に忙しなく動いている。
頭からは犬の耳が生え、興奮にぴくぴくと揺れていた。
ふさっとした尻尾と一緒に両腕をぶんぶんと振って、アベル目がけて駆け寄ってくる少女。
「な、なんだ!? 獣人!?」
満面の笑顔を見るに、危険はなさそうだ。
その敵意のなさが、逆に、アベルの行動を狭める。
「ワォンッ!」
数メートル離れた場所からジャンプし、アベルに飛びかかる。まるで、肉食獣と、獲物だった。
受け止める格好になったアベルは数歩たたらを踏み、そのまま草原に押し倒される。
ふたつの膨らみが胸板で潰れるが、努めて無視。
草の青臭さが鼻孔をくすぐり、視界には獣人の美少女が大写しになった。
「もしかして……」
押し倒された衝撃や危機感よりも、デジャヴにかられ、そちらのほうが気になる。
どこが……というわけではないが、全体的に見覚えがあった。
「まさか、クルィクか!?」
「ゥワンッ!」
正解と! 言いたげに吼え、押し倒す態勢でレロペロレロペロとアベルの頬を遠慮なく舐める。
見た目は美少女だが中身がクルィクだと思うと、くすぐったいだけ。
「クルィク! 本当にクルィクかよ! マジか。えええ、どういうことだよ」
匂いはないどころか、どこかさわやかな香りすらする。
くすぐったさはあるが、決して不快ではなかった。
知り合いに出会えた嬉しさで、アベルが遠慮なく髪と耳をくしゃくしゃに撫でる。力一杯。
「フゥゥゥン……」
すると、獣人化したクルィクから力が抜け、アベルの胸板に顔をこすりつけながら気持ちよさそうな声を出す。
調子に乗ってあごや首筋も撫でながら、アベルはどういうことなのかと考える。
部屋で寝ていたはずが、草原にいて。
太陽を浴びても、なんともなくて。
草原には、獣人化したクルィクがいた。
わけが分からなかった。
「というか、クルィク。お前、メス……女の子だったのかよ」
知らなかったというか、確かめてもどうなるものでもなかったのでスルーしていたと言うべきか。
思わぬ形で性別が明らかになり、アベルはしみじみと驚く。
クルィクは、それに傷ついたような表情を浮かべた。
「ご主人様、ひどい」
「しかも、喋った……だと……?」
さっきまで、鳴き声だったのに。
「お話ししたいと思ったら、できた」
「ええぇ……」
それ、できていいやつなんだろうか?
アベルは逆に心配になるが、できているものはどうしようもない。
「まあ、元々、こっちの言葉は分かってたみたいだもんな……」
それに、話がしたいと思っていたというのは素直に嬉しかった。健気だ。
「ところで、クルィクはどうしてこんな姿になったんだ?」
「なんか、頑張ったらできた!」
「そっかー」
努力は素晴らしい。
それが報われたのなら、なおさら。
「そりゃすごいな」
「えらい? えらい?」
「ああ。偉いぞ」
アベルが褒めると、クルィクがばっさばっさと尻尾を振った。
「クルィクは分かりやすくていいな……。しかし、ここはどこで、一体、なにが起こってるんだろうな?」
「うううん……?」
「まあ、分からないよな」
仕方がないことだ。アベルだって、どうして太陽が平気なのか分からないのだから。
アベルはクルィクを体からどかして、立ち上がった。このまま、クルィクと遊んでいるわけにもいかない。
「クルィク、人かなんかいる場所、分かるか?」
ごまかすように言ったが、重要なことでもある。
「こっち!」
そう声を上げると、クルィクがアベルの背中を押した。
「こっちでいいのか? ていうか、走るのは確定なのか?」
「……ダメ?」
「ダメじゃないけど……」
「やった!」
主人と二人きりで、思いっきり走れる。
その喜びに、クルィクの顔は輝いていた。
「……なんだ、この夢」
唐突な覚醒。
クルィクが人間になった夢。それも、性別違いで二種類。どういうことなのか。さっぱり、理解できない。
しかも、なぜ赤毛だったのだろうか。クルィクは黒い狼だというのに。
わけが分からなかった。
「……水。いや、酒でも飲むか」
変な夢など忘れるに限る。そして、二度寝だ。至福。
「……おや?」
しかし、起き上がろうとしたところで、妙な重みがかかっていることに気付いた。
眠い目を擦りながら、暗がりを見通す吸血鬼の視覚で見れば……。
「クルィク……?」
大型犬と遜色ないほどの大きさになった、巨狼がいた。
「ゥワンッ! ゥワンッ!」
「え? は? なんだ? どういうことだ?」
起き抜けのアベルにのしかかり、頬から鼻から目から口から。ペロレロペロレロとなめ回すクルィク。
戸惑いながらも、それを受け止めあごの下を撫で、顔全体を包み込むようにマッサージするアベル。
ぶんぶんと、クルィクの尻尾が左右に揺れた。
夢で見たのと、同じように。
『ご主人様 夢アンケート調査にご協力ありがとうございました』
「あの夢はスーシャか!」
コフィンローゼスからの念話に、アベルは思わず叫んでいた。
撫でる手は止めなかったのはさすがだが、いきなりの大声にクルィクが「キュゥウン」と不思議そうに鼻を鳴らした。
撫でてなだめつつ、アベルはスーシャへ念話を送る。
『アンケートって、どういうことだよ』
『クルィクの進路?』
スーシャは、人の夢に潜って命血を得る吸血鬼だという。
ならば、望む夢を見せることも可能なのだろう。
進路というのは、ちょっと意味が分からなかったが。
『その結果ショタやケモミミ美少女に有意な反応がなかったので』
クルィクを、人化ではなく小型化させたらしい。
『つまり、有意な反応ってのを示したら……』
『どっちかになってた クルィクも同意の上で』
『なんて危険なことを……』
恐怖しかなかった。
『冒険の邪魔にもならないお手頃サイズ スーシャともども存分に使って 愛して』
『使うのはコフィンローゼスであって、スーシャじゃないんだが』
『些事』
普段は早口で句読点がない喋り方をするのに、一言で切って捨てられた。
『……ところで、こんな状況でも、棺から出てこないのか?』
『必要?』
『いや、そういうわけじゃないけど……』
『不要 スーシャは不要 はぁはぁ』
『念話で息荒げる必要ないよなぁ!』
経緯は、とても他人に話せるものではないが。
「ゥワンッ! ゥワンッ!」
とにかく、クルィクもパーティに加わることになりそうだった。
犬は破壊不能オブジェクトだから、クエストクリアせずにずっとずっと連れ回すもんですよね(スカイリム脳)。




