表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロートル冒険者、吸血鬼になる  作者: 藤崎
第二部 ロートル冒険者、家を買う

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/102

第二十三話 ロートル冒険者、探索する(中)

 闇を見通す吸血鬼(ヴァンパイア)の瞳は、曲がり角の先に並ぶ、三つの扉を捉えている。


『とりあえず、その危険な話は後に回すぜ?』


 扉に取り付きながら、アベルは念話で先送りを宣言した。大前提を破壊するような話を片手間にはできない。

 今は、探索に集中だ。


 明かりもつけず、アベルは一番手前側の扉を調べる。

 所要時間は、一分ほど。

 やはり、罠は存在しないようだ。


 鍵もかかっていない。

 物音も聞こえない。


 アベルは身振りで合図をして、扉を開けた……が。


「普通の部屋だな」


 アベルの定宿とは比べるべくもないが、目の前に広がっているのは、特徴がないのが特徴のような二人部屋。

 暗闇はそのままだが、ゴーストが襲ってくることもない。


 探索中に不意打ちを受けたくはないので、先に他の部屋も扉を開けてしまうが……。


「どうやら、こちら側は使用人のスペースのようですわね」


 マリーベルと同じくお嬢様育ちのクラリッサが下した結論に、誰も反対はしなかった。


 三つ存在した扉のうち、ふたつはそれぞれ二人部屋になっていた。部屋の広さも、ベッドにクローゼットに鏡台に、ランプにと家具も、ほぼ共通している。

 もうひとつは洗濯室のようで、特に使用された形跡はない。


 アベルたちは最初の部屋に戻り、順番に捜索することにした。


「《燈火(ライト)》」


 ルシェルが、スピアの穂先に魔法の光を宿らせる。

 部屋全体が、煌々とした明かりに照らされた。全員が暗視能力を有してはいるが、やはり明るいほうが探索はしやすいし、安心感がある。


「なにか、手がかりがあればいいんだが……」


 ベッドの下にもぐりこみ、捜索を始めるアベル。

 床をこつこつと叩いてみるが、なにかが隠されているような気配はない。ベッドの裏側にも、特に目に付くものはなかった。


 端的に言えば、外れだ。


「まあ、最初から見つかるはずもないか」

「義兄さん、義兄さん!」


 ベッドの下から、アベルが上半身を出したところ。クローゼットを捜索していたルシェルが、駆け寄ってきた。


「じゃーん。これを見てください」


 アベルの目の前で広げられた衣服。

 それは、白と黒の、アベルの目から見てもクラシカルなメイド服だった。


「まあ、古いのは当然か。でも、その割には、綺麗だな」

「ええ。不朽と清浄の効果が魔化されています」


 どちら、戦闘には直接役立たないが、冒険者たちの間では非常にありがたい魔化として知られている。具体的に言うと、それがかかってないマジックアイテムは、売値が二束三文になる。期待させられる分、ゴミよりも性質が悪い。。


「つまり!」


 その場でくるっと一回転し、ルシェルはドヤ顔で言った。


「使って汚してもいい服ですよ、使って汚してもいい服ですよ」

「なんでそこを繰り返し強調する!?」

「大事なところですから」


 大事。確かに、大事ではあるが、簡単に返事をするわけにはいかない。下手をすると、詰みかねない。


 しかし、これはアベルの認識不足。


 黙っていても、詰む。


「メイド服ですの? わたくしが、メイドなど……。ですけど、アベルの趣味でしたら……」

「そうなのか? アベル、いつの間に……そんな……。いや、言い出せなかっただけなのか? 言ってくれれば、これくらい、私は……」

「風評被害ぃッ!」

「じゃが、顔は嬉しそうであるな」


 それは仕方がない。アベルもまだまだ男なのだ。そういう日もある。


「ごほんっ。とにかく、家捜しだ。もっと重要なものがあるかもしれないだろ」

「アベルの言うとおりだ」


 何事もなかったかのように、凜としたたたずまいを取り戻すエルミア。


「使用人の部屋と見せかけて、重要なものが隠されている可能性もある」

「地下室への入り口とか、定番ですわよね」

「ああ。吸血鬼(ヴァンパイア)は地下室とか、好きらしいぞ。マリーベルが言ってた」


 ベッドの下から本格的に抜け出したアベルが、ふと思いたって、鏡台の前に移動した。


「鏡か」


 磨きぬかれた鏡は《燈火(ライト)》の光を受けて、歪みなく部屋の様子を映し出している。


 そう、エルミアたちが部屋を探索する様子を。アベルは、そして、マリーベルも。透明人間のように無視されている。


 もはや、アベルがアベルの顔を見ることはできない。


 軽く息を吐き、アベルは鏡の前を離れ――ようとしたところ。


 病的なまでに白い肌。

 止めどなく血を流す漆黒の眼窩。

 虚のような丸い口。


 鏡に、ゴーストが、大写しに、なった。 


「こいつ!」

「――――OoooooooHhhhhh!!」


 サイズダウンしたゴーストが、鏡から抜け出てアベルへ迫る。

 狭い部屋。逃げ場はない。いや、逃げれば、他の誰かに襲い掛かるだけ。


 やるしかない。


 迎撃のため、アベルは腰のショートソードを抜いた。魔法の支援はないが、殴れば多少は効くはず。


 一撃当てて、体勢を立て直す。


 その目論見どおり、アベルの刃は伸びたゴーストの首をかき切った。

 カットスロート。だが、手応えはほとんどない。

 首を折り曲げたまま、ゴーストが迫ってくる。


 アベルの視界に、瞳から赤い血を垂らすゴーストの不気味な顔が大写しになった。


「アベル!?」


 それは誰の悲鳴だっただろうか。

 確認することもできず、アベルは、唇を奪われた。


 冷たく、ぬるっとした、海の生き物に触れたような感触。

 ゴーストなのに、生臭い。


 虚無そのもののゴーストの口が吸い付き、アベルの精気をも奪っていく。


 アベルの手足から、力が抜ける。ショートソードが、床にがらんと転がり落ちた。

 命血(アルケー)を失うのとは、また異なる喪失感。重力に抗しきれない。まるで、筋力そのものを吸収されているかのよう。


「なんてことをしますのっ!」


 真っ先に気づいたのは、クラリッサ。

 考えるよりも先に、体が動いていた。


 床を蹴り、壁を蹴り、狭い部屋を縦横無尽に移動して、ゴーストに踵落しを放つ。


「――――jerhgoughd!?」


 驚くべきことに、その一撃で、ゴーストはアベルから引き剥がされた。アベルが放ったショートショードの一撃など、比ではない。


 ゴーストが跳ね飛ばされる。あり得ない現象。


 けれど、クラリッサの関心は、もはやゴーストにはない。


「アベル!? 無事ですの!?」

「あ、ああ……」


 床に崩れ落ちたアベルを抱き起こし、膝枕をするクラリッサ。アベルは顔面蒼白だったが、返事はできる状態。まずはそれに、安堵する。


 一方、安堵とは程遠いのは、ゴーストのほうだっただろう。

 なぜ、ダークエルフごときに蹴り飛ばされねばならなかったのか。一体、なにがそれを可能にしたのか。


 ゴーストにも、自己保存の本能がある。なにが、自らを害したのか分からない。それは、ゴーストにとっても不安だった。


 さらに、蹴り飛ばされたゴーストの目の前には、うつむくエルミアとルシェルがいた。


「許せぬ」

「よくも義兄さんを……ッッ」


 エルフの姉妹が、続けて平手打ちを放った。


 いずれも、ゴースト相手に通用するはずがない。

 だが、情念をそのまま形にしたような一撃は、実体と非実体の垣根を越えた。


 鈍く重たい打撃音が、狭い部屋にこだまする。


「――――y4fehietb!?\p80it@ojrv!?」


 続けざまに平手打ちを食らい、ゴーストが体をくねらせた。明らかに、混乱している。


 ゴーストとは、非実体という実体を持つ矛盾した存在だ。本来ならば、存在し得ない。それを現世に留めているのは、負の感情に起因する精神力。


 では、それを超える感情ぶつけられると、どうなるか。


 司祭(プリースト)により神の愛に晒されたゴーストは、浄化される。

 一方、滅多にあることではないが、ゴースト同士が衝突した場合、より負の感情を孕んだ。端的に言えば、より恨みが深いほうが勝つ。


 後者こそ、マリーベルが不可能と言ったゴーストを消滅させる方法。

 ゴーストを凌駕する、恨み、憤り、憎み、哀しみ、嘆きの感情など、普通の人間が抱けるはずはないのだ。


 普通は。


 尋常でない負の感情をぶつけられたゴーストは、逃げ出すしか手がなかった。


「――――ygurewg!?ojoiawdy!?hsuweop!?」


 三人分の怒りをぶちまけられ、慌てふためいたゴーストが鏡の中へと帰っていった。


「お待ちなさい!」


 誰もが立ち止まってしまうだろう、威厳あるクラリッサの声も届かない。

 ゴーストが完全に鏡の中へ姿を消すと、鏡台がぼろぼろと崩壊した。一気に風化し、砂となって、その砂すら吹き散らされ跡形もなく消える。

 まるで、止まっていた時間が、一気に経過したかのようだ。


 同時に、闇が晴れた。

 ランプに火が灯って、部屋を明るく照らし出す。


「アベル、具合はどうじゃ!? 痛むか? 動けるか!?」

「そういう心配……は、心臓を握りつぶした……ときに、して欲しかった……ぜ」


 クラリッサに膝枕をされたアベルの胸に、マリーベルが取りすがる。


 冗談を口にできていることから、それほど深刻でないのは分かる。

 だが、アベルは立ち上がることができず、寒気に身を震わせていた。突発的に、風邪を引いたのと同じ状態になっているようだ。


 回復が必要。


 そして、吸血鬼(ヴァンパイア)の回復方法といえば、ひとつ。


「義兄さん、手早く済ませてしまいましょう」


 ひざまずき、うなじを見せて。ルシェルが恥ずかしそうに、けれど、真剣に言った。

スケルトンA「さすがゴースト!」

スケルトンB「俺たちにできないことを平然とやってのけるっ」

スケルトンC「オイオイオイ。死ぬわアイツ」


ディオがズキュウウウンってしたら、突然、カーズ様、ワムウ、エシディシが現れた。

そんな状況を思い浮かべていただくと、分かりやすいのではないかと思います(ゴースト視点)。


※柱の男たちは架空の存在であり、実際の元妻、義妹、受付嬢とは、一切関係ありません

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 作品冒頭の雰囲気はすっかりどっかへ行ってしまった… いえ、今の方が好きですけどね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ