第十四話 受付嬢、翻弄する
「ほう……。本当に良いのか?」
「未練がないとは、言えませんわよ。口が裂けても」
だが、言葉ほどは執着を見せず、クラリッサは白い髪に手を当て微笑んだ。
「ですが、アベルと同じものになることが、アベルを盛り立てることにつながるとは限らない。そうでは、ありません?」
確信とともに、円卓に座る全員へと問いかける。
しかし、返答は必要としていない。それは、クラリッサの中にある。
「違うからこそ、支え合うことができる。わたくしは、そう信じていますわ」
「俺としては、盛り立てるとかせず、普通にしてくれたらそれでいいんだけど?」
「嫌ですわ」
「即答かよ」
「それでは、面白くありませんもの」
面白くない。
そう言われて、アベルはまじまじとクラリッサを見つめる。
ギルドマスターにとは言われていたが、その動機までは聞いていなかった。今さらながら、それに気付く。
「単純に、偉くなって、ギルドを良くしたいってだけじゃなかったのか」
「もちろん、それが第一ですわ」
だが、それだけで行動できるほど、クラリッサも聖人君子ではない。
「知らない世界は、苦労もあるでしょう。ですが、だからこそ、きっと面白いですわよ」
「そう……かもな」
それは冒険者も同じだ。
苦労して知らない場所へと進むのは、その先に面白いものが待っているから。それを見たい、手に入れたいと思うから。
それは、人生を賭ける価値がある。
「お互い、人間に比べたら長い人生ですわ。新鮮な体験を進んでするのも、悪くはありませんわよ。特に、アベルと一緒なら」
「……やべえ。言葉が出てこないな」
「義兄さん、脇道に逸れてはいけません」
呆然と受け入れかけたアベルの顔を両手で挟み、強引に振り向かせた。
クラリッサの術中にはまろうとしていたアベルを、物理的にも連れ戻そうとするルシェル。
「仮に義兄さんが、万が一ギルドマスターを、よしんば目指したとしましょう」
「ちょっとそれ仮定多くない?」
「しかし、今すぐなれるようなものではありません。そのためには、実績が必要です」
「まあ、確かに……」
「だから、冒険者です。私と組んで、いろんなところへ冒険の旅に出ましょう。『スヴァルトホルムの館』を手に入れたら、ファルヴァニア以外の入り口を探すなんていうのも面白そうではありませんか?」
まだ実物を見もしていないが、それは確かに面白そうだ。
館から、世界中へ冒険の旅へ出られることになる。
また、ファルヴァニアから離れるような提案になっているが、他意はないはずだ。
「それに、私も、義兄さんと冒険者したいです」
アベルの顔から手を離さず、真っ正面から見つめるルシェルが、頬を染める。
それは、最もピュアでプリミティブな願望。
「ああ、そう言ってくれるのは素直に嬉しいよ」
見込みが甘くソロで活動せざるを得なかったアベルにとって、身に染みる言葉だった。たとえ、下心があろうとも。
「では、ルシェル。汝も、アベルの血の花嫁を目指すということでいいんじゃな?」
「それは保留でお願いします」
「予想外にドライな答えが返ってきたんじゃが」
アベルから手を離したルシェルの答えを聞き、マリーベルは、アベル、次いでウルスラを見る。その目には、ちょっとだけ涙が浮かんでいた。
だが、安心していいだろう。それは、アベルも同じだ。表情が変わらないのは、ウルスラだけ。
「権利はもちろん勝ち取りたいと思いますが、義兄さんのためになるか判断する時間をください」
「……そういうことか。まあ、良かろう」
クラリッサに続いて拒否されたのではないと分かり、マリーベルは余裕を取り戻した。
もしかしたら、吸血鬼が不人気なのではないかと誤解し、哀しい思いをしていたのかもしれない。
「先ほどから静かじゃが、エルミアは目指すということで、相違ないな?」
「ああ。私がやるべきことは変わらない」
円卓の上に浮くマリーベルから目を逸らさず、エルミアは改めて決意を伝えた。その全身からは、ほのかにオーラが立ち上っているかのよう。
「……完全に覚悟完了した姉さんは手強いですね」
「やはり、一番の強敵は、エルミアさんですわね……」
「二人とも、聞こえてるからな?」
本人の前で、そういうことを言うんじゃないと、やんわり注意するアベル。
しかし、エルミア本人は笑っている。
「アベル、私は大丈夫だ。アベルを失うことに比べたら、どうということはない」
「比較対象が重たい!」
さりげなくエルミアから重ねられた手を振り解くこともできず、アベルはただツッコミを入れることしかできなかった。
そこに、ウルスラが冷静な声で入ってくる。
「噂通りですね、アベル坊ちゃま」
「噂になってんの……。って、それ、ソースはマリーベルだろ」
「はい。噂通りというのは、嘘です」
「嘘かよ」
「噂以上にエキサイティングです」
「せめて、面白いってぐらいに留めたかったな……」
アベル的には、エキサイティングを越えて、時にスリリングだ。
そんな牽制だかじゃれ合いだか分からないやり取りを聞き流しつつ、マリーベルは少しだけ残念そうな表情を浮かべた。
「ううむ。やや、思惑は外れたが仕方あるまい」
マリーベルとしては、三人を横一線に並べて、最も吸血鬼に適性があった者を、そのままアベルの花嫁とするという形を取りたかったのだ。
最も単純で、最も分かりやすく、反論し難い決定。
しかし、クラリッサの不参加により、その目論見は崩れ去った。
あとはもう、アベルの決断に任せるしかない。
『というわけで、頑張るのじゃぞ。頑張るとか、苦手じゃろうが』
『誰も入ってない遺跡だもんな。気をつけるぜ』
『女性関係もじゃぞ』
『あ、はい。善処します』
アベルに軽く注意を与えてから――ウルスラが笑っているような気がするが、気のせいだと思うことにする――マリーベルは改めて宣言する。
「適性は、『スヴァルトホルムの館』を接収する際の行動で判断するものとする」
はっきりとした宣告に、エルミアとルシェルが居住まいを正す。引く気はないと、無言で伝えている。
「……結構危ない当主がいるんだろ? 危険じゃないか?」
「その程度の覚悟がないのであれば、ここから去っても良いのじゃぞ」
厳しいことを言っているが、マリーベルは見捨てる気はなかった。
明言するつもりはないし、最悪の場合に限られるが、いざとなればマリーベルが吸血鬼化させてでも助けるつもりでいた。
それに、マリーベルが知る彼女であれば、最悪の事態にはならないという見込みもある。
「冒険者に危険は付きもの。異存はありません」
「私も、問題ない。明日でもな」
ルシェルに続き、エルミアもあっさりとうなずいた。
森林衛士の仕事はどうするのか。アベルの脳裏にそんな心配が浮かんだが、休暇を取ればいいだけかと、即座に打ち消す。
昔は、森林衛士になりたてで休暇がなかなか取れずすれ違いの一因となったが、今は部下もいるようだし、状況が変わっているのだろう。
「しかし、それでは、私たちが選ばれる過程を、クラリッサが知ることができないのではないか?」
全員の視線が、一点に集まった。
しかし、ダークエルフの受付嬢は涼しい顔。
「あら? わたくしも、その探索には参加しますわよ?」
「……は? いや、クラリッサそれは……」
「心配ありませんわ」
クラリッサが、この中で最大の質量を誇る――下手をしたら、全員分を合わせてもなお勝る――胸を張って言い切った。
「護身術は身につけておりますもの」
当然ですわと言い切っても、簡単に信じられるものではない。
「……まあ、あとで確かめるとするかの」
「俺が相手をすれば良いか?」
「アベルと模擬戦。楽しみですわ」
実力を試すと言われても、クラリッサは余裕を崩さなかった。
意外な展開に、クラリッサとウルスラ以外の全員が怪訝な顔をする。
そんな戸惑いを置き去りにして、クラリッサは地下訓練場の空き状態を石板で確認を始めた。
どうやら、模擬戦は確定らしい。
そのせいで、アベルは『スヴァルトホルムの館』の主人がどんな人間なのか。マリーベルに尋ねるタイミングを失ってしまった。
クラリッサさん、実は直接戦闘も意外といける口です。




