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ロートル冒険者、吸血鬼になる  作者: 藤崎
第二部 ロートル冒険者、家を買う

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第十二話 ロートル冒険者、女執事に待ち伏せされる

まさかの新キャラ登場。

 アベルは、一人、深夜のファルヴァニアを闊歩していた。


 呪文の持続時間を延ばす効果を持つ、玻璃鉄(クリスタルアイアン)という特殊な鉱石。

 それで作られた真球に封じられた《燈火(ライト)》の呪文による光が、表通りを煌々と照らしている。


 設置数、点灯時間ともに、これほどの街灯は王都にも存在しない。ファルヴァニアっ子の自慢であり、実家を飛び出たアベルにとっても同じだった。


「おにーさん、一晩どう?」

「すまん。無理だ」


 冒険者が多いことも相まって、ファルヴァニアの夜は静寂一辺倒ではない。

 時折訪れる街娼の誘いを邪険に断り――もしもを思うと、丁寧に接する気にはなれない――アベルは心持ち足を速める。


 後ろ暗いところはなにもないが、誤解を受けるような行動は避けるべきだ。絶対に。


 20分ほどして、アベルはとある店の前で立ち止まった。


 ビールジョッキと剣。それに、弓が描かれた看板。店名は、泥酔する木陰亭。

 ひいきと言うほどではないが、何度か来たことがある。それを思い出しながら、扉を押して店の中へ。


「…………」


 カウンターの中にいる店主は、こちらを一瞥しただけでなにも言わない。テーブル席に陣取っている冒険者らしい男たちも同様だ。

 もし、『孤独の檻』が発動していたら、アウトだったろう。


「酒じゃなくて、武器を見に来た」

「…………」


 アベルの言葉に、店主はあごをしゃくって壁を指し示す。

 壁には、ショートソードから両手持ちのグレートソード。コンポジットボウやバトルアックスなどなど様々な武器が飾られていた。


 いや、それは飾りではない。


 泥酔する木陰亭は、ファルヴァニアでも珍しい深夜まで営業している、酒場兼武器屋なのだ。


 商売道具を手入れしていて、武器を壊したままだと、今さらながら気付いたアベル。いても立ってもいられず、何度か利用したことがある泥酔する木陰亭へやってきたのだった。


 ちなみに、マリーベルは一緒ではない。地下の本体へと戻っている。


 本当の意味で、今のアベルは一人。


 複数の視線を感じつつも、アベルは解放感を憶えていた。こちらを気にはしつつも、声をかけてくるには至らない。その距離感が気持ちいい。

 最近の悩みから解放され――所詮、一時的にだが――笑みすら浮かんでいた。


 それに、なんだかんだと武器はいい。


 壁に飾られた武器を見るアベルの目は、プロの冒険者というよりは、それに憧れる少年のものに近い。


 そんなアベルがまず手を伸ばしたのは、コンポジット・ショートボウ。木製の弓に金属板などを貼り合わせ、威力を増した弓だ。

 大きさもほどほどで、取り回しも良い。かなりの武器をそれなりに扱えるアベルは、当然、弓も心得があった。


「エルミアは、いい顔をしないだろうけどな……」


 壁から取り外し、ぐっと弦を引きながらアベルがつぶやく。

 以前なら多少無理があったかも知れないが、今なら難なく引ける。いい弓だ。


 そのため、問題はそれ以外の部分にあった。


 魔術師(ウィザード)のルシェルもそうだろうが、アベルが遠隔武器を持つことで、変な反応をしないか不安だった。

 できれば、エルミアには、「アベルが弓を使うのなら、私は要らないのだな……」ではなく、「アベルも弓を使うのか。一緒に練習ができるな!」とポジティブに考えて欲しい。


 しかし、ここで自分から練習に誘うという発想が出てこない辺りがアベルの限界だった。


「ジャベリンで代用するって手もあるけど……」


 コンポジット・ショートボウを壁に戻したアベルは、槍のコーナーへと移動する。

 近接武器としても、投げ槍としても使用できるジャベリン。それを複数持ち歩くのは、冒険者のセオリーとも言えた。


 なぜ最初からそれを選ばなかったかと言えば、身軽な動きが特徴なアベルとは相性がいいとは言えないからだ。


「でも、今の俺なら、重量はあんまり気にしなくていいか」


 各種の血制(ディシプリン)が、アベルの能力を飛躍的に上昇させる。人間離れした身体能力は、極々単純で、それゆえ抗しようがない暴力。


 しかし、《剛力(ポテンス)》のことを考えると、業物より壊しても構わない安物。そして、重量がある武器が望ましい。


「となると、グレートクラブとか、モールみたいなのになるのか……」


 効率だけを考えれば、そうなる。

 しかし、自分がばかでかい棍棒を装備している姿を想像したアベルは、下唇を突き出し不満を露わにした。


「ジャイアントというか、バーバリアンというか……」


 巨人や蛮族に恨みはないが、あまりにも不格好すぎる。心臓を握りつぶして武器にするアベルが言えたことではないのだが。


『マリーベルは、どう思う?』


 無意識に念話で語りかけ、アベルはバジリスクに睨まれたように固まった。

 答えは、当然返ってこない。

 そう。答えがない以上、誰にも聞かれてはいない。そのはず。


 それなのに猛烈に気恥ずかしくなったアベルは、手っ取り早く、ショートソードを二本補充して、店を出てしまった。


「……飲むか」


 神殿学校の教師をお母さんと呼んでしまったかのような辱めを受けた原因は、明らか。


 真面目にしすぎたのが良くなかったのだ。


 泥酔する木陰亭の前で輝く星空を眺めながら、アベルは、そう結論づけた。


 エルミアと、ルシェルと、クラリッサから好意を向けられている。その重圧に、ついつい真面目になってしまった。


 自分のペースを見失った冒険者に待つのは死の運命。


 となると、飲むしかない。酒を。


 わざわざ自分を探す必要はない。アベルは、そこにいる。


「坊ちゃま」

「…………」


 そう決意したアベルに、横合いから呼びかける声がした。幻聴などではありえない、はっきりとした美しい声。

 けれど、坊ちゃまなどと呼ばれる憶えはない。


「アベル坊ちゃま」

「……は?」


 だが、名前までプラスされては、人違いとは言い切れない。

 横を向くと、白木の杖を手にした、思わず息を飲む。しかし、生気の感じられない美人がそこにいた。


「お初にお目にかかります。私めは、ウルスラ。マリーベルお嬢様にお仕えする執事でございます」

「は、はあ……?」


 いきなりの自己紹介に、アベルは混乱している。

 そもそも、執事だというウルスラは、ボーイッシュではあるものの、歴とした女性にしか見えない。


「お役目でこの近辺に派遣されておりましたところ、偶然にもお姿を見かけ声をかけさせていただきました」

「あ、はい。これは、ご丁寧に……。冒険者のアベルです……」


 とりあえず、アベルは頭を下げた。

 同時に、少しだけ、記憶が蘇る。


「もしかして、俺が、吸血鬼(あれ)になるとき、一緒に……」

「はい。私めも、その場におりました」


 すっきりとしたショートカットの黒髪。外見からは20歳前後に見える。

 顔も体つきもスマートで、ヴェルミリオ神が持ち込んだという黒のスーツがよく似合っていた。クロスタイも決まっている。


 男性よりも女性に好かれそうな容姿だった。


「ということは、ウルスラさん……」

「ウルスラで結構でございます」

「……ウルスラも、吸血鬼(ヴァンパイア)なのか?」


 吸血鬼(ヴァンパイア)の部分だけ声をひそめ、アベルは問いかけた。

 しかし、予想に反し男装の女性執事は首を横に振った。


「私めは、マリーベルお嬢様にお仕えする機甲人(ウォーマキナ)でございます」

「いや、ウォーマキナって、鎧人間だろ?」

「それは、男性型でございますね」

「ええぇ……」


 ウルスラは、やや硬質な印象を受けるものの、普通の人間にしか見えない。一方、アベルが知るウォーマキナは、全身鎧がそのまま動いているような種族だ。


 どこをどう見ても、両者に共通点はなかった。


「というか、ウォーマキナにオスメスあったのかよ」

「お疑いなら、腕を輪切りに――」

「信じた。今信じたよ!」


 吸血鬼(ヴァンパイア)になっても、スプラッタに強くなるわけではない。アベルは、平然と腕を切り落とそうとした、ウルスラを押しとどめた。


「冗談でございます」

「分かりにくい……」

「さすがに、腕を輪切りにするのは、私めでも痛みを感じますので」

「痛いで済むのか……」


 ウルスラは、にっこり笑って答えを返さない。

 まあ、ウルスラがウォーマキナでも、そうでなくてもアベルの人生には関係ない。そう思うことにして、もうひとつの疑問へ移動する。


「そもそも、坊ちゃまって? 俺が?」

「お嬢様のご嫡男ですので」

「そうか。そうなるのか……そうか?」


 今ひとつ納得がいかないが、なにを言っても聞いてもらえそうになかった。

 実際、アベルの疑問には答えず、ウルスラは流れるような所作で綺麗なお辞儀をする。


「本日は、ご挨拶とともに感謝を述べにお声を掛けさせていただきました」

「感謝……?」

「はい。手のかかるお子を持ったお嬢様が、日々楽しそうにしておられますので」


 本音か、皮肉か。にわかに判断がつかない。


「もちろん、本音でございます」

「心を読んだような回答だ……」

「執事でございますので」


 違う気がするが、アベルに反論できるだけの材料を持ち合わせていなかった。

 もし熱心なヴェルミリオ信徒であったなら、彼女が記した創作覚え書きに、『つい執事とかメイドさんを超人にしがちだけど、それってあんまり良くない』という項目があったことを思い出していただろうが。


「しかし、安心いたしました」

「今、安心できる要素どこにあった? お互いに」

「アベル坊ちゃまであれば、スヴァルトホルム家の遺産を手にしても、暴走することはなさそうでございますので」

「は? 遺産?」

「それでは、また明日、改めて」


 言いたいことを言うと、白木の杖を手にした女性執事が、影の中に消えてしまった。

 その場には、アベルと疑問だけが残る。


「……吸血鬼(ヴァンパイア)じゃないんだよな? それなのに、あんな真似できるもんなのか」


 誰でも憶えられる技術なのだろうか。

 だとしたら、もしものために、習得しておきたい。


 刺されても、死にはしないだろうが……吸血鬼(ヴァンパイア)でも準備なしに刺されれば、痛いのだ。

ウルスラさんはヒロイン扱いではないので、大丈夫です。

闇抱えてたり、重たかったり、沼だったりしません。

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